第四話 準備
「さて、そろそろ町に行きたいと思ってるんだけど――」
昨晩のことには何も触れずに、朝食を済ませ次の目的について切り出す。
「今日はその準備と……っと、そうだ、結局昨日は聞きたいこと聞けなかったから今聞いてもいい? 」
机を挟んで対面に座ったカノンが静かに首肯する。
「じゃあ早速一つ目。カノンは記憶力いい方だったりする? 」
「うん」
「なら二つ目。カノンは今まで見たこと聞いたこと、全部覚えてる? 」
「うん。あの日、盗賊から逃げた時も、運ばれるときに人の配置とか、どっちに曲がったかとか全部覚えて逃げたし、今も全部覚えてるよ」
「それは忘れていいんだけどなぁ……」
予想通りではあるが、まさかの回答の仕方で反応に困り頬を掻く。
「ま、まぁ仕方ないか。じゃあ仕切りなおして最後の質問なんだけど、カノンはスキルを持ってる? 」
二つの質問に即肯定で返してきたカノンが、この質問にだけは縦にも横にも首を振らずに口を開いた。
「わからない。私、自分のステータス見たこと無いから」
なるほど。パッシブスキルは可視化しないと効果が分かりづらいから、把握できていないんだろう。
しかし、確実というほど確証を得られたわけではないが、ほぼ確実に完全鑑定魔法は正確に他人のステータスを見れるのが分かった。
それを踏まえて、再びカノンに向かって完全鑑定魔法を使用する。
前回見た時と変わらず、スキル欄に永劫記憶がある。カノンの記憶力がいい理由はこれで間違いなさそうだ。
「カノン、今さっきカノンのステータス見てみたんだけど、ユニークスキルがあってね――」
「えっ、私ユニークスキル持ってるの!? 」
机に身を乗り出して、カノンが嬉しそうに目をキラキラ輝かせている。
「えっ、う、うん。ユニークスキルってやっぱり嬉しいの? 」
前世ではユニークスキル系のラノベや漫画は結構あったけど、どれもユニークスキルは珍しく強力なものだと相場が決まっていた。やっぱりこの世界でも珍しくて、それを持っていることが嬉しかったりするのだろうか。
「うん、すごく嬉しい。ユニークスキルをもっている人は一千万人の内の一人って言われてるくらい珍しいから、とっても貴重な存在。ふふっアル、もっと私と一緒に居たくなった? 」
「ヴッ――」
吸血鬼の弱点は全て効かないのに、危うく灰になりそうだった。――尊い。
カノンのはにかんだ笑顔は脳内メモリに焼き付け、一旦深呼吸し落ち着きを取り戻してからアルは思考を戻す。
やはり、この世界でもユニークスキルは珍しいらしい。今のところ自分含めてユニークスキルを持ってる人しか近くにいないので、正直アルは珍しさの実感が湧かずにいた。
「そういえば、私のユニークスキルってどういうスキルなの? 」
「あ、言ってなかったね。えーっと、永劫記憶っていうスキルで、一度見たもの聞いたものを全て記憶できるスキルなんだって。それと、ステータスも見たんだけど知力とMPが他のステータスよりもだいぶ高いから、魔法をたくさん勉強すれば強い魔法使いになれるかもね」
魔法を使う際MPを消費するのは確認済みだし、知力ステータスは魔法の威力増強ステータスだと、ステータスを表示した時知力値をタップしたら表示された。こういうところも前世と似てると感じる。前世というか、前世にあったゲーム内のシステムに、が正しい。
「……私のステータス……バケモノ寄りだったかぁ……。にしても、カノンのステータス……あまりに偏ってるね。こういうものなのかな? 」
呟き、そっと目配せしてカノンを見ると、目を輝かせて虚空を眺めていた。魔法使いに向いてるのが、そんなに嬉しかったのだろうか。とにかく。
「可愛い」
今まで考えてたことが吹っ飛んだ。
思ったことが思わず口に出てしまい、慌てて口を手で押さえる。再度カノンの方へ目線を向けると、まだ魔法使いになった時の自分に思いを馳せているようだった。
