第五話 ギルド

今アルたちは、もちろん森の中を歩いていた。だがしかし、当然盗賊と戦った方向とは別ルートだ。

 探索魔法で警戒しつつマップを見ながら、前回は北方向に進んでいたらしいので今回は南方向に進んでいる。

「そういえばカノン」

「なに? 」

 整備はされていないが、何度も人が通っているのか比較的綺麗で歩きやすい道を通りながら声をかけると、カノンがこっちを向いて首を傾げてきた。

「あのさ、カノンにまだ言ってなかったことがあるんだけど」

「? アルのスキル? 魔法のこと? なんか空中をぼーっと眺めてると思ったら急に手を動かすけど、意味わからない動きしてて、正直気持ち悪いって話? 」

「なにそれ!? 全然知らなかった! ていうかえっ!? 気持ち悪いの!? カノンずっと私のこと気持ち悪いって思ってたの!? 泣くんだけど!? 」

「あっ、いや、冗談だよ。意味わからない動きしてて何やってるんだろうとは思ったけど、気持ち悪いとは思ってないよ」

「そ、そう……よかったぁ」

 本気で安心したように胸を撫で下ろすと、カノンが眉を落として申し訳なさそうに指を合わせて上目遣いに謝ってきた。

「ご、ごめんね……アルがそんなショック受けると思わなくて……これからは気を付けるから……」

「うっ……いや、大丈夫だよ。謝ってくれてありがとう」

 手を伸ばしてカノンの頭を撫でる。撫でられたカノンは目を細めて気持ちよさそうにしている。撫でられるのが好きなのだろうか。

「ふふっ……はっ! む、無意識に撫でてた! この天使、魅了魔法でも使ってるのか!? 」

 もちろんカノンはそんな魔法使っていない。アルの冗談だ。

 もう少しだけ撫でるのを堪能してから手を離し、再び町に向かって足を進める。

「ところで、さっき言おうとしたことは結局なんだったの? 」

「あっ、すっかり忘れてた。すっごい大事なことなんだけど、えっとね……私、実は吸血鬼なんだ」

「……へっ? 」

 カノンに、何言ってるの? みたいな顔をされてしまった。

「あ、えっとね、冗談じゃなくてこれは本当だよ? そうだなぁ……あっ、完全鑑定魔法渡すから実際に見てみてよ」

 足を止めカノンの手を取って魔法譲渡を使い、カノンに完全鑑定魔法を渡す。渡されたカノンがアルをじっと見て数秒後、目を見開いた。

「ほんとだ……」

「でしょ! 」

「日に……当たっても、大丈夫なんだ」

「うん、そういうスキルも持ってるから」

「ふーん……まぁアルだし、そういうスキル持っててもおかしくはないか」

「私だからなの!? 」

 最悪、怖がって逃げられることも覚悟していたが、そんな想像とは程遠い反応で拍子抜けだったけれど、思わぬ返しが来てツッコんでしまった。

 止めていた足を再び動かし歩を進める。少し進んだところでカノンが口を開いた。

「ねぇアル――」

「わっ! カノン、町だよ! 町がマップに映った! 幸先良いかも! 」

 アルがカノンの声を遮って前方を指し目をキラキラさせる。

 索敵魔法のマップで辺りの地形を見ていると、南直進方向に初めて町が映った。

「ねっ、カノン。早く行こ? 」

「……うん。行こうか」

 カノンが頬を緩めてアルの手を取り、歩き出す。

「あっカノン、さっき何か言おうとした? 」

「――ううん、何でもない」

「そっか。じゃあ日が暮れる前に着くよう、ちょっといそごー! 」


「んー! やっと着いたー! 」

 町の入り口で伸びをするように両手をあげながらアルが叫んだ。

「完全に暗くなる前に着いてよかったね」

「うん。そうだね」

 カノンの言う通り、真上にあった日がだいぶ傾いて今は夕日が差していた。暗くなってからはあまり外を歩きたくなかったので、アルは内心ホッと息を吐く。

「それにしても……『冒険者の街、エストへようこそ! 』かぁ。冒険者の街、ねぇ……最初の街にしては中々物騒そうな街に来ちゃったなぁ……」

 入口にあった手作り感が半端ない看板に書いてある文字を読んで呟く。文字通りならば、この町は冒険者の街らしい。

「まぁいっか。とりあえず、冒険者ギルドはどこかなぁ……冒険者登録してから宿を取りたいんだけど……」

「あっちじゃない? 」

 辺りを見渡してると、カノンが指を向けた。その方向に目を向けると、確かに冒険者ギルドと書かれている看板が掛けてある。普通に前方にあった。

「じゃあ、行こうか」

 そう言ってアルはカノンの手を取り歩き出す。と、急に止まった。

「あ、そうだカノン。まだ言い忘れがあったんだ」

「ん、なに? 」

 カノンが首を傾げると、アルは耳元に唇を近づけて囁くように言う。

「えっとね、ステータスについてなんだけど、カノンに渡したスキル、それと元々あったユニークスキルも全部偽装魔法でステータスに表示されないようにしてあるから、諸々書いてなくてもおかしくないからね」

