第十話 二年後

 そうして、アルたちはいつも通りギルドで依頼をこなし、時には休みも取り、でも魔法の訓練だけは欠かさずやるという毎日を過ごして、二年が経った。

 先日ランク昇格試験を受け、ゴールドランクに昇格し無事一流冒険者と呼ばれるくらいになり、このエストの街では結構名も広まっている。そう、このように。

「おっ! 真紅クリムゾン女王プリンセス天賦ギフテッド天使エンジェルじゃないか! 今日も依頼を受けに来たのか? 熱心だなぁ」

 最初の頃はだいぶアルたちに冷たかった冒険者たちも、ギルドに毎日のように顔を出すうちに打ち解けて、今では笑いあって話す仲にまでなっていた。その代わり、安直な二つ名が浸透するのは早かったけれど。

「もうっ! その呼び方やめてって言ったでしょ! はぁ……」

「おはようございますアルさん、カノンさん。ここ数日はいつも大変ですね、ふふっ」

「おはようエルナ。そんなに悪い二つ名じゃないのに、なんでアルは嫌がるんだろうね。真紅の女王……可愛いしかっこいいのに」

 カノンが真顔でさも当然だと言うようにそんなことを言う。

「カノンはでしょー! 私は安直すぎるんだよ!! 何なの真紅の女王って!! もうちょっと、こう……なんかなかったの!? 」

「アルも思いついて無いよね? 」

 朝から頬を膨らませて騒いでいたら、エルナさんに苦笑されてしまった。

「あっ、すみませんエルナさん。うるさかったですよね!? 」

「いえ、困ってるアルさんも可愛かったですよ? 」

 唯一中立立場のエルナさんにまでからかわれてしまった。

「もうっエルナさんまでそんなこと言ったら、完全に浸透しちゃうじゃないですか! 最後の希望だったのに……」

「ふふっ、でも本当にどうして嫌なんですか? 真紅の女王……とってもいいじゃないですか。ねぇ、カノンさん」

「うん。とっても良い。さっきも言ったように可愛さとかっこよさが両方詰め込まれてる。アルに超似合ってる」

 エルナさんに振られ、うんうんと何度も頷きながら、カノンが早口で得意げに語る。

 アルはもう嘆くしかなかった。

「うぅ……そうかもしれないけどさぁ! それって完全に私の格好をそのまま二つ名にしただけだよね!? 」

「そうだね。でも、それのどこがヤなの? ヒ……姫彼岸花の鎧を纏った時のアルは超絶かっこいいのに」

 しかし、アルの嘆きは届くことなく、カノンに不思議な顔を返されてしまった。

「安直だって言ってるんだよぉ! カノンは氷魔法が一番得意だけど、全属性の魔法が使えるようになったし、魔法の威力も周りとはけた違いに強い……そして極めつけに、最強に可愛い!! だから天賦の天使なんでしょ!? カノンにはこんなに理由があるのに、私は外見をそのまま単語にまとめただけじゃん!! これが安直じゃなきゃ何なのさ! 」

 だが、こんなに熱弁しても、カノンはいやいやと首を横に振った。

「違うよアル。安直だからこそ、深みがあるんだよ」

「ねぇ! ねぇ今安直って言ったよね!? 認めたよね!? 」

 訴えても、聞こえていないかのようにカノンは全て無視して続ける。

「真紅っていうのは、ドレス姿のアルのことを指しているけどこれには他にもあって、吸血鬼には血のイメージもある。ここからも真紅って言う言葉は来てるんだよ。そして女王。まさしく、アルの可愛さ、凛々しさ、美しさを表現した言葉。真紅の女王……シンプルでいて、深みのある、アルに相応しい二つ名。最高でしょ? 」

「無理があり過ぎない? それに絶対その二つ名考えた人そこまで考えてないよね? ていうかそこまで考えてるのカノンだけだよね? 」

 カノンの言葉を聞いて思ったことをそのまま叫ぶと、カノンは真剣な顔をして黙り込んでしまった。

 ついに――

「――そう、かも。ていうか絶対そう。アルのことを一番考えてるのは私だし」

 カノンは自信満々に胸を張り、ドヤ顔でそう言った。

「やっぱりそうなんじゃん! はぁ……まぁ、もう何を言っても無駄だよね。憂鬱だ……」

「ま、まぁまぁアルさん、二つ名がひどすぎるわけじゃないんですしそんなに落ち込まないでください」

 困った笑みを浮かべてエルナさんが励ましてくれる。

「それは、まぁ確かにそうですけどそれだけが問題じゃないっていうか……仕方ないのかもだけどぉ……あぁ……私の平穏なのんびり生活がぁ……」

 アルがしょぼんと肩を落としていると、エルナさんが首を傾げて不思議そうに見つめてくる。

「ま、まぁいいです! それより! 何か良い依頼はありませんか? 」

「えっは、はい。少々お待ちくださいね」

 アルの勢いに押され、エルナさんは受付の後ろにある机の上にばらまかれている紙を一枚一枚見始める。しばらくして受付に戻ってきた。

「こちらなどどうでしょう? ロックリザード三体の討伐です。体が硬い甲殻で覆われており、甲殻が無いお腹側か体内からでしか討伐ができない、上級者向けの魔物です。普通は生体等をしっかり調べてから討伐に出て、まぁ早くて三日ほどかかる依頼ですが……今回も一日で終わってしまうんでしょうね」