カノンに聴かれていないことを確認して、ホッと息を吐く。
「ふぅ……っと、何の話してたんだっけ? ええと……あぁ、そうかステータス。それで、カノンが魔法使いに向いてるって話で……」
元の話の内容に戻ってきて、考えていたことを思い出す。
「そうだカノン、魔法に関する本ってどこかで売ってたりしない? 」
アルに話を振られて、カノンの意識がようやく現実に返ってきた。
「へっ? あっう、売ってるよ。普通の本よりは少しばかり高くなるけど、いろんなところで売られてる。それに、王都には魔法学園っていう魔法について学べるところもあるよ。まぁ、こっちは十五歳からしか入学できないけど」
「ふーん」
「……魔法学園、行かないの? 」
「うーん……カノンがいないんじゃ意味無いしなぁ……」
というのは建前で、ただ前世であまりいい思い出が無いがために、行く必要性を見いだせないだけだ。
確かに楽しい思い出が無かったわけじゃない。それこそ朔果と過ごした一生は楽しい思い出だらけだ。しかし、学校生活に限っては、それと同じくらい課題という名の地獄に苦しめられた記憶が多々あるのも事実だった。
「私はちょっとなぁ……」
「私は、魔法学園に行きたい。いろんな魔法を、使えるようになりたい……って、思う」
アルが渋っていたのを感じたのか、言いずらそうに俯いて、決意するように言った。
「カノン……」
カノンが自分の気持ちを表に出すとは思わなかったが、原因はわかり切っていた。アルが、魔法使いに向いている、と言ったことでたきつけてしまったに違いないだろう。もちろんそれだけが原因ではないだろうが、それでも驚きは隠せない。しかし、アルはその顔を驚いた時のそれではなく悪いことを思いついたかのように、ニヤリと三日月形に歪めた。
「美少女二人で強大な敵を倒す……最終的には学園の大スターに――いいね。うん、そういうのも悪くないかも。よし! じゃあ三年後、一緒に魔法学園に入学しよう! そのためにもいっぱい魔法のことを勉強しようね」
カノンは俯いていた顔を上げ、また目を輝かせてすごい勢いで首を何度も縦に振る。
「カ、カノン、嬉しいのはわかったから、ね? 首痛めちゃうから、もう首振るのやめよ? 」
大人しく聞いてくれて、カノンは首を振るのを止めた。
しかし、魔法学園。名前から察するに、入学するためにはある程度の魔法を使役する能力と、魔法に対する知識は必要だろう。
「魔法学園に入学するとなると、やっぱり魔法の勉強は必須だろうけど、魔法の訓練も必要だよね。今は知識を手に入れる為の本が無いから、訓練……といっても、カノンはまだ魔法使えないしなぁ。こういう時はやっぱり魔力錬成とか魔力制御みたいな基礎練習的なやつで特訓したりするのがいいのかなぁ……」
前世で読んだラノベや漫画では、まず魔力とかそれに類するものを鍛えてから魔法を扱い始めるような作品が多かったけれどこの世界では――
カノンの方へ視線を向けると、不思議そうな顔をして首を傾げていた。――見るに、この世界でそういうのは一般的ではないようだ。
「まぁ、物は試しにやってみますか」
右手のひらを上に向けるように前に出し、その手のひらに意識を集中させ、唱える。
「
突然、アルの右手のひらから白いふよふよした光が現れた。
「おお……! それじゃあ続けて、
再び唱えると、手のひらの上に浮いていた白い光が一か所に集まり、丸い形になった後、ぐにゃぐにゃと輪郭が不規則に歪み始めた。
「この光は魔力かな? 魔力錬成は魔力を可視化させて、魔力制御は魔力を操作できるってところだろうね。それじゃあ剣の形にでもしてみよう……」
魔力が剣の形になるイメージを強く意識する。すると、たちまち魔力が不規則に輪郭を揺らしていたはずが、スッと剣の形になり輪郭も歪まず、鋭い刃が出来上がった。
