第十三話 犯人

 森を真っすぐに進んでようやくたどり着いた場所は、見覚えのある場所だった。

「ここは……前に盗賊を掃討した場所、だよね」

 二年前、偶然カノンに出会い、助けを求められて、そうしてたどり着いたあの洞窟。

「はぁ……またここに来るなんて思いもしなかったよ。嫌な縁だね。まぁとにかくカノンを早くここから出してあげないと」

 念の為、神器をフル装備してから、索敵魔法で表示したマップを頼りに洞窟内を進んでいく。


 一度行ったことがあるからか、そこまで時間もかからずに目的地にたどり着いた。牢の中に、毎朝毎晩目にしている少女の姿があった。

「カノン!! 」

 叫び呼ぶが、反応が無い。まだ寝ている? 気絶している? 少なくとも索敵魔法に反応したということは、まだ生きている。

 だから、残る問題は目の前に立つ、三人の男達だけだ。

「消えて」

 腕を前に伸ばし手のひらを相手に向けて、最大火力の炎魔法を打ち込んだ。もともと規格外だったアルのステータスは、この二年間でさらに強化され、当たれば必殺と言えるほどの威力になっている。

 しかし、その魔法は吸い込まれるように虚空に消えた。

「は? 」

「ハッハー! 驚きかな? 吸血鬼のガキィ!! ようやく来たんだなぁ、待ちくたびれたぜぇ」

 真ん中の男が一歩前に出て笑みを浮かべた。見覚えのある男だった。

「あんたは、あの時のっ!! 」

「おぉ、覚えていてくれたとは、感激だなぁ!! こちとら忘れたくても忘れられねぇからよぉ」

「……そう、で? なんでカノンを攫ったわけ? 私あの時言ったよね、次は容赦なくその首をはねるって」

 限りなく無感情に、冷たい声で言い放つ。

 しかし、男は全く怯んだ様子を見せなかった。それどころか、笑ってすら見せた。

「ハハハッおぉ怖いねぇ。あの時を思い出してちびっちまいそうだ。あぁ、こいつを攫った理由だったな。そんなの単純だ――」

 そこで言葉を切って、男は浮かべた笑みを消して真顔になった。

「――お前を、捻り潰せるからだよ」

 その声に全身に鳥肌が立つのを感じた。この声は、本気の声だ。この男は、本気でそう思っている。

「そう。それで、あんたは私をどうやって倒すと言うのかな? 」

 それに気圧されることなく、少なくとも表面には出さないようにして、極めて落ち着いた様子で聞いてみる。

 すると、男は何かをポケットから取り出して自慢げに見せてきた。それは丸い玉のような、赤く光ったものだった。

「これだ」

「そんな玉一つで何ができるって言うの」

 アルの言葉を聞いて、男はニヤッと嫌に笑った。

「これはな、一定範囲内の魔法とスキルを無効化する古代遺物だ。依頼主から貰ってな。随分と助かってる。お前たちの脅威は魔法だけだからなぁ。あの時だって身体強化魔法でも使ったんだろう。純粋な剣の腕前だったら俺が負けることはあり得ない。あぁ、二年間この燃え続ける復讐を果たすためだけに、寝るはずの時間も剣を振るって、ようやくこの時が来たぜぇ」

 感動を覚えたかのように肩を声を震わせながら男が口を三日月に歪める。

 ――前世でも思っていたけど、悪役ってなんで自分から手のうち明かすんだろう。まぁでも今は助かったからいいけど。さっき放った魔法が消えたのも、カノンが逃げ出せなかったのもこれが原因なんだろうし――

「古代遺物って本当最高だよな。どんな鍵も開けることはできるし、自分の姿を思い通りに変えることだってできる。依頼主には本当に感謝だな。こんなものまで無償で提供してくれるなんてよぉ。よっぽどこのチビが必要なんかねぇ」

 本当よくしゃべるなこいつ、とアルは内心ため息を吐いた。男の発言である程度の疑問が解消されたが、こんな話に付き合っている暇などない。

 しかし、男がその口を閉じる気配は無かった。

「ああ、そうそう。そういえばお前もこいつの――このチビの正体、知ってて匿ってるんだろ? 」

「は? 何のこと? 」

 突然投げられた言葉に理解が追い付かなかった。カノンの正体? そんなの人間じゃないのか? 昔は両親と一緒に集落で暮らしてたと言う話だし、両親が亡くなってしまってからも集落で一人頑張って生きてきた。盗賊とかをやっていたわけじゃない。