「うん、わかった。それじゃ、いこ? 」

「うん」

 再び手をつないで、冒険者ギルドの前まで移動して一度深呼吸する。

 そして、冒険者ギルドの扉を開く。

 すると、外まで聞こえていた笑い声や話し声が消え、その場にいた全員の視線がアルとカノンに集まった。しかしそれも一瞬のことで、すぐにさっきまでのように冒険者たちは騒ぎ始めた。

「――っぷな、ちょっとちびりそうだった。怖すぎ」

 小声でつぶやいてカノンを確認すると、アルの後ろにしがみついて隠れたまま顔を出さない。

 けれど、入り口でずっと突っ立っているわけにもいかないので、カノンを後ろにくっつけて受付の方に歩いていく。

 受付に着くと、そこにいた綺麗で温厚そうなお姉さんに声をかけられた。

「あら……可愛らしいお客さんね。ようこそ冒険者ギルドへ。受付嬢のエルナです。今日はどのようなご用件でしょうか」

 大人っぽい口調だけれど、見た感じアルよりちょっと年上なだけで、そこまで歳が離れている感じはしない。

「えと……冒険者登録したいんですが……あ、この子も一緒に」

「ええと……大丈夫ですか? 危険なお仕事ですよ? 」

 エルナさんが眉を八の字に歪めて困ったように聞いてきた。まぁ幼い少女が二人して冒険者という危険な職業に就きたいと言うのだから戸惑うのも仕方ないかもしれない。

「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。こう見えてそこそこ戦えますから」

 力こぶをつくるようなジェスチャーをしながら元気よくアルが言うと、まだ不安そうだったがエルナさんもにっこり笑ってくれた。

「そうですか。では、登録手数料として銅貨五枚、二人分で銅貨十枚もしくは大銅貨一枚を頂きますがよろしいですか? 」

「え……手数料なんてかかるの? 全く知らなかったんだけど、どうしよう……」

 小声でぼそぼそと呟きながら、この場を切り抜けるために思考をフル回転させる。

 考えを模索し、遂に口を開く。

「あの、私たちずっと田舎で暮らしてて貨幣がどういうものを使っているのかわからないんですが、自分たちのものと同じか確かめさせてもらってもいいですか? 」

 少々際どいラインではあるけれど、これで通じなかったら残る手段は、ないッ!

頬に汗を伝わせ、キツいかなぁ……とアルは内心ヒヤヒヤドキドキしながらエルナさんの答えを待つ。

「いいですよ」

 気が抜けるくらいあっさりとエルナさんは了承してくれた。すこし待つと一枚の硬貨が出てきた。

「こちらが銅貨になります」

 銅貨を受け取ってまじまじと見つめる。見た目は当然、普通に銅で造られたただのコインだった。

「ん? なんだこれ……」

 しかし、触ってみてなんとなく違和感を覚えたアルが眉間にしわを寄せさらにまじまじと見つめる。

 それでも違和感の正体がつかめず、完全鑑定魔法を使うと、普通の銅貨ではなく複雑な形をした回路が流れていた。感覚的に魔力が流れているのだろう。いわば魔力回路と言うところか。おそらく犯罪防止のため正規の硬貨には特殊な魔力回路が施されているのだろう。