「まぁ、見つかれば、ですけどね」

 苦笑しながらエルナさんが言ってくるので、アルも苦笑で返す。

「それなら」と言ってエルナさんが地図を取り出した。

「ここから南東へ行ったところに少し大きめの岩山がありますよね」

「ああ、あの山ね」

 いつもエストの街から南の森に出て依頼をこなしているアルたちは、その度に南東に聳え立つ岩山を見ていた。

「はい。そこの麓に棲息しています。ですので、遭遇には時間がかからないと思いますよ。十分にお気を付けて行ってらっしゃいませ」

「なるほど、ありがとうエルナさん。それじゃあ行ってきますね」


          ◇◇◇


「よーっし着いたー! それじゃあ早速――」

「あ、いた」

 エルナさんに言われた岩山の麓まで来たアルたちは、早速目的のロックリザードを見つけた。しかし、

「あれ? カノン、ロックリザードはどこにいるの? 」

 アルの目にだけ、その姿が見えなかった。普通に岩山が目の前にあるだけだった。

「あそこだよアル。あの岩」

「岩? 岩ってそこら中岩だらけだよ? 」

 アルがそう言うと、カノンは無言でそこに落ちていた石を拾い上げ、無詠唱で風魔法をその手に纏わせ、投げた。

 カノンが投げた石が奥にあった大きい岩に当たると、その岩が突然動き出した。

「うぇっ!? な、何あれ! あれがロックリザード? 」

「うん。図鑑で読んだんだ。ロックリザードは岩に擬態して獲物を待つ。その甲殻にできる岩は周りの石と同じような色をするけれど、中心辺りに真っ黒な線が入ってるって」

 カノンの説明を聞いてもう一度よく見てみる。確かに藍鼠色の岩の中に、不自然に黒い横線が一本だけ綺麗に入っていた。

「さすがカノン、本をたくさん読んでるだけあるね」

「逆に、アルだって本読んでるくせになんでこういう知識は無いの? どんな本を読んでるの? 」

「えっと……それは……」

 ――言えるわけないでしょ。転生者や前世の記憶を持つ前例があるのかとか、そういうのを調べるためにいろいろ本を読んでるなんて――

調べた結果、勇者は確かに異世界から召喚された人間だったけれど、それはあくまで召喚でしかなかった。転生の前例は今のところかけらも見つかっていない。

「それは――歴史ばっかり調べてるからだよ! 」

 ――嘘は……吐いてない、よね――

「何で歴史なんて調べてるの? 」

「うぇっと……それは、そう! 魔法忘失とか古代遺物とか調べるためだよ! どうやってできたのかとか、魔法は再現できるのかなぁ、とかね」

 これも嘘ではない。冷や汗を垂らしながら笑みを浮かべてアルは答える。

「ふぅん……まぁ確かに、アルは魔法忘失とか古代遺物とかすごい興味津々だったもんね」

「そうなんだよねぇ――」

 とにかく誤魔化せたようでホッと息を吐いて胸をなでおろ――

「あっ! ロックリザードは!? 」

 ――す寸前にここがどこでどんな状況なのか思い出した。

「もう倒したよ? 」

「へ? 」

 カノンがそう言うので、さっきまでロックリザードがいた方へ目を向けると、氷漬けにされたうえ胴が綺麗に真っ二つに割れていた。血液まで凍っているのかそこまでグロテスクなものではなく、青黒いお肉の断面を見ているようだった。エルナさんの教えてくれた討伐法なんてお構いなしだった。

