第七話 冒険者
冒険者ギルドの扉を開けると、ドアベルがカランカランと音を立てる。ギルドの中へ足を踏み出すと、それまで酒を呷っていた冒険者たちの視線が一斉に扉の方へ集まった。
その視線を一身に集めたアルは肩を震わせ立ちつくしてしまった。
「……やっぱりこっわ……これはしばらく慣れそうにないなぁ。にしても――」
視線を集めるだけではなく、雑談に戻ったと思ったらアルたちの方を横目でチラチラ見てヒソヒソ話しているのが見えた。
すっかり嫌われているのか、ただ注目されているだけなのかさっぱりわからないが、完全に目立ってしまっている。
「はぁ……私の異世界のんびり生活は夢だったのかな……」
早速うまくいっていない新生活にため息を吐いていると、突然服の袖を引っ張られる。カノンが背中に隠れるようにしながら袖を引っ張っていた。
「そうだね。早く依頼を受けようか」
カノンの意図を汲み、止めていた足を再び動かして一緒にギルドカウンターまで移動する。
すると、昨日もそこに立っていた人物が出迎えてくれた。
「冒険者ギルドへようこそ、ノアールさん、カノンさん。本日はどのようなご用件でお越しでしょうか? 」
「おはようございます、エルナさん。あと、私のことはアルでいいですよ」
エルナさんがぎこちない笑みで迎えてくれる。昨日あれだけ吸血鬼であるアルのことを怖がっていたのだから、一夜明けただけでは克服できなかったのだろう。いつもの挨拶を貼り付けて、ようやく冷静に対応できると言ったところだろうか。
「……エルナさんは、担当している冒険者の名前は全員分覚えていたりするんですか? 」
「へ? 」
名前を呼ばれ迎えられ、気になってアルが問う。その質問にエルナさんは目を丸くしたが、すぐに哀愁漂う顔になって、ゆっくりと口を開いた。
「……そうですね。覚えていますよ。冒険者というのは危険な職業です。常に死と隣り合わせと言っても過言ではありません。私はこのギルドに受付嬢として就職してから一年しか経っていませんが、遺体となって帰ってきた人も、いまだに帰ってきていない人も何人も見てきました。そんな人たちと最後に言葉を交わすのが私ならば、その人たちを笑顔で送り出し、彼らのことを私が覚えていれば、少なくとも寂しい思いはしないで済むかな……と。ふふ……すみません、こんなこと聞きたくなかったですよね」
「いえ、そんなこと無いです。それに……この間まで自分と普通に話していた人ともう二度と言葉を交わせないというのは……悲しいですからね」
すると、また服の袖が引っ張られた。カノンが袖を引っ張ったらしい。
「そうだね。エルナさん、こんな質問急にすみません。でも、少なくとも私たちが一言も無く帰ってこないというのは無いと思うので安心してください」
カノンもこの話で両親のことを思い出してしまったのだろう。少し表情が曇ってしまっている。再度カノンの意図を汲んで、話に終止符を打ってから本題に入る。
「それで、昨日は聞けなかったので、冒険者という職業について詳しく聞きたいんですけど、いいですか? 」
「冒険者について……ですか? 」
目元に少し浮かんだ涙を拭うようにして、エルナさんが不思議そうに聞き返してきた。
「はい。私たちは冒険者について何も知らないので、詳しいことを知っておきたくて」
「そ、そうですよね。それならご説明しますね」
一つ咳払いをいれて、笑顔で説明を始めてくれる。
「冒険者はですね、基本下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナと四つのランクに分かれていまして、ランクが高ければ高いほど高ランクの依頼が受けられるようになっています」
「ふむふむ」
「高ランクの依頼は大変で危険なものも多いですが報酬が多いので受ける人も少なくありません。ですが、本当に受けるかどうか最終確認させてもらいますので悪しからず。また、ランクによって冒険者カードの色が変わりますので、アルさんたちはブロンズの銅色だと思いますよ」
「ほんとだ……」
エルナさんに言われて確認してみると、確かにアルとカノンの冒険者カードは銅色だった。ランクは冒険者カードを一目見ればわかる仕様らしい。
「ゴールドランクからは対人の盗賊討伐依頼などもありますので、ランク昇格試験というものが行われますが、アルさんたちにはもう少し先のお話になると思われますので割愛させていただきますね」
「ランク昇格試験……頑張る」
カノンが両手を前にガッツポーズを取る。
「「可愛い」」
ハッとアルとエルナさんは視線を交わした。ギルドに似合わないほほえま光景に油断していたが、二人の間に手を取り合うかのような何かが固く結ばれた気がした。
二人は緩んでいた頬を引き締め、場が和んでしまって中断されていた説明をエルナさんが咳払いしてから再開する。
「えー、それでは続きなのですが、基本冒険者はパーティーというものを組んで活動しています。お互いに足りない所を補い合って、支えあう大切な仲間です。長年パーティーを組まれている方々は、合図も無しに息ぴったりな連携をすることができるらしいですよ」
