第三話 少女
「はぁー、昨日はすごい体験しちゃったなぁ。今思うと結構危ないことしてたよね、私。思い出すだけでガクブル震えちゃうよ。まぁ上手くいったし結果オーライってことで――」
ノックをしてから扉を開ける。
窓から差す昇ったばかりの陽の光が目に染みる。
「失礼するよ」
と、言ってアルは部屋に入る。
「具合はどう? 」
「大丈夫」
そう答えるのは、ベッドで横になっている、昨日アルが森で助けた女の子だった。
あいさつ代わりに具合を聞いたが問題なさそうで安心だ。
「それより、お姉ちゃんだれ? 」
「あっ、そういえば名乗って無かったね。私はノアール・アルカンシエルだよ。アルって呼んで。私はあなたが必死に助けを求めてきたから保護したんだ。ああ、あなた以外の捕らえられてた人たちも助けておいたよ。多分みんな無事だと思う」
「そう、よかった……」
アルの答えを聞いて、女の子は胸を撫で下ろした。
「あなたのお名前はなんて言うの? 」
「私はカノン」
「へぇ、カノンちゃんって言うんだ。いい名前だね」
カノンはこくんと首を前に倒し頷いた。表情は変わっていないが、心做しか嬉しそうに見える。
「カノンちゃんはどこに住んでるの? お母さんとお父さんは? 」
早く家族に会わせてあげようと考え、必要な情報を聞く。すると、ゆっくりカノンが口を動かした。
「父様と母様は、三年前に死んじゃった。家も集落ごとあの盗賊たちに燃やされて……無い」
まさかの回答でアルは内心慌てたが、平然と言うカノンを見てつい零してしまった。
「悲しく、ないの? 」
不意に自分の口から出た言葉に自分でびっくりしたが、自分が当事者だったらこんな何も無かったかのような顔ではいられない。
それに、カノンは見た感じまだ小中学生くらいだ。両親の死が三年前の出来事とはいえ心細さくらいは表情に出てもいいだろう。
しかし、無神経だったのには変わりないのでアルが慌てて弁明しようとしたその時、カノンが先に口を開いた。
「悲しくはない。でも――」
カノンは言い淀んで唇を噛む。
静かにカノンの言葉を待っていると、数秒の時間が流れたところでついにカノンが零す。
「――寂しい」
初めてカノンが自分の感情を表に出してくれた。ただ、感情を表情に出すのが苦手なだけだったんだろう。
それもそうだ。自分以外のみんなが盗賊の手から助けられていると聞いて、表情には出ていないものの、胸を撫で下ろして安心していた。他人のことを気に掛けられる優しい心の持ち主が、自分の両親を失って何も感じないわけが無い。
気づいたら、アルはカノンのことを抱きしめていた。
「ねぇカノンちゃん。良かったらなんだけど、私と一緒に暮らそう? 私も今一人になっちゃって寂しいんだ。だから、カノンちゃんが一緒にいてくれたら嬉しいな」
「……いいの? 」
確かめるようにカノンが聞いてくるので、大きく首肯して答える。
「もちろん。私たちはもう家族だよ」
「――うん!! 」
それまで全く変わらなかった表情が、今や満面の笑みに変わって、カノンも抱きしめ返してくれた。
「これからよろしくね、カノン」
予期せず、めでたいことに異世界生活二日目にして家族が増えた。
「じゃあカノン、まずは一緒にお風呂入ろっか。髪とかボサボサだし、足とかにできてた擦り傷は
起きたばっかりで眠そうにあくびをするカノンは、確かに髪がボサボサで肌も少し汚れていた。
「いっしょに入るの……? 」
まぁ、この反応が一般的には普通だ。
「……うん、嫌? 」
アルの問いを聞いて、カノンは横に小さく首を振り、少し頬を染め、上目遣いでアルを見て。
「嫌じゃ……ない、よ? 」
と、小首をかしげあざとさ全開で言った。多分本人は無自覚だろう。
アルの視界を通じて脳天に雷が落ちたような衝撃が伝った。
「きゃああぁぁぁぁ! 何この子! 可愛すぎるんですけどおおぉぉぉぉ!! 天使なんですけどおおぉぉぉぉ!!」
いつの間にかアルはカノンに抱き着いて、めいっぱい頬ずりしていた。
◇◇◇
