第九話 魔道古書
「今日はみんなで街の散策をしよう! 」
昨夜は夢のような幸せ空間を堪能したアルが、朝食を食べ終わるなり宣言する。
それも当然。昨日、依頼を受けるほかに街を散策する予定だったけれど、ギルドで話を聞いたり、依頼で森に行き新しい体験をたくさんして、さらには神器三姉妹のことまであったのだ。疲れないわけが無い。
そこで、今日はみんなで休暇を満喫しようという魂胆だった。
「それでアル、どこ行くの? 」
随分と浮かれ気味のアルにジトッとした視線をカノンが向ける。
「カノン、散策だよ? そんなのもちろんてきとーにぶらぶら歩くだけだよ! 気になったお店とかあったらそこに入ったりするの! ということで、しゅっぱーつ!! 」
「「「おー!! 」」」
「はぁ……ほんとに大丈夫かな」
◇◇◇
街を歩いていると、やはり冒険者の街らしく屋台がたくさん並んでいた。
屋台で買ったものを食べながら観光するような気持で街を歩く。ちょくちょく服飾屋、武器屋なども目に入った。
いろんなお店を回った後、日が傾いてきたので、アルたちは最後にみんなで本屋に寄った。今日の本命だ。
「みんな、欲しい本があったら何でも買ってあげるから遠慮なく言ってね。あと、知らない人には着いて行かないこと! わかった人は見に行っていいよー」
言うと、みんなは頷いてからトテトテと本を物色しに行った。
「さて、私は転生者について調べようかな。私が描いた魔法陣が機能するわけ無いし、結局どうやってこの世界に転生したのかわからないままだから、何かわかればいいんだけど……ああ、あとこの世界のことも知りたいから他にもいろいろ買わないと」
ブツブツ呟きながら歩いていると、早速気になるタイトルが目に入る。
「勇者の伝説……」
勇者。異世界モノなら大体、召喚された主人公が勇者って呼ばれるパターンが多いけれど、この世界ではどうなんだろうか。
「とりあえず買っておこう。知識として無駄にはならないだろうしね」
『勇者の伝説』を手に取り、引き続き本棚を眺める。魔法に関するような本もいくつか見つけたので、それらも何冊か手に取ってみる。
すると、魔法に関する本が収まっている本棚の列の一番奥に、ショーケースのようなものが置いてあった。そこに二冊の本が飾られていた。
ショーケースの前で一人の女の子がじーっと二冊の本を見つめている。この街では珍しく大きい白衣を身に纏い、上から下へいくにつれてラムネ色から桜色に変わる珍しい髪色の――
「って、カノン? 」
カノンがショーケースと真面目な顔でにらめっこしていた。
「おーいカノン、どうかしたー? 」
近づきながら呼びかけると気づいたのか、カノンがクルっと体の向きを変えて駆け寄ってきた。
無言で袖を引っ張ったられたかと思ったら、そのままショーケースの前まで連れてこられる。
「何か欲しい本でも見つかったの? 」
聞くと、カノンは上目遣いに目をキラキラさせて、ショーケースの中にある本を指さした。まるでカノンに犬の耳としっぽが生えているように見えた。
「あれが欲しい」
かわいいなぁ! もう! と胸中で叫びながらショーケースの中にある本へ目を向ける。
この本棚の並びにあって、カノンが興味を持つということはおそらく魔法に関する本なのだろう。カノンも魔法学園に行く気は満々だったし、勉強に意欲があるのはいいことだ。
「うーん……でもこの本、なんか古いね」
しかし、カノンが欲しいと言った本は、少し装丁が古かった。なぜこんなものがショーケースの中にあるのだろうか。
「まぁいいや、お値段は……」
と、本から少し視線を下げ、言葉を紡げなくなった。見間違いじゃないかと目をこすりもう一度見開く。しかし、何も見間違いじゃなかった。
「一冊、白金貨……十枚? 」
一枚およそ銀貨一億枚、ゴブリンを百億体倒さないと稼げない額をその十倍要求してくる。驚きを超えてアルは呆然とし口はもう顎が外れそうなほど開いていた。
だがしかし、無邪気な天使も時には悪魔にもなるらしい。
「これ、二冊とも欲しい」
「二冊とも!? 」
欲しい本は何でも買ってあげると約束したし、情報は重要なのでお金を複製するのもやむを得ないと考えていたけれど、さすがにこれだけ値段のするものがあるとは思いもしなかった。
「な、なんでこの本が欲しいの? 」
何でも買う約束は守るつもりだけれど、これだけ高いとさすがに欲しがる理由が気になった。
「この本、
「ろすとてくにか? 」
急にカノンの口から全く訳の分からない単語が飛んできて首を傾げる。
「おや?