「へぇ……それはすごいですね」
「ええ。現在プラチナランクに到達されているパーティーが、このソレーユ王国には二組しかなく、何年もパーティーを組んでいて、その二組の方々が力を合わせてドラゴンを討伐し、国の危機を救ったとかで国から勲章を授与されています。もしよければ、アルさんたちもパーティーを組んでみますか? いくつかご案内できるパーティーもありますが……」
確かに仲間はいた方がいいかもしれないけれど、アルとカノンにはギルドに隠していることも多い。それに吸血鬼であるアルを仲間に迎えてくれるところなんて無いだろう。
「いえ、大丈夫です。私たちは二人で――」
「なぁ、吸血鬼の嬢ちゃん。パーティーを組みたいんだって? だったら俺たちのパーティーに入れてやろうか? 」
エルナさんの案内を丁重に断ろうとしたところで、横から声が飛んできた。
いた。誘ってくれるところあった。
しかし目を向けると、明らかにモブっぽい中年冒険者の男三人組が立っていた。
「吸血鬼と言っても初心者の冒険者だろ? ベテランの俺たちが色々と手取り足取り教えてやるよ。組めば毎日楽だしとーっても楽しいぜ? ついでに気持ちいいかもなぁ? 」
――うわぁ……こういうの本当にいるんだ……お約束展開だけど、実際にやられると普通に不快だな――
ニチャニチャした下卑た笑みを浮かべてねっとりとした視線を送ってくる中年冒険者から守るように、カノンを後ろに下がらせて、冷めた目で一瞥するだけして。
「結構です。間に合ってますので」
一言、一蹴した。
すると、素っ気ない態度が気に障ったのか、話しかけてきた男が声を上げて殴りかかってきた。
「っ! 調子に乗りやがって! 」
「そうやってすぐ手をあげる人は、どう頑張ってもモテませんよ? 」
アルは、男の拳を子供を相手しているかのように手のひらで受け止めた。
「おっそ。ああ、なるほど、これがステータスの差かな? 」
カノンのステータスを見た時にアルは、自分のステータスがバケモノ寄りだったことに気づいたけれど、実戦でどのくらいの力なのかは全く分かっていなかった。
この世界の冒険者の平均レベルはいまだにわからないけれど、とりあえずこの男が自分のことをベテランとか言いながら 大した人物では無いことだけはよくわかった。
アルはそのまま男の拳を握り返して力を込める。軋むような音がして、遂に骨が折れた音がした。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!! 」
男が絶叫を上げ、床に転がりのたうち回る。
殴りかかってきた男の後ろに控えていた残り二人は、慌てふためいていたが、周りの冒険者たちは冷たい視線を送るだけで、再び飲み始めていた。
「昨日、危害を加えるなら容赦はしないって言ったのに」
言って、無詠唱で再生魔法を使い男の骨折を治す。
突然治った骨折に戸惑い辺りを見回し始めた男の前にしゃがみ込み、アルは重い声を発した。
「今回はこれで許してあげる。でも、カノンに手を出したら、次は容赦なくその首切り落とすから」
『我ながらなんて脅し文句だろう』と内心ため息を吐いて、それをミリも見せずにアルはニッコリ笑う。
「ヒッ! ご、ごめんなさいいぃぃぃぃ!! 」
男たちはすごい勢いで首を縦に振って、涙を浮かべ叫びながらギルドを出ていった。
「……はぁ、私こういうの柄じゃないんだけどな。でも、これでわざわざちょっかい出してくる人とかいなくなるよね。カノンが危険な目に合うのだけは避けないと……」
ため息を吐いて、後ろに立つカノンの方にしゃがみ込みながら向き直る。この一瞬でアルはすごく疲れているのに、カノンはなんともないような顔をしている。
「このやろー」
変わらない表情を無理やり崩すようにカノンの顔を揉みしだく。お肌スベスベ、ほっぺモチモチで柔らかくて気持ちいい。触り心地抜群。抱き枕にした……
「どうしたの? 」
「何でもないよ」
出かかった感情を押し戻しクールに答え、脱線してしまった話を戻すため、カノンの頭を撫でてから立ち上がる。
「さてエルナさん、さっきのパーティーの……って大丈夫ですか? 」
エルナさんの目の焦点が、絶対合ってなかった。
「……はっ! だ、大丈夫です。ただちょっと現実から逃げたかったというか、意識が飛んでいただけというか……」
「えっ!? それ大丈夫なんですか!? 」
「ええ、大丈夫です。私にはよくあることですから……」
「よくあっちゃだめだよね!? 」
「本当に大丈夫ですから。それより、パーティーについてでしたよね。ひとまずアルさんとカノンさんのお二人でパーティーを組む、ということで大丈夫ですか? 」
エルナさんが本当に何事もないような反応で淡々と話を進めていく。気を失うのが日常茶飯事なのは少し、いや大分心配になるけれど、本人が大丈夫と言い張るのであまり気にしないことにする。
「じゃ、じゃあはい。それでお願いします」
「わかりました。では、昨日お渡しした冒険者カードを少しお預かりしますね」
「んっと、はい」
ポケットから二枚の冒険者カードを取り出してエルナさんに渡す。
