第二話 邂逅

 今、アルは森を歩いていた。

 なぜかと言うと、ただ単に目覚めた家が森の中にあったからだった。

「しっかし暗くなっちゃったな。早くこの森抜けないと。ついゲーム感覚で前世のコレクター気質が働いて植物とか木の実とか少しづつ回収しちゃってたから時間経っちゃった。にしても、この森広いなぁ……」

 家を出た時は日が少し傾いていただけだった。前世で言えば冬の二時くらいに家を出て、今の暗さは秋の六時くらいだろうか。

「でも、吸血鬼なのに日光浴びても本当に灰にならなかったのは驚いたなぁ。この能力超助かるね。今まで人間だったから、日中外に出れないのは辛かったと思うし……と、本当に暗くなってきた。何があるか分からないから初日はここまでにして戻ろっかな」

 来た道を引き返そうとした瞬間、突然後ろの茂みが蠢いた。

「ひえっ!? なっ何!? 」

 情けない悲鳴を上げながらガサガサ音が鳴った方を見て、魔法創作で創った光魔法ひかりまほうで照らすと、そこにはまだ小中学生くらいの女の子が倒れていた。

「だ、大丈夫!? どうしたの!? 」

 反射的に駆け寄って、女の子を抱え上げ――目を見開いた。

 女の子は急いでいたのか裸足で、足は泥まみれ、少し血が滲んでいる。肌も葉っぱで切ってしまったのか切り傷までできていた。服も土で汚れていて袖は解れてしまっている。

「……綺麗……天使みたい」

 しかし、口を衝いたのはそんな言葉だった。

 女の子は、その痛ましい姿にありながら、他のもの全てが霞んで見える程に麗しかった。

「た……す……けて……」

「へっ!? あ、そっそうだよね! 見惚れてる場合じゃないよね!! ……でも、助けてって、何かから逃げてるのかな? も、もしかしてモンスターとか!? って、あれ? 気失っちゃった!? ……いや、寝てるだけか」

 女の子の寝息を確認したアルはホッと息を吐き、ひとまず創造魔法で大きめの布を創り出し、女の子をそっと寝かせてから状況を整理する。

「やっぱり、こんな暗い時間に森の中を裸足で駆けて助けを求めるって普通じゃないよね……。でも、寝ちゃったし事情聴けないからなぁ。とりあえず保護して、目を覚ましたら話を聞いてみようか」

 そう結論を出し、女の子を抱え上げようとしてアルは手を止めた。

「あれ? なんか聞こえる? 」

 暗闇の森の中、木々のざわめきに混ざる音が聞こえ、耳を傾ける。

「どこ行ったガキィ! 逃げられると思うなぁ!! 」

「――――っ!! 」

 反射的に点けていた光魔法を消し、女の子を抱き寄せる。

 突然の怒号に脈打つ心臓を落ち着けるよう、大きく深呼吸をして呼吸を整える。

「……何、今の……。ガキって、この子のことなの? いやこの状況、この子で間違いないよね。早速こういうのに巻き込まれるのも異世界っぽいって言うか、異世界なんだよねここ……前世の平和な国とは全く違う世界なんだ……」

 実際に緊迫した状況に巻き込まれ、前世とは違う世界に転生したことをより実感する。

 しかしアルは笑って見せた。

「ふふっ、こういう展開は正直好まないけど、悪と戦うイベントは一度くらい無くっちゃね! ここではこれが普通……かどうかはわかんないけど、起きうることなら仕方ない。私も覚悟を決めて、反撃と行こうかな。――となると、やっぱりこの魔法は必須だよね」

 眼前に現れたタブレット端末のような画面を操作する。もう慣れた手つきで、流れるように指を動かす。

 その魔法は案外すぐに完成した。

索敵魔法さくてきまほう

 再びアルの眼前に画面が広がる。しかしさっきとは違って、タブレット端末のような画面ではなく、ゲームのマップ画面のように周囲の地形が描かれた画面だった。

 ご丁寧に距離まで表示されていて、半径三キロ円内のマップだ。その中央には白いアイコンと青いアイコンが一つずつ、その周囲にまばらに赤いアイコンが表示された。

 それぞれタップしてみると、詳細が表示される。

「この白いのが私ね。それで、この青いのが美少女? ……ってこの子か。それでこの赤いのが……盗賊? モンスターじゃないんだ。まぁさっき聞こえた男の人の声がこの盗賊さんなんだろうけど、同じ人間なのに青と赤で違うのは何が基準なのかな? ……ん? 何だろうこの青いアイコンの集まり――」

 気になりタップしてみると、商人や貴族令嬢、平民の子供が何人も集まっていた。

「――これ、絶対捕らわれてるパターンだよね。目的は……お金かな? 商人の荷物と子供を売って稼ぐ類の、まぁゴミクズ集団ってとこかな。そんな人たちには容赦しなくていいよね」

