第六話 吸血

 アルはギルドを後にして、銅貨を造り出しギルドのそばにあった宿の一室を借りた。

 まだカノンが泣き止む気配が無いので、とりあえずベッドに一緒に寝転がり、カノンの頭を撫でる。

「どうしたの? 」

「ごめんなさい……」

「えっな、なんでカノンが謝るの? 」

 まさか、泣きながらの第一声が謝罪とは思ってもみなかったので驚いた。

「私、吸血鬼族が人間にとって恐ろしい種族なのを知ってて言わなかったから……」

「そういうことか。でも、それはカノンのせいじゃないよ。だから泣かないで」

 驚いて止まっていた手を再び動かして、優しくカノンの頭を撫でる。しかし、泣き止むどころかさらに泣き声が大きくなってしまった。だが、慌てずアルは言葉を続ける。

「カノン、ありがとうね」

「……え? 」

 唐突なアルの感謝に、今度はカノンが驚いたのか目を丸くして顔を上げた。泣きすぎたのか声は掠れて、目元が赤くなっている。

「私はね、ある事故に巻き込まれて、ここに来たばかりで世間のことなんて何も知らないんだ。だからもちろん、吸血鬼が人に恐れられてるなんてことも知らなかった。なんなら共存してるとまで思ってた。結果的にそれが原因で私は怪我をしてしまった――」

 上に被さるカノンの身体が強張るのを感じる。

「――でもねカノン、そんなことはどうでもいいんだ。私はね、嬉しかったよ。私が、冒険者たち……人々が皆恐れる吸血鬼だってことを知っても、カノンは私と一緒にいてくれた。その事実だけで私は救われたんだ。だから、ありがとうカノン」

「……う、うぅ……っ……」

「あっもう……泣かないでよカノン。私は無事でしょ? それに私が大丈夫って言ってるんだから――」

「――いなくなっちゃうかと思った。父様と母様みたいに……今度は、私のせいで……」

 泣き続けていた理由がようやく理解できた。

「……怖かったんだね」

 大切なものを失う恐怖。アルもそれを、つい最近体験したからわかる。

アルは性格的に楽観的ですぐに切り替えられるけれど、それでも不安は当然あった。

 しかし、アルと比べるとカノンは精神年齢もまだ幼い。それに、人思いの優しい心の持ち主でもある。さらに、三年前に両親を亡くして三年間一人ぼっちで過ごしてきた。それも、両親を亡くした日もそれ以降の日々も忘れることができない。この小さな身で孤独の不安と恐怖を誰よりも知っている。そんな子が再び家族を失いそうになって、耐えられるはずなんてなかった。

 だからアルは小指を立てて、カノンの小指と絡ませた。

「大丈夫だよカノン。私はどんなことがあったとしても、カノンに黙ってどこかに置いて行ったりしない。絶対にいなくならない。約束」

 前世で果たせなかった、親友との最後の約束。今度こそは絶対に果たすと誓って。

「や……く……そく……」

 おぼつかない声でカノンが呟くと、ようやくアルから離れ、アルと繋いでない方の袖で涙を拭った。

「約束っ! 」

 出会った頃以上の、満面の笑みを浮かべて絡めた小指はそのままに抱き着いてくる。

 泣き止んだカノンを見ていたら、強烈な眠気が唐突に襲ってきた。

 大きなあくびをして、そのまま流れるようにカノンを抱きしめる。

「おやすみなさい」

 朦朧とする意識の中、幸せそうに抱き着くカノンの顔を最後にアルは眠りに落ちた。



「んぅ……ふわぁ……」

 伸びをしながら上半身を起こし、いまだ眠そうにアルは起床した。

「んん……カノンは……まだ寝てるか。昨日あんなに泣いてたのに、何も無かったかのように寝ちゃって」

 しっかりアルの袖をつかんで寝ているカノンの頭を撫でながら寝顔を観察する。

 昨晩あれだけ泣いていたから目元は赤くなっているけれど、その表情は穏やかで安心しきっている様だ。

「さて、今日はギルドにもう一度行って詳しい話を聞かないと。ついでに依頼も受けられるといいな。あと、この街の散策もしないとね。本屋があればいいんだけど……」

 零して、ボフンと音を立てながら起こしていた上半身を、硬くは無いが柔らかくもないベッドに倒れこませる。

「なーんか体が重いんだよねぇ……何にもやる気にならないや。いや、動きたい気持ちはあるんだけど身体が言うことを聞かないと言いますか……まさか状態異常とかじゃないよね? 状態異常完全無効のスキルがあるはずなんだけど、念のためステータス見てみようかな」

 そう言ってアルがステータスを表示させる。すると、見慣れない紅い雫が描かれたアイコンがステータス値の下に表示されていた。

「ふむふむ……『血液不足:スキル・白昼歩の効果。※これは状態異常ではない』か。なるほどねぇ……昨日のが原因かな。にしてもこれ、どうやったら治るんだろう……やっぱり吸血しないといけない感じなのかな? できればそれ以外の方法があるといいんだけど」