 正体なんて言うほど隠された身分なんて心当たりが全くない。

「とぼけんなよ。こんなおかしい髪色で、これだけ異常に魔法に秀でた普通の人間がいると思うか? 」

 そんなこと言われても、いるとしか言いようがない。完全鑑定魔法でも見たけれど、魔法に秀でた人間であるとしか、他に言いようが無いだろう。

 こんな言い合い、付き合うだけ時間の無駄だ。それに――

「はぁ……どうせただの時間稼ぎでしょ? カノンの話を出せば油断するって思ってるのかな。――――舐めるなよ。その子がどんな子だって構わない。私にとってカノンはカノンだから。私の天使カノンは誰にも渡さない。……相手がどんな奴だろうと、邪魔をするなら容赦はしない」

 冷たく言い放ち、右手を後ろに回す。

「ああ、そうかい。ならこっちも手加減なしでいくぞ。まぁ最初から手ェ抜くつもりはねぇ――」

 そこで男は言葉を切った。

 暴風が身体を襲い、切らざるを得なかった。

「な、なんだ? 」

 男が首を傾げると、上から小石が降ってきて頭に直撃した。

「いっつ……んだよ! 」

 男が上を見上げると、洞窟が縦に綺麗に割れていた。

 目の前に視線を戻すと、アルが黒い剣を抜いて構えている。

「はぁ? なんだそれは、ありえねぇだろうが」

 アルが黒薔薇の剣を縦に思い切り振ったのだ。

「へぇ、その古代遺物はほんとにすごいね。クロの攻撃まで打ち消すなんて。跡形もなく消し飛ばすつもりだったんだけど……まぁいいか、あの古代遺物さえなければ――いや、あっても雑魚だし」

 嘲笑を浮かべ見下すかのように顎を上げる。

「――てんめぇ、絶対に殺す」

 逆上してきた男はアルに向かって剣を引き抜き突進してくる。

 ――よし、挑発に簡単に乗ってくれるのは助かる。これで転移魔法を使って――

 クロを振るって確かめた古代遺物の効果範囲に入る直前で転移魔法を使い、後ろに控えていた二人の男の前に転移する。

「やぁ。それじゃあ、さようなら」

 指を鳴らし、氷魔法で氷漬けにする。洞窟内に氷塊が倒れ、物言わぬ人形と化した。

「お、お前……」

 目の前で仲間をやられた男はあり得ないものを見るような目をしていた。

「ん? まさか、私が口だけの吸血鬼だとでも思ってた? 残念、あんたと違って私は約束はできるだけ守る主義でね。言ったでしょ、容赦はしない。さあ、古代遺物に頼りきりの口だけな仲間も守れないマヌケさん、戦おっか。その剣の実力見せてみてよ」

 ほんと、どっちが悪役なんだか、と内心思い自嘲気味に笑う。

――でも、どうしようか。あの古代遺物がある限り私は攻撃を一切受けることができない。痛覚無効のスキルも無効化されちゃうし、再生もできない。剣撃を一撃でも食らった時点でゲームオーバーかな――

 ギリッと歯をかみしめる音が聞こえた瞬間、再び男が雄叫びを上げて突進してきた。

「おおおおおおぉぉぉぉ!! 」

 今度はアルも黒薔薇の剣を構えなおして、その剣を受ける。

「くっ……」

 やっぱり剣術スキルも使えなくなっているのか、思うように受け流せない。クロの破壊者も発動せず、何度も打ち合い鍔迫り合いが続く。

「吸血鬼様よぉ、さっきまでの余裕な表情はどこ行ったんだぁ? まさか、これが本気だなんて言わねぇよなぁ! 」

「ぐふっ――」

 剣をはじかれ態勢を崩されたところに、回し蹴りを入れられ肋骨が何本か逝ったのが分かった。

 蹴り飛ばされ、痛みが急になくなり、肋骨の違和感も消えた。

「――……はぁ……はぁ……超痛いなぁほんとに、一瞬死んだかと思ったじゃん。離れたからか痛覚無効と再生で何とかなったけど、何度も攻撃受けるのはやっぱりダメそう」

 やはり、男の持つ古代遺物をどうにかしなければどうしようもない。剣で力押ししようとしても受け流されるだけ、隙をついて古代遺物を取ろうとしても剣を受けるので精いっぱい。魔法やスキルは相手には効かないから手数も減る。