 そう言って再び空中に浮いたタブレット画面を指で操作していく。

「昼間に試したけど、魔法の並列使用ってできなかったんだよね。同じ魔法を二つ同時にってのも無理だったし、詠唱って言うか使う魔法も宣言しなくちゃいけないし、ちょっとめんどくさいんだよねぇ。……そういえば、魔法創作の説明欄にユニークスキル制作も可能みたいなこと書いてあったけど、やっぱり魔法とスキルって別物なのかな? ちょっと見て見よう――ステータスオープン」

 ステータスを開くと、いつのまにかスキル欄の下に魔法欄が増えていた。

「なるほど。なんとなく理解できたかな。それなら、このチートスキルを使わない手は無いよねぇ。じゃあ急ぎで創ろうか」

 さっきよりも指を動かす速度を上げ、キーボードで入力する。

タァン!! と効果音が鳴りそうな叩き方をして遂に指を止めた。

「さて、できた。我ながらエグいもの創っちゃったなぁ。――じゃあ、悪者退治と行こうか」

 再び索敵魔法で盗賊の位置と捕らわれてる人たちの位置を確認し、女の子を背負う。

火球ファイアボール多重詠唱マルチキャスト

 唱えると同時に、森のあちこちで爆発が起こった。盗賊の悲鳴が次々と聞こえてくる。

「よっし、無事に成功したね。炎魔法を同時に展開するの難しいかなとか思ったけど案外簡単だったね。マップで盗賊さんたちの位置わかってるからかな? まぁ何でもいいや。はやく捕らわれてる人たち助けに行かないと」


 森を直線で突き抜けてたどり着いた場所は、じめじめした洞窟のような場所だった。

「うへぇ……こんなところにいるの? って、こんなところだからいるのか。ひとまず門番みたいな人いなかったから普通に入っちゃったけど多分この中にまだ盗賊さんいるんだよね。索敵魔法に表示されてるし。さっきの炎魔法で倒せてるといいんだけど……」

 迷路のように複雑な洞窟内を手当たり次第に走りながら進んで階段を下りると、牢屋のように鉄格子で囲われている部屋が見えてきた。中には人が何人も見受けられる。

「大丈夫ですか!? 」

 既に捕らわれているのだから大丈夫なわけがないけれど、こういう時は皆つい言ってしまうものだろう。

「今のところは大丈夫です。さっきの炎魔法ほのおまほうはあなたが? 」

 期待していなかった返事が鉄格子の中から返ってきた。

 見ると、豪奢ではないがボロくもなくそこそこいい布を使った衣服を纏った青年がいた。その後ろには女子供が身を寄せ合って座っている。

 しかし、アルが来て堂々と返事をした割に、青年は視線を行ったり来たりさせていて落ち着きが無かった。青年の視線を追うと、おそらくアルの炎魔法を食らった盗賊が倒れて気絶していた。いつ目を覚ましてもおかしくないから心配なんだろう。

「はい、私ですよ。この子が助けを求めていたので助けに来ました。今開けますね」

 青年の言葉に首肯で返して、ひとまず抱きかかえていた女の子を寝そべらせる。その女の子の顔を見て、鉄格子の中にいた人たちは皆目を見開いた。この子がここから逃げてきたという予想は当たってたようだ。

「で、ですが、カギは持っているんですか? 」

「あ……」

 完全に失念していた。鉄格子内に捕らわれているなら、当然カギをかけているはずだった。

「うわぁ、もしかして盗賊さんが目覚めるまでに全員の懐漁ってカギ見つけないといけないの? 流石にめんどいなぁ」

「お、お願いします助けてください! 僕が何でもしますので!! 」

 必死な形相で急に青年が叫んだ。

「うおぉ、な、なに? どしたの? 何もしなくてももちろん助けるよ? ……ん? あぁ、そういうこと。ただカギ探すのがめんどくさいなってだけだから安心して。この扉を開ける方法はいくらでもあるし――そうだなぁ」

 そう言って空中に浮いた画面を撫でるように操作する。

 青年がその様子を不思議そうに見てくるが、気にせず操作を続け魔法を創る。

分解魔法ぶんかいまほう

 指を止め、アルが唱えると鉄格子が粉々になって崩れた。

「さあ、今のうちに逃げてください。盗賊さんたちはしばらく動けないと思いますし」

 アルが促すと、座り込んでいた女性たちが子供たちを連れ、お礼を残して逃げてく。その場には青年とアルたちだけが残った。

「あの、本当にありがとうございます。僕、商人やってるんですが、今度お礼させてください」

「いや、大丈夫だよ。君も早く逃げな? 」

「では、せめて名前だけでも。僕は、マルシャド・グロウと申します。あなたは? 」

「私は……アルだよ」

「アルさん……。ありがとうございます。このご恩は必ず返させていただきますね」

 丁寧にお辞儀をして、マルシャドもその場を立ち去っていった。

「はぁ……お礼なんていいって言ってるのに。まぁいいか、もう関わらないだろうし。それより私も早く脱出しないと。この子も保護しないといけないしね」

 助けを求めてきた少女を抱え、アルは全速力で森の家に引き返した。

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