 体が重い原因が分かったところでそれを解決する方法を考えていると、寝ていたカノンが目をこすりながらのそのそと身体を起こした。

「おはよぅ……」

「おはようカノン、起こしちゃったかな? 」

 考えることに集中して寝ているカノンを起こしてしまったかと思い、アルは少し困り顔になりながら朝の挨拶を交わす。

「んー…………ん? どうしたの? 」

「へ? なにが? 」

「アル、何か困ってる? 」

「あ、ああ、カノンを起こしちゃって悪いなぁって。ごめ――」

「そうじゃなくて。別のこと。何かあった? ……も、もしかして昨日のこと!? 」

「えっ、あ、いや、ええと……ただ少し体がだるいだけだよ」

 アルは、よく見てるなぁ、と内心感心したが、まさか吸血をするわけにはいかないので諸々を省いて簡潔に答えた。まだ他の方法でこの症状を乗り越える術があるはずだ。それを見つけてからカノンに話しても遅くはないと。

「どうして? 」

 しかし、カノンは容赦なく無垢な顔をして詳細を求めてくる。昨日あんなことがあって余計に心配させてしまったのだろう。

 カノンなら、血を吸わせてほしいと願えば躊躇わず吸わせてくれるに違いない。それほどまでにカノンがアルに依存していることを、これまでのことを通してアル自身もさすがに理解していた。だからこそ軽々と血を吸わせてほしいなんて言えない。

「うっ…………」

 言いづらそうにしていると、カノンが顔を近づけてきた。純真無垢な目で見つめてくる。

「隠し事は無しだよ? 」

「もう……それはずるいって……」

 そんな言葉、目を見て言われたら逆らえるはずも無かった。降参を示すように両手を上げて小さくため息を吐く。

「昨日だいぶ出血してたらしくて、血が足りなくて吸血しないといけないらしいんだ」

「じゃあ、私の血吸って」

 カノンは予想通りの答えを即答した。

「はぁ……こう言うのをわかってたから言いたくなかったのに……本当に、いいの? 」

「うん」

「じゃあ――」

 カノンが力強く頷いて了承してくれたので、アルはカノンの首筋に顔を近づける。

「――いただきます」

 首筋に牙を突き立て、噛みついた。カノンの白く柔らかい肌に一筋の紅い線が流れる。

「んぁっ…………んっ……はぁ……はぁ……あっ…………っ……んぅ…………」

 突然カノンが身体をビクビクさせて変な声を出した。

「ぷはっ……はぁ、あぶなっ、変な気起こすところだった。なに、この幸福感と高揚感……これが吸血? ――って、カノン大丈夫!? 」

 体のだるさが引いたところですぐにカノンの首から離れ、心を落ち着けてからカノンの方へ目線を向けると、息が荒く顔を赤くしていた。さらに首筋に吸血した時の牙の痕が残っている。

「い、今治すねカノン」

 アルがカノンの首に手を翳すと、その手首をカノンが掴んで首を横に数回振った。

「えっ、でも……」

「少し休めば、だいじょぶ、だから……」

「そ、そう? 」

 心配でカノンのステータスを見るが、特に何も変化が無かった。ひとまず大事無いことに安心して、アルは胸を撫で下ろした。


 十分もする頃には、カノンの呼吸も顔色も正常に戻っていた。

「カノン、もう大丈夫? 」

「うん、大丈夫だよ」

「はぁ……良かった……」

 ステータスに反映されない何かがあるんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、カノンの涼しい顔を見れば、本当に何もない様だった。

「それより今日はどうするの? 」

「ああ、うん、今日は冒険者ギルドに行って依頼を受けようと思ってるよ。時間もあれば街も回ってみたいね」

「じゃあ、早く冒険者ギルドに行こ? 」

 小首を傾げて可愛い仕草でカノンが言ってくる。

「可愛い」

「へ? 」

「そうだね。じゃあ、しっかり準備しないと」

「ねぇアル、さっき――」

「ほら、朝食用意したからカノンも早く食べないと」

「でもさっき――」

「ん? 冒険者カードだったらカノンの分まで預かってるから問題なく依頼受けられるはずだよ」

「え、いや……」

「ん? 」

――危ない。記憶力最強のカノンを相手にこの勝負、とことんとぼけてなんでも無かったことにして勝つしかない! 言及するのを諦めさせればこっちの勝ちなんだ! ――

「早く食べて、早く着替えて、早く出発しよ? 」

「……う、うん」

――よっし、勝った! ――

 食事を終え、着替えも済まし冒険者カードを持った二人は、宿屋を出て冒険者ギルドへ向かった。

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