「「おぉ……!! 」」
思わず二人して感嘆の声を上げてしまった。
「うん。どうやらこの解釈であってるらしいね」
言いながら魔力で出来た剣を消すイメージをすると、虚空に溶けるように光の剣が消えた。
念のためステータスを確認してみると、最大MPが25増えて、スキル欄に魔力錬成と魔力制御の二つが増えている。
「魔力とスキルが増えてるなぁ。カノンもやってみな? 」
静かに頷いてから、カノンは深呼吸する。
「魔力錬成」
カノンが唱えると、カノンの手のひらに水色のふよふよした光が現れた。
「私のとは色が違うんだね。色の違いに何か意味でもあるのかな? 」
「わかんない」
「ま、そりゃそっか。ほらカノン、次いってみよ」
「うん。――魔力制御」
カノンが唱えると、アルの時と同様、手のひらの上に光が集まり、丸い形を取った後、輪郭がぐにゃぐにゃと蠢いている。
「そこは一緒なんだ」
「剣の形にしてみる……」
集中するようにカノンが目を伏せ、フッと息を吐く。ところが――
「ん? 何かずっとぐねぐねしてる……? 」
なぜか剣の形にならなかった。
「うーん……魔力の制御がまだ慣れてないだけじゃないかなぁ。ほら、カノンは初めて魔力を使って魔法みたいなものを行使したわけだからね。これから魔力錬成と魔力制御を使って練習して実際に魔法も使っていけば、魔力も増えて強力な魔法も使えるようになると思うよ」
「ほんとに、強くなれる……? 」
表情には出ていないけれど、力強く握る拳を見ればカノンの気持ちを察することは容易だ。
だからこそ、偽りなく本心を。
「ほんとだよ。カノンなら絶対強くなれる」
カノンの手を優しく握り、目を見てはっきり断言した。アルの激励を受けてカノンはやる気だと言うように、ふんす、と鼻息を漏らす。
「うん! いつか絶対にアルと同じくらい強くなる」
「ふふっ、楽しみにしてるね」
前世のラノベや漫画だったら、チートスキル持ちの主人公の周りには自然とチート級の公式キャラが集まるものだし、最初は弱くても、段々強くなっていくパターンもあるし、カノンもいずれ強くなるのは間違いないだろう。
こんなメタっぽい考え方じゃなくとも、カノンのステータスは明らかに異常だ。知力ステータスが他のステータスと比べると、半端なく高い。これだけ一つのステータスが高いのは少なくとも普通ではないだろう。しかし、一種の才能とも呼べる。ここを伸ばせば絶対に逸材になるはずだ。
「あっ、そういえば町に行く準備忘れてた……。カノン、私ちょっとの間集中するからカノンは魔力錬成と魔力制御の練習してていいよ」
早速カノンが練習を始めたのを確認してから準備に取り掛かる。
「まぁ準備って言っても、私のスキルでいろいろ創るだけなんだけどね。さて、どうしようか」
――とりあえず、便利そうな魔法を創るのは確定なんだけど、スキルとかも創りたいんだよね。盗賊戦の時たまたま思いついて創っちゃったけど、スキル創作魔法が普通に使えちゃったからなぁ。実際、魔法をいくつも同時に展開する
次は、戦闘に関するスキルと魔法を創らなきゃ。この世界じゃいつ襲われるか分からないしね。ひとまず、
それじゃあ、最後は武器か。できれば絶対に壊れない武器がいいよね。あとお手入れとかしなくても大丈夫なような。ラノベとか漫画じゃ、そういう武器って
「よし、これくらいかな。どれどれ……」
文字がいくつも増えた自分のステータスをアルが見つめる。
「スキルの方が、無詠唱、魔法反射、剣術、双剣術、解体、痛覚無効、状態異常完全無効、全言語翻訳、念話、神器作成で、魔法の方が、属性魔法を五属性と、防御魔法、収納魔法、飛行魔法、転移魔法、結界魔法、再生魔法、複製魔法、偽装魔法ってところかな。いやぁ我ながらたくさん創ったねぇ。ちょっと用心し過ぎかな? これ、かなりイージースタートになっちゃうよね。でもまぁ、のんびり生きたいし用心するに越したことはないかな」