「危なかった……普通の銅の塊渡すところだった……」

「あの……どうかされましたか? 」

「あ、いえ! これなら同じものを持っていますので……」

 言いながら、急いで出発前に創っておいた複製魔法を使い全く同じものを造り出して、まるでポケットから出したかのようにエルナさんに計十一枚の銅貨を渡す。

 アルは内心、うぅ良心が痛む……! でも、背に腹は代えられないよね……! と自分の心と葛藤していた。

「はい、これで大丈夫ですよ。確かに受け取りました。では、こちらの石板に手を当ててください」

「おお……! これが噂の……」

 ラノベや漫画でよく見るステータスが表示される石板を前にして、アルが目を輝かせた。

「ふふっ……古代遺物アーティファクトは初めて見ますか? 」

「古代遺物? 」

 聞きなれない、いや、前世では聞きなれているが今世では聞きなれない言葉に首を傾げる。アルのその様子を初めてだと判断して、エルナさんが口を開いた。

「古代遺物というのはですね、このイリュエの石板のように魔法が保存されている道具のことを言うんですよ。他にも、戦闘に役立つ攻撃魔法が保存されている古代遺物もあります。ですが、とっても高価で買うのは難しいですし、数回使うと壊れてしまいます。イリュエの石板のような非攻撃魔法が保存されている古代遺物は壊れず、ずっと使えるのでさらに高値で取引されているんですよ。こういう古代遺物は遺跡や迷宮で稀に発見されることがあるので是非無理しない程度で探してみてくださいね」

「は、はい……! 」

 つまり、古代遺物はダンジョン探索で獲得できる、最高レアアイテムってところだろう。

遺跡やら迷宮やらワクワクするような単語が出てきて、さらに異世界を実感する。

「それでは、こちらに手を置いてください」

 説明を終えたエルナさんに、石板に手を置くよう促される。

「ほらカノン、先に」

 ギルドカウンターが少し高いので、カノンを抱きかかえて石板に手が届くようにしてあげる。

 カノンが手を置くと、石板と一緒に置いてあったカードに光る文字がどんどん刻み込まれていく。

 そこに書かれていたのはカノンのステータスだったが、予定通り元のカノンのステータスとは少し違っていた。



名前:カノン・アンジュ

種族:人間 性別:女性

ステータス

Lv.1/99 HP:720 MP:1320

攻撃力:70 防御力:70 

敏捷:55 知力:560

スキル なし

魔法 ・炎魔法 ・防御魔法 ・治癒魔法



 カードにはこう書かれていた。アルが事前に偽装魔法を使ってカノンのステータスを書き換え、強力過ぎる能力や聞き覚えのなさそうな能力は伏せておいたのが、無事成功したようだ。

 ユニークスキルなどが表示されて騒ぎになるのは目に見えていたし、それで周りの冒険者がカノンを勧誘しまくる状況は絶対に避けたかった。

 もちろん表面上のことしか書き換えられないため、カノンの能力自体は何も変化していない。

 偽装魔法を使ったことはギルドに入る前に言ってあるので、カノンは特に気にした様子も無かった。

「なっなっなんですかこのステータスは! こんなに小さいのに魔法が三つも使えるなんて! しかもレベル1なのに魔力量と知力が高い! 知力に限ってはレベル20相当ですよ! こんなの初めて見ました! すごいです! 」

 しかし、エルナさんはカノンのステータスを見てすっかり興奮してしまっていた。

「結構隠したつもりだったんだけど、まだ多かったか……」

 小声で言って右手を額に当てながらアルはため息を吐いた。

「さぁ! 次はあなたの番ですよ! 」

 すっかり期待されてしまっている。カノンでこんなに驚くのであれば、アルのステータスを見たら失神してしまうのではと思うくらいだ。

 ひとまず、アルは大人しく石板に手を置く。

 さっきと同じように、一緒に置いてあるカードに光る文字が刻まれていく。



名前:ノアール・アルカンシエル

種族:吸血鬼 性別:女性

ステータス

Lv.1/99 HP:50000 MP:50000

攻撃力:1000 防御力:1000 

敏捷:5000 知力:5000

スキル ・白昼歩 ・再生 ・不老不死 ・無詠唱

魔法 ・炎魔法 ・水魔法 ・風魔法 ・土魔法 

・氷魔法 ・雷魔法 ・光魔法

・闇魔法 ・防御魔法 ・治癒魔法



 アルは、吸血鬼ならこれくらいできてもおかしくないだろうし抜かりはないね、と内心キレッキレのドヤ顔をしていた。

「きゃああぁぁぁぁ!! 」

 だが、アルのステータスを見たエルナさんが急に悲鳴を上げた。

 突然のことに、アルもカノンも、ギルドにいた冒険者たちも何事だと身構える。

「きゅ、吸血鬼ーーー!! 」

 瞬間、アルの目の前に何かが閃いた。

 気づいた時にはもう、胸のあたりから血が大量に流れて服が真っ赤に染まっていた。

 状況を飲み込めずにいたが、目の前の冒険者が血の付いた剣を持ってアルを睨みつけている。いつの間にか剣で斬られたらしい。痛覚無効のスキルを創っていたので、幸いなことに痛みは無かった。