「剣と体術でしか倒せなくて、相手はその手の使い手。私の得意な魔法やスキルは直接効かない。それでいて時間制限付き。縛りプレイなんてお呼びじゃないんだけど……」

 蹴られたところをさすりながら立ち上がる。

「何ブツブツ言ってやがんだぁ? 」

「うるさいなぁほんとに。ギャーギャー喚いてないと戦闘もできない訳? 」

「あぁ!? 」

 この男は本当に扱いやすい。

「ヒメ、ありがとう。もう戻っていいよ」

 言うと、アルが纏っていた紅いドレスが消えてアルの手の中に現れる。その代わりにアルは普段着に戻っていた。白百合の剣と黒薔薇の剣はまだ手に持ったまま。

姫彼岸花の鎧を収納魔法でしまいながら、淡々と言い放つ。

「さあ、続きをしようか」

「てめぇ、さっきの一撃を忘れたわけじゃねぇだろうな」

「忘れたわけじゃないよ。ただ、無意味な攻撃を食らい続けてもヒメが可哀想なだけだからね」

「さっきからわけわかんねぇことばっか言いやがって! 」

 三度男が突進してきた。さっきと同じように黒薔薇の剣で受け止める。

「はっ! なんか秘策でも思いついたのかと思って警戒してみれば、さっきと全然変わんねぇじゃねぇか! 」

「そう? もうすでにさっきと変わってるところがあると思うけどねっ! 」

 言いながら剣を弾き、黒薔薇の剣を納刀しながら距離を取る。しかし当然男は体勢を立て直して、すぐに距離を詰めてくる。

「諦めたかぁ! 吸血鬼いいぃぃ!! 」

 男が剣を振りかぶりながら距離を縮めてくる。

「……そんなわけないでしょ」

 口の端を歪めて笑いながら、後ろに回した腕を男に向けた。その手には――

「私、FPSは苦手だけどゲームは得意だから、至近距離なら狙ったところにほぼ命中させられるんだよ!! 」

銃声を二発。両足を打ち抜く。男は勢いよく顔面から地面に倒れこんだ。

「ぐ……がぁ……なんで、攻撃が……」

 頭と足から血を流し、足を抑えながら絞り出すように男が言った。

「そんなの当然、魔法じゃないからね。私の服は私の魔法で創り上げただけのただの物質。この服が消えないのなら、同じ方法で創り上げたこれも消えないのは道理でしょ? 」

 そう言いながら右手に持つ、黒い拳銃を収納魔法でしまう。

「範囲内では魔法やスキルは使えない。攻撃魔法や攻撃系のスキルを範囲外から撃っても打ち消されてしまう。さらに武力では勝ち目が薄い。それなら、効果範囲外から魔法を使って魔法じゃないものを飛ばすもしくは創り出し攻撃する、という考えになるのは当たり前じゃない? 」

 さも当然と言うようにアルは続ける。

「例えば土魔法で事前に穴を作っておいて、その落とし穴に落として罠にかけるとか、風魔法で石を飛ばすにしても、最初だけに魔法を使って速度を増してあげる、とかね。まぁ、私の魔法は特別製だから、それらより威力は高いけど。足を貫通させるくらいには、ね」

「くそ……が……」

「私を倒したかったら、一度たりとも距離を取らせないことだったね。もっとも、あなたみたいな人に私が負けるわけないけど」

「……ちっ……確かに……そうかも、な……」

 うつぶせに倒れながら男が零す。懐に右手を入れ赤く光った玉を取り出し、アルと反対方向に投げ捨てた。

「あなたそれ、古代遺物でしょ? もう完全に諦めちゃった? 」

「――んなわけねぇだろ」

 男がニッと笑って左手に持った水晶のようなものに歯を立てる。

「なっ!? 」

 いつの間にそんなものを持っていたのか、完全に虚を突かれた。おそらく紅玉の古代遺物と一緒に取り出していたんだろう。この期に及んで隠し玉を使ってくるなんて。

 男が水晶をかみ砕く。

 瞬間、暴風が吹き荒れた。

「本当は……俺の手で……お前を殺したかったが、仕方ない。せいぜい、足掻け……バケモノ……」

 男はそう零して、遂に意識を失った。

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