この家の浴室は湯舟があるだけで、シャワーや水道も無かった。代わりに井戸が外にあったので、以前ここに住んでいた人はそこから水を汲んできて使っていたのだろう。
もちろんアルはそんなことせずに、湯舟には魔法創作で創った
この魔法、便利すぎる。
「かゆいところとかない? 」
「うん。だいじょぶ。気持ちいい」
カノンの頭を洗ってあげていたが、お気に召してもらえたらしい。アルは内心ホッと息を吐いた。
「ならよかった。……あ、思ったんだけどさ」
「うん? 」
「カノン、髪綺麗だよね」
「そう? 」
褒められた本人は首を傾げキョトンとしている。髪についてあまり意識していなかったらしい。
「そうだよ。お肌も白くてスベスベだし、すごい綺麗。長い前髪を目が見えるようになるくらいまで切って、毛先を整えたら、あとはおしゃれするだけ。絶対可愛いよ! 」
熱弁しながらお湯をカノンの頭にかけて、あわあわになったシャンプーを流し落とす。
カノンが子犬のようにフルフルと首を振って水をはじいたと思ったら、アルに向き直って。
「私、可愛くなれる? 」
右手の人差し指を頬に当て首をコテンと傾け聞いてくる。いちいち仕草が可愛い。萌えるツボを理解(わか)っていらっしゃる。
「――ッ! も、もちろん! すでにすごい可愛いけどもっと可愛くなれるよ!! 」
ハートを射抜かれそうになりながらも、瞬間も迷わずアルは自信満々に言った。
すると、カノンがアルの手を取った。
「じゃあ――アルが私を可愛くして? 」
◇◇◇
「できたー!! 」
家中に響く声を上げたのはアルだった。
何ができたかというと、その場にいるもう一人の少女を見ればすぐに理解できた。
真珠色の艶やかな肌、上から下へいくにつれてラムネ色から桜色に変わるサラサラな髪、半分しか開いていない一見不機嫌そうな眼は檸檬色をしている。ワイシャツにネクタイ、ベストを着て膝丈のスカートに黒のニーソを履き、最後は真っ白な白衣を羽織っていた。
どこかの研究所にいそうな雰囲気を纏っている少女は、さっきまでアルと一緒にお風呂に入っていたカノンだった。
お風呂でお願いされ、カノンを可愛くしてあげたのだ。だいぶ……いや、少々、ちょびーっとだけアルの趣味が入っていることは否定できないけれど……。
カノンは鏡に映った自分を見て感嘆の声を上げていた。どうやらこの格好を気に入ってくれたらしい。一安心だ。
「似合ってる? 」
くるっとターンして感想までねだってくる。
「うん! キュートさとクールさを兼ね備えてる欲張りセットで最高だよ!
胸を撫で下ろすアルを見て、カノンはその硬い表情を緩ませて。
「ありがとう、アル」
――今度こそ完全に射抜かれてしまった。
◇◇◇
「そういえば、カノンのステータスってどんな感じなの? あ、言いたくなければいいんだけど……」
悶絶した心をどうにか押さえつけ治まった後、創造魔法で創り出した夕飯のオムライスを、町に降りたらちゃんと材料を買い料理をすることを誓って頬張りながら聞く。
「わからない」
カノンも同じものを頬張りながら、いたってシンプルな回答を返してきた。
「じゃあ、自分のステータスを見る方法ってあるの? 」
「ある。冒険者ギルドの石板を使えば見れる。そのためには冒険者ギルドの登録が必要」
「なるほどねぇ」
今度は具体的な回答が返ってきた。カノンの答えを踏まえると、この世界の人たちは、『ステータスオープン』と言っても開けないのだろう。どうやら『ステータスオープン』はアルの特権らしい。しかし、もう試したけれど他人のステータスを見ることはできなかった。
そうなると、一つだけ気になることが出てくる。
「鑑定魔法でステータス見れたりしないの? 」
そう、鑑定魔法ならば見られるのではないかという疑問。魔法がある世界ならではの思考。
前世で読んだ転生モノの漫画では、鑑定魔法が使えれば相手のステータスまで見れるというものもあった。
カノンはもぐもぐと口を動かしてから、ごくんと飲み込んで答えてくれた。えらい。