痛覚無効無かったら絶対痛かっただろうなぁ……と、他人事のように思いながら斬られた傷口を触る。

 手にべっとりと血が付いた。さすがに顔を顰める。

 その間に斬られた傷は、再生で自動的に治っていた。

「化物め……」

 敵意剥き出しで何人もの冒険者から睨め付けられる。

「アルっ!! 」

 そこで、呆然と目を見開いたまま固まっていたカノンが、アルが動いたところを見て目に大粒の涙を浮かべながら駆け寄ってきた。

「カノン……大丈夫だから泣かないで」

 困った表情を浮かべながら、血に染まっていない方の手で優しくカノンの頭を撫でる。

 今度は信じられないものを見たような目で冒険者たちが見てきた。普通に居心地が悪い。

「何事だ!! 」

 そんな時、ギルドの奥にある扉が勢いよく開かれたかと思うと、そこから大柄な男が現れた。声が大きすぎて思わず耳を塞ぐ。音量注意の表記出してほしい。

「あっ、ギルドマスター! 」

 エルナさんにギルドマスターと呼ばれた男は、サングラスに黒髪をオールバックにした髪型の上半身裸で筋骨隆々とした体をしている男だった。

「うぇっ……あれがギルドマスターか。胸筋えぐ……」

 エルナさんがギルドマスターの下に駆け寄って、カードを見せている。おそらくアルのステータスが書いてあるカードだろう。

 そのカードを受け取って確認したギルドマスターと目が合った途端、こっちに近づいてきた。思わず「ヒッ」と小さく悲鳴が漏れる。

「俺はギルドマスターのギルバートだ。この街、エストのギルドを任されている。いきなり手荒な真似をして済まない。吸血鬼族は人間を見ればすぐ襲ってくるから、それが原因で仲間を失った奴も少なく無くてな、皆吸血鬼という言葉に敏感なんだ。だから何卒許してほしい」

 そう言ってギルバートは頭を下げた。

 その光景を見ていた周りの冒険者や受付嬢たちがざわざわと騒ぎ始める。組織のトップが頭を下げれば、そういう反応になるのは必然だ。それに加えて、相手は本来敵である吸血鬼ときた。

 ギルバートがゆっくり頭を上げると、たちまち静まり返る。

 顔を元の位置に戻したギルバートがまっすぐアルの目を見てきた。

「……一つだけ、聞きたいことがある」

 さすがはギルドマスターだ。周りの冒険者が警戒し過ぎなほど身構えているのに、その素振りを見せずに怯むことなく話しかけてきた。

「何が……聞きたいんですか」

 しかし、アルにしたら全ての言い分など関係なく、何もしていないのに攻撃を仕掛けてきた奴の仲間なので警戒しないわけが無い。

「そんな身構えんくても……いや、そりゃ警戒するか。まぁいいか、聞きたいことは一つだけだ。――お前は、俺たちの……人間の敵か? 」

 サングラスで表情はよくわからないが、堂々とド直球にギルバートがそんな質問を投げかけてくる。

 聞きたいことがある、とか言っておいてただ攻撃のチャンスを見計らっていただけとか、質問を投げかけると同時にその質問が合図となって一斉に攻撃が飛んでくるとか、そんなことをアルは可能性として考えていたけれど、普通に質問を投げかけられ、あまつさえその質問が人間の敵かどうか、なんて元々人間だったアルからしたらまったく拍子抜けだった。

 思わず強張っていた顔が弛緩しかけたが、寸前のところで引き締める。

「私はあなたたちの敵ではありません。でも――」

 カノンの頭を撫でて、アルは閉じた口を再び開く。

「私とこの子に危害を加えようとするのなら――――容赦なく、殺します」

 転生してからここまでの道程で経験したことで、異世界ならではの楽しさと危険さを痛いほどわからされていたアルは、内心穏やかではないが堂々と言い放った。

 ――正直、殺すとこまではやりたくないけど、さっきは私が殺されかけたし、初日にカノンを助けたのもあるしね。殺す気でいないとこっちが殺されちゃうから……あくまで気だから! ――

「……つまり、こっちから手を出さない限り、そっちも手を出さないんだな」

「ええ、もちろん。仲良くしてくれるなら、こっちだって仲良くしますよ。例えるなら、嫌いな人には冷たく接するけど好きな人には甘々な対応をする、みたいなのと変わらないです。みなさんだってそういうのあるでしょう? 」