今度は背後から突然声が飛んできた。
後ろを振り返ると、そこにはひげを生やしたおじいさんが丸まった腰の後ろで手を組んで立っていた。胸のあたりに『店主』と、ネームプレートがあったのでおそらく、間違っていなければこの店の店主なんだろう。
「ぐりもあ? 」
急に気配もなく現れたおじいさんを少し警戒しながら、またも出てきた聞きなれない言葉に首を捻る。
「魔導古書は昔、勇者様や魔王が使っていた魔法亡失の魔法について書かれていると言われる本だよ。まぁ古代文字で書かれてるから今は読める人が誰一人いないって言われてるけどねぇ」
まさか、この古そうな本に勇者や魔王が使っていた魔法について書かれているとは思わなかった。しかし、それでもわからないことがまだある。
「その、魔法亡失って何ですか? 」
そう、さっきカノンも言っていた聞きなれない言葉。昔勇者や魔王が使っていた魔法だということだけはわかったけれど、それだけだ。
アルが不思議そうに問うと、店主は絶滅したはずの生き物でも見たかのように目を丸くして驚いていた。
「あれ? お嬢ちゃん魔法亡失を知らないのかい? それはまた珍しいねぇ。それじゃあ説明してあげよう。魔法亡失というのはね、勇者様の物語に出てきて今では使える者がいないとされる十個の魔法のことだよ」
「今では使える人のいない魔法……なんか最近聞いたような気が……」
アルのボソボソと呟く声が聞こえていないのか、店主は構わず説明を続けてくれる。
「『
「えぇ……魔王が復活? 暴れまわるような魔王じゃないといいけど……。って、そんなことはよくて――」
問題はこの魔導古書と呼ばれる本を買うかどうかだ。まぁ、そんなことは決まっているのだが。
「この魔導古書、二冊とも買います」
もちろん両方買うに決まってる。買ってあげると約束したし、知りたい情報が詰まってるかもしれないし、あくまで情報の為だし仕方ない。別に? オタクの血が騒ぐとかそんなんじゃないし? こんな情報聞かされて買わない選択肢を持ってる方がおかしいし? ここで買わない奴は下手だよ。にわかとかモグリとかとも言うかもしれない。何がとは言わないけれど。
「こんなこと言うのはなんだけど、お嬢ちゃん本当に買うのかい? それにお代は……」
店主が眉を八の字にしながら心配そうに聞いてくる。まぁ無理も無いだろう。こんな年端も行かない女の子が普通白金貨を持ってるなんて考えられない。ましてやそれを二十枚なんて。
さらに、この魔導古書を買うにあたって問題は他にもある。さっき店主がこの魔導古書には古代文字が使われていて誰も読めないと言っていた。読めないものに大金を支払ってまで買うとか正気じゃない。冷やかしとしか思えないだろう。
しかしアルは至極落ち着いた表情で、肩にかけたショルダーバックから小さい袋を取り出した。もちろんバックは隠れ蓑で、手を入れた瞬間創造魔法でそれっぽい袋を創り出し、複製魔法で白金貨を二十枚複製して、袋に入れたのを取り出したのだ。
「はい、もちろん。これで大丈夫ですよね」
袋を受け取って中身の輝きを見た店主が目をガン開いて、さっきまでヨボヨボしていたはずなのに、何事もないかのように走り出しカウンターの方へ戻ってしまった。
「あの腰……なんともないのかな? 」
少しすると、店主がその手に一本の鍵を持って、走って戻ってきた。慌てた様子でショーケースの鍵を開けて魔導古書を手渡してくる。
「ふぅふぅ……ど、どうぞ受け取ってくださいぃ!!」
店主が超息を荒くして目も血走っている。そんなにこの本が売れたのが衝撃的だったのだろうか。いや、普通に怖い。
「あ、ありがとう……ございます……」
「ま、まいどあ――あだだだだだだ! 腰、腰がぁぁぁぁ! ばあさん! ばあさんきてくれええぇぇぇぇ!! 」
さすがに腰も限界だった。何も無いはずないよね。
「あっ、ちょっ大丈夫ですか!? 」
「何やってんのあんた」
急に倒れたおじいさんに呼びかけてしゃがむと、おばあさんがカウンターの方から音も無く音速で現れた。
「すまないねぇお嬢ちゃんたち。こっちは気にしないでいいからゆっくり見ていってね」
「は、はい……」
お爺さんを回収してそそくさとカウンターの方へ戻ってしまった。なんだか素早いおばあさんだった。
「あの老夫婦慌ただしいなぁ……ね、カノン」
カノンの方を見てみると、どうやら聞こえていなかったらしい。返事が返ってこなかった。見る限り、なんだか落ち着かない様子でそわそわしている。チラチラと目線を動かしてはどこかを見ているようだ。
しばらく眺めていると、何をチラチラ見ているのかようやくわかった。
「はい、カノン。これ渡しとくね」