受け取ったエルナさんは、冒険者登録の時にも使ったイリュエの石板を操作し始めた。全く何しているのかわからない。
「はい、パーティー登録完了しました。こちらお返ししますね」
「あ、ありがとうございます。ところで、今なにしてたんですか? 」
「ん? ああ、先程はですね、イリュエの石板を使いパーティー登録をしていたんですよ。これにより、魔物の討伐実績や依頼の達成実績が共有されるんです」
「なるほど! 古代遺物ってそんなことまでできるんですね! 」
前世で培ったオタク心に刺さる。世界のシステムみたいなところには関心を抱かずにはいられなかった。
「ま、まぁ私もこれがどのような原理でこのようなことができているのかは、さっぱり分からないですけれどね」
「そうなんだ……」
輝いていたアルの目が、エルナさんの一言で輝きを失ってしまった。
「アル、古代遺物はどのように造られたか分からないから古代遺物なの。古代遺物のことを調べてる研究者もたくさんいる」
「へぇ、そうなんだ。カノンは物知りだねぇ」
カノンの頭を撫でてあげると猫みたいに目を細めて身を委ねてくる。
「前に新聞で読んだことがあるだけ」
「なるほど……やっぱり一度、この世界について徹底的に調べた方がいいかもなぁ……」
「あの……アルさん、ひとまず説明できることは説明いたしましたので、何かご不明な点とかありますか? 」
意識が思考の海に沈む前にエルナさんが引き上げてくれた。
「あっ、大丈夫です」
「そうですか。では、他に聞いておきたいこととかはありますか? 」
「えっと……ああそうです、依頼についてなんですけど、どうやって受ければいいんですか? 」
もともと、今日冒険者ギルドに来たのは説明を聞くだけでなく、依頼を受けるためだった。
「依頼についてですね。では、説明させていただきます」
そう言って、エルナさんは一枚の紙を取り出した。そこに書かれていたのは簡単な絵と文字、そして数字だった。
「こちらが依頼用紙となります。これは見本ですが、右手に見える依頼掲示板にいくつも貼ってありますね」
「ほんとだ……びっしりだね」
「はい。依頼は尽きないですからね。それに今は暑い季節ですから寒い時期と比べると、この時期は多くなるんです」
「へぇ……それはまたなんでですか? 」
「水辺で息抜きしたい方はこの国にもたくさんいますから、水辺の仕事が増えるんです。それに、冬には冬眠する魔物も夏には活発的になったりしますし。そして、一番の理由が学生が長期休暇に入るからですね。ゴールドランク以上の方への依頼が多く来るんです。子供に剣術を教えて欲しい、魔法の勉強を見て欲しいなど、いろいろな依頼の内容があります」
「なるほど……」
得心がいった。確かに魔法の学校があるのだから、そこに入学させるために家庭教師みたいな感じで雇うのだろう。剣術に関しても似たようなものだろう。
「そしてこれが一番重要ですね。依頼の難易度です。討伐する魔物の強さ、もしくは依頼主の要望で難易度が決まります。自分のランクより高いもの、自分のランクより二つ下のランクのものは受けられませんので注意してください。基本そのランクにあった難易度に設定していますのでそこはご安心を。依頼掲示板も三つ並んでいて向かい合って右側からブロンズ、シルバー、ゴールドとなっていますのでご注意ください。依頼を受けたいときはそこに貼ってある依頼用紙をはがしてこちらまで持ってきていただければ手続きできます。と、このくらいでしょうか」
「ありがとうござます。じゃあ早速依頼選んできてもいいですか? 」
「はい、どうぞ」
許可が出たので、一旦カノンと共にカウンターを離れて依頼掲示板の前まで移動する。
他の冒険者も数人、依頼掲示板とにらめっこしていた。
「カノン、何受けよっか? 」
「アルの好きなの選んでいいよ」
「うーん……そうだなぁ……」
そう言って依頼掲示板を眺めると、ある二つの依頼が目に留まった。
「よし、これにしようか。なんかチュートリアルって感じするしね」
二枚の依頼用紙を持ってエルナさんの方へ戻る。エルナさんも決めている様子を見ていたようだった。
「決まったようですね」
「はい。この二つお願いします」
「はい。えーと……薬草二十本の採取とゴブリン五体の討伐ですね。依頼完了報酬は合計で、大銅貨十枚つまり銀貨一枚ですね。こちらの内容でお間違えありませんか」
「はい」
「はい。では受領いたしました。これで依頼を受ける手続きは終了になります」
「これで、あとは依頼を遂行すればいいんだよね」
「そうですね。無事依頼を完遂して帰還してくだされば、何も問題ありません」
スムーズに事が運びすぎて、何か抜けが無いか確認するように問うが、エルナさんが頷いて答えてくれた。
「そっか。ならそろそろ行こっか、カノン」
「うん」
カノンの手を取って歩き出そうとしたところで、アルがエルナさんの方へ向き直る。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。ご武運を」
話をする前に見せた貼り付けたような