「鑑定魔法は鉱石や魔物の素材、武器とかの性質や品質を鑑定するもので、ステータスは見れないよ」
「なるほど」
今度こそ得心がいった。つまり、この世界の鑑定魔法はそういうものだということだ。まぁ、それでも十分に便利な魔法だろうと思う。
「じゃあ、あとでステータスを見ることができる魔法でも創ってみようかな」
そう言ってアルは、残りのオムライスを掻き込むように平らげた。
「よし、できた」
動かしていた手を止めてカノンを見る。すると、カノンが首を傾げて見つめ返してきた。かわいい。
アルは煩悩を払うように頭を振って再びカノンを見つめる。そして、唱える。
「
『ネーミングセンス無さすぎ(笑)』とか言われても反論できないな、と内心アルは思った。
しかし、魔法の発動には成功した。その証拠に、カノンのステータスが目の前に表示されている。
名前:カノン・アンジュ
種族:人間 性別:女性 年齢:12歳
誕生日:12月6日
身長:139cm 体重:39kg
スリーサイズ:B80W57H81
備考:めっちゃ可愛い
ステータス
Lv.1/99 HP:720 MP:1000
攻撃力:70 防御力:70
敏捷:55 知力:560
スキル
・一度見たもの、聞いたことは全て記憶できる。
・思い出そうとすれば、すぐに思い出すことができる。
備考・パッシブスキル
※このスキルは他に誰も持つことはできないスキル
「なん……だ……と……」
カノンのステータスを見て、アルは愕然と膝をついて倒れた。
「大丈夫? 」
倒れたのを見て、カノンが心配そうな顔をしながらそばまで駆け寄り、優しく頭を撫でてくれた。
その際ちょうど意識していたからか、アルは腕に当たる柔らかい感触に気づいた。
そう、アルが膝をついて倒れた理由。それは――
「なんで外見年齢十六歳くらいの私が! 実年齢、外見年齢ともに十二歳のカノンより! 胸が!! 小さいの!! 」
――それは、胸の大きさだった。
確かに午前中、一緒にお風呂に入ったりしていて全く気にならなかったわけじゃない。
それでも、さすがに負けているとは思わなかった。だってこの身長だよ? この年齢だよ?
「ああ……私を置いて行かないでカノン……」
ショックのあまり意味わからないことを言ってしまった。
しかし、悲しみに暮れるアルとは違い、落ち込んでいる理由を知ったカノンは余裕な笑みを作っていた。
「私の身体はまだまだ成長する。将来はぼいんぼいん。ふふふ……」
言って、自分の胸を下から押し上げて揺らすように動かしている。
「そう。そういうこと言っちゃうんだ。へぇ……」
膝をついていたアルが立ち上がる。その顔は最高の悪戯を思いついた子供のような悪い笑みを浮かべていた。
「ど、どうしたの……アル? 」
カノンのさっきまでの余裕な雰囲気は微塵のかけらも無く、動揺に染まっている。
「ふふ……カノン、そういう挑発するんだから――覚悟は……できてるんだよね? 」
「ア、アル、笑顔が怖いよ!? 」
「そんなことないよぉ? そう見えるのはぁ、カノンがいけないことを言ったってことを自覚してるからじゃないかなぁ? 」
ジリジリとカノンとの距離を縮めながら手をワキワキと動かす。
「うっ……ご、ごめんなさい! あ、あやまるから……! 」
「もう手遅れだよ、カノン。――うりゃうりゃー! 」
尻もちをついて後ずさるカノンに覆いかぶさって、アルがカノンの胸を鷲掴みにした。
「ぅにゃんっ!! 」
カノンの口から可愛い悲鳴が上がった。しかし、アルの勢いは止まらずカノンの胸を揉みしだいている。
「うわぁぁん! どうせならたくさん揉んでもっともっとおっきくしてやるんだからぁ!! 」
「や、やめてぇ……」
カノンはもう力が入らなくなって涙目になっていた。胸を揉みしだいているアルの方も涙目だった。
月明りが照らす夜の森に、二人の少女の嘆きと悲鳴が静かに響いたのだった。
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