「相変わらず仕事が早いねぇカノンは」

 そう言ってカノンの頭を撫でてあげる。カノンが気持ちよさそうに身を捩った。二年前と全く変わらずやはり可愛い。

「さて、依頼も終わったことだしそろそろ帰ろうか」

 カノンの頭から手を離すと、少し残念そうな顔をしてからすぐにいつもの何でもないような表情に変わる。こんなところも変わっていない。可愛い。

「いや、まだあと二体倒さないと」

「あ……」


          ◇◇◇


 その後、無事ロックリザードを二体倒し、アルたちはギルドへ戻ってきた。

「エルナさん、依頼の完了確認お願いします」

 帰ってきて早々言いながら冒険者カードをエルナさんに手渡す。

「お帰りなさいアルさん、カノンさん。確認しますね」

 受け取ったエルナさんは、いつも通りアルとカノンの冒険者カードをイリュエの石板に乗せて浮かんだ文字を目で追っている。

「はい。確認完了しました。さすが、と言うところでしょうか。日没前には終わらせるなんて。こちら報酬となります」

「ま、まぁ見つけるの大変でしたけど……」

 エルナさんから冒険者カードと報酬を受け取りながら、困ったと言うようにアルは肩を竦める。

「アルはああいう背景と同化したモンスターを見つけるの、致命的に向いてないからもうロックリザードの依頼を受けるのはやめた方がいい」

「そんなこと自分でもわかってるもんっ! 」

 カノンに言われてしまいそっぽを向く。そう、自分でもわかっている。

 ――だって、前世でもFPSやった時、敵が視認できなくて毎回どこから攻撃されてるかもわからず一方的にやられてたし……――

 思い出したら戦闘センス無さ過ぎて悲しくなってきた。

「アルさんでも苦手なことあったんですねぇ」

 ニコニコしながら嬉しそうにエルナさんが頬に手を当てて呟いた。

「エ、エルナさん……そんな嬉しそうに……」

「えっ!? す、すみません、つい……でも少し安心しました」

「安心? 」

 よくわからず首を傾げる。何も理解していないアルの顔を見て、穏やかな表情を浮かべエルナさんは口を開いた。

「はい。二年間もアルさんの担当をしてきましたが、何事も完璧にこなしてしまいますから、なんと言いますか……」

「――遠く感じる? 」

 と、カノンが言葉を挟む。

「そうです! そう、遠く感じてしまうんですよ。今こそ私の前にまだいてくれますが、突然いなくなってしまいそうで……最近また物騒になってきましたし。アルさんたちも気を付けてくださいね! あと、私に黙ってどこかに行くのも無しです! いいですね! 」

「わ、わかりました」

 エルナさんの気迫に押され大人しく頷く。まるでアルたちの保護者のようだ。まぁ、あながち間違いでもないかもしれない。転生してからすぐこのギルドに来て、その時からずっとお世話になっているから。

「エルナ、最近また物騒になってきたってどういうこと? 」

 転生してからのことを思い出して感慨深く思っていると、カノンが言った。アルも聞こうとして忘れていたことだ。

「そ、そうです! 物騒って、何かあったんですか? 」

 改めて聞くと、エルナさんの顔がみるみるうちに暗くなるのが分かった。

「そうですね。アルさんとカノンさんでも一応話しておいた方がいいですよね」

 そう呟いてエルナさんは深く深呼吸してから再び口を開いた。

「二年前にアルさんが盗賊団を一網打尽にしてくださった時がありましたね」

「えっ、ま、まぁたまたまですけど……それがどうかしたんですか? 」

 急に二年前の話をされて眉を顰めるが、先を促す。

「その時に、その盗賊団が人を攫っていたのは覚えていらっしゃると思います。それでですね、そのぅ……その時の盗賊団ではないと思うのですが――」

「人が攫われていると? 」

 エルナさんがちょっと言い難そうにしていると、カノンが再び口を挟んだ。しかし、エルナさんはカノンの言葉に首を縦に振らなかった。

「いえ、それがですね、攫われているという証拠が無いんです。行方不明と言った方が正しいですね。ですが、行方不明になる方にある共通点がありまして――」

 エルナさんがもったいぶるので思わず息を飲む。そして遂に。

「――それは、髪の長い女性だそうです。それに皆、十四、五歳くらいの少女たちだとか」

「まじですか……」

「残念ながら、大マジです」

 そんなこと言ったら、アルとカノンは完全にドストライクだ。髪も長いし、外見年齢は十四、五歳。超危険だ。

「王都で起きた事件ですが、いつこの街に飛び火するか分かりませんし、本当に気を付けてくださいね? 」

「わかりました。できるだけ気を付けますね。それでは今日はそろそろ帰ります」

「はい、お気をつけて。また明日お待ちしてます。お部屋の鍵はちゃんとかけて寝るんですよー」

「はーい」

 ニコッと優しい笑顔をエルナさんが向けてくれる。この笑顔は見ていて癒される。依頼をこなした後のご褒美だった。

 ギルドを出て宿へ帰る途中、隣を歩くカノンが口を開く。

「ねぇアル」

「うん? どうしたの」

「明日、見せたいものあるんだけど」

「それじゃあ明日は依頼受けないでお休みしようか」

「うん」

「それでぇ、見せたいものってなぁに? 」

「それは内緒」

「そっか。楽しみにしとこー」

 二人楽しくお話しながら帰途を歩いた。

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