頷いて、表示していたステータスを消しカノンを見る。あれから四時間ほど経って日も真上に昇っているが、いまだに魔力錬成と魔力制御の特訓をしていた。
「うーん……カノンにも何かしてあげたいけど、何かできるかなぁ。カノンは魔法使いになりたいっぽいけど私も魔法についてはなんにもわからないからなぁ。武器とかだったらすぐに造って渡せるのに……――ん? 渡せる……? そうだ――!! 」
再びタブレット端末のような画面を呼び出し、操作する。
「これはまた、随分反則級なものを思いついちゃったな。――っと、さぁできたぞー……
自分の発想力に苦笑いを浮かべて、カノンに渡すスキルと魔法を厳選していく。
「そうだね、ひとまず無詠唱と多重詠唱はあってもいいかな。それとこれからいろいろ勉強するだろうし全言語翻訳は欲しいよね。あとは念話があったら安心できるね。魔法に関しては自分で学びたいだろうから、最低限で……炎魔法と防御魔法、それと治癒魔法ってところかな。うん、これでよさそう」
渡すものを確認して、一生懸命練習しているカノンの横まで移動する。
「……プハッ」
「ふふ、お疲れカノン」
「わっ! ア、アル……どうしたの? もう準備終わった? 」
「驚き方も可愛い……じゃなくて! んんっ、うん、終わったよ。でも、ちょっとまだやることがあるんだ」
「やること? 」
カノンが首を傾げ聞いてくる。アルは頷いて『えっとね……』と続ける。
「ちょっと手握ってもいい? 」
「えっ、う、うん……」
頬を少し赤く染めながら、カノンが控えめに手を差し出してくれる。可愛い。
差し出された手をそっと握る。新雪のように柔らかく、アルより少し小さい、優しくひんやりした手だ。
その冷たさにか、はたまた柔らかさにか、アルは少しドキッとしたが表には出さずに、やることを進める。
「スキル譲渡」
「――えっ、なに、これ……あたまに、なにか、ながれこんで……」
アルが唱えた途端、カノンが少し苦しそうに表情を歪めた。
「あっ、ご、ごめんねカノン! ちょ、ちょっと多すぎたかな!? あ、でも、もう一回だけ我慢してね? ――魔法譲渡」
「あっ、また、なにか――」
再びアルが唱え、カノンの表情が歪みそうになったところで、カノンが目を見開いた。
「こ、れ……まほう……? 」
アルが使用した二つのスキル、スキル譲渡と魔法譲渡により、カノンに四つのスキルと三つの魔法を使用できるよう渡した際、カノンの脳内にその使用法が映像のように流れ込んだ。
「うん。そうだよ。ひとまずカノンに役立ちそうなスキルと、最低限の魔法を使えるようにって思って渡したんだけど……余計なお世話だった? 」
今更になって、そもそも渡すこと自体が余計なことだったのでは、という考えが浮かび上がってくる。
アルは内心アワアワとしていたが、カノンはニコッと笑いかけてくれた。
「アル、ありがとう。私がんばるね」
「ヴッ――う、うん、頑張って」
また灰になりかけた。危ない危ない。
「よし、それじゃカノン、着替えてここを出る準備しようか」
「うん、わかった」
昨晩、寝る前にしっかり着替え、今は部屋で着るようなラフな格好をしていた。昨日着ていた服は、クローゼットの中に綺麗に掛けてある。
早速クローゼットから洋服を取り出して、着替える。
「うん、やっぱり似合ってる。悪くない。――さぁカノン、準備は万端だからそんなに時間もかからないで町まで行けるはずだよ! 」
「暗くなる前に着くといいね」
「そうだね。それじゃあ……しゅっぱーつ! 」
「おー! 」
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