 アルがそう言うと、その場に沈黙が降りた。しかしそれも一瞬だった。

「聞いたかお前ら! このノアールは俺たちの敵じゃない! 手を出さなければ何もしない! 俺が保証する! 俺とノアールが信じられなくても絶対に敵対するな! 無駄死にするだけだ! わかったな!! 」

 ギルバートがギルド全体に響き渡る声で叫んだ。

 すると、冒険者たちは警戒は解いていないが、最初のように雑談に興じていった。

「クリーク、あとで話がある。裏で待ってろ」

 冒険者たちが雑談に戻った直後、ギルバートが鋭い目つきで言い放った。

 ギルバートの視線を追うと、そこにはアルを切りつけた冒険者が立っていた。

「…………わかった」

 少しの間ギルバートと睨み合っていたが、渋々といった感じにクリークと呼ばれた冒険者はギルドの裏手に歩いて行った。

 その後ろ姿を見ていると、突然目の前に大きい手が差し出される。

「本当にすまなかった。改めて、冒険者ギルドへようこそ。俺はお前を歓迎する」

 その手はギルバートのものだった。相変わらずサングラスで目元は見えないが、白い歯がキラッと光るほどいい笑顔で歓迎された。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 アルも血に濡れた右手をハンカチ等使いたかったが仕方なく服の裾で拭き、差し出して握手を交わす。すると、ギルバートがずいっと顔を近づけてきた。

「へっ、な、なんですか? 」

「いや、嬢ちゃん……白い髪に紅い瞳……魔法が使えて、特殊な髪色の少女と一緒にいる――まさか、嬢ちゃんがあの盗賊団をやったのか? 」

「へ? ……ああ、あの洞窟をアジトにしてた人たちですか? 」

 盗賊と聞いて思い出すのはそれしかない。普通に怖いので顔の距離を離して聞き返す。

「そうだ! やっぱり嬢ちゃんたちだったのか! 」

「まぁ、やったのは私一人ですよ。この子が助けを求めてきたので。それより、なんでそれを知ってるんですか? 」

 手遅れかもしれないけれどカノンの能力を怪しまれないように、アルがやったことを強調して答える。しかし、あの夜はアルたちの周りには盗賊以外誰もいなかったはずだ。ギルドマスターが知っているのはおかしい。

「ん? ああ、それはな、数日前……二日前くらいだったか? 夜だったから細かい時間は忘れたが、ここに来た商人の小僧が盗賊団を一網打尽にした少女がいるって言ってきてよ、一応数人の冒険者を送ったら少女の姿は見えなかったが、本当に盗賊が何人も倒れてたんだ。結構有名な盗賊団で金も相当な額が懸けられててな、超困ってたんだが助かったんだよ。んで、その時小僧が言ってた少女の特徴が、白髪紅眼の少女と特殊な髪色をした少女だったらしい。それが嬢ちゃんたちだったと。ほんと助かった、ありがとな」

「い、いえ。お役に立てたなら何より。……商人の小僧――」

 まくしたてるギルバートに気圧され後ずさる。しかし、商人の小僧ときたら一人しか思いつかない。

「――マルシャドか……目立ちたくなかったのに、余計なことを……」

「ははっ、そう言うな嬢ちゃん。小僧のおかげで盗賊を捕らえることができた。さらにだ! 」

 小声で呟いたつもりだったが聞こえていたらしい。ギルバートは大仰な手振りで言ってくる。

「報奨金も降りたんだ! いつか小僧が言ってた人物が来たら渡してやろうと思ってたんだが、早速だったな。それに、助けた者の中にお貴族さまの令嬢までいたらしくてな、そこからもお礼金を預かってる。盗賊一人程度ならまだしも、盗賊団を倒せるのなんて王国騎士団以外だったら高位冒険者のパーティーくらいだしな」

「は、はは……」

 まさか、自分の実力が既に高位冒険者並みもあり、少なくともそれだけの実力があることをギルバートに知られた事実に、アルは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「まぁ、これからよろしくな嬢ちゃん。そっちの嬢ちゃんも」

 言いながら、ギルバートがカノンとも握手をしようと右手を差し出したが、カノンはまだアルにしがみついて泣いていた。

「大丈夫か、これ……」

 首に手を当て、ギルバートが困ったように眉を八の字に歪めた。

「だ、大丈夫だと思います。ではギルドマスター、エルナさん、また来ますね」

 ギルバートの後ろにずっと控えていたエルナさんにも挨拶してから、冒険者カードを受け取ってカノンを抱っこし、アルは冒険者ギルドを出た。

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