手に持っていた魔導古書にずっと釘付けだったらしい。魔導古書を受け取ったカノンが目を輝かせて本を見つめていた。十分堪能したのか、しばらくしたらカバンに入れようとしてはちょっと開こうとして、また入れようとしては開こうとしてを繰り返し始めた。
「うぅ……でも、帰ってから……帰ってからゆっくり読む……」
ようやく魔導古書をカバンに入れたと思ったら、今度はカバンごと大事そうに抱きしめるように持ち始めた。
「その場所私に変わってほ――危ない危ない。またヤバい発言かますところだった……。ふぅ……そろそろ帰ろうか。あの子たちはどこにいるかな……」
「それなら、三人とも児童書がある方へ行ってたよ」
「およ? さすがよく見てるねぇ」
「ただ覚えてただけだよ」
「そっか」
カノンと二人、他愛も無い話をしながら児童書が置いてある方へ向かう。魔法に関する本とは真逆の方向に置いてあって少し歩いた。
「あ、いた! クローシローヒメーそろそろ帰るよー」
「「「はーい」」」
呼びかけると、向こうもこっちに気づいたのか三人一緒に駆け寄ってきた。
三人とも欲しい本が見つかったようで満足そうな顔をしている。
「ヒメはおとぎ話、シロは冒険譚、そしてクロが……恋愛小説か……大人だねぇクロは」
「ふふっええ、まぁ……淑女の嗜みですから」
「そ、そっか」
大人のレディのような言葉遣いをするけれど、見た目はカノンよりも少し幼いくらいの姿をしているから、なんというか、言葉に迫力がない。
「ママ! 私はー? 」
「シロは……シロらしいね」
「そう? やったー! 」
「ママ様……おうち帰ったら……絵本読んで? 」
「うん、一緒に読もうね」
シロとヒメにも笑顔でそれぞれ答えて、本を買うためにレジカウンターへ皆を促す。
「はぁ……ギャルゲーもやっておいてよかった……。なんだかんだ言って私もコミュ障だからなぁ」
小さくぼやいている間にレジについて、さっきの音速おばあさんが対応してくれる。
買った本の総額は、白金貨二十枚と大銀貨十五枚だった。
◇◇◇
日も沈み青白い月が昇る皆が寝静まった頃、宿屋の一室に二つの明かりが点いていた。
「カノン、まだ寝ないの? 」
その一つは、カノンの傍に浮いているアルが放った光属性初級魔法『
「アルこそ、まだ寝ないの? 」
「私は……まぁね」
アルの傍に浮いている『光源』だった。カノンの傍に浮いている光源同様明るさは控えめになっている。
深夜になっても、二人して今日の夕方に買った本を読み続けていた。
「そう? アルも私のことは気にしないで三人と寝ていいんだよ。本も読んであげて疲れただろうし」
「本読んだだけで疲れはしないけど……」
神器三姉妹は約束通り本を読んであげていたら、三人ともいつの間にか寝てしまっていた。今はベッドで三人仲良く川の字で寝ている。
その後、気になっていた勇者の伝説等も読んでいたらこんな夜更けになっていた。
「それよりカノン、その魔導古書はなんの魔法が書いてあったの? 」
「収納魔法と結界魔法の二つ。アルがくれたスキルのおかげで読めたよ。ありがとう。今度実際に使ってみたいから練習付き合ってほしい」
「どういたしまして。もちろん、いくらでも付き合うよ」
そう言うとカノンは満足してしまったのか、また読書を再開してしまった。
「もう、そろそろ寝ないとお肌に悪いのに……まぁ人のこと言えないけど。……それにしても魔法忘失と呼ばれる十個の魔法ねぇ――勇者の伝説に出てきたからどんな魔法かは分かったけど、どれも規格外の魔法だし、前世でもこんな魔法全部が出てくる作品あったかな? ていうかこれ、どうしようか――」
小さく呟いて、宙に浮いたステータス画面を見る。
「私、もう魔法忘失の魔法四個使えちゃうんだよね……。使えると便利だし、使ってみたかったのにこの世界じゃ使えると大事件って……悲しすぎでしょ。バレなきゃ有罪じゃない? それじゃ無罪でもないよ。まぁそもそも罪でもないけどさ……はぁ……」
カノンに収納魔法を人前で使わない方がいいとアドバイスを受けた時は、ただ使える人がいないってだけだと考えていたけれど、実際に使えていた人がいて前例がある。そしてそれを使えた唯一の人物が勇者ときた。
「そりゃ大騒ぎになるよなぁ。だって、まるで勇者なんだから。とりあえず人前では使わないようにするってことで」
ひとまず、一旦の結論を出して、脳内で考えていたことを空っぽにした。途端に眠くなってくる。
「ふわぁ……あっ! カノンあとで魔導古書貸してね! 私も読みたいから」
「うん」
「あと、もう寝なさい」
「…………わかった」
カノンが不承不承といった様子で頷く。
片方のベッドは神器三姉妹に取られているので、もう片方のベッドで光を消して二人一緒に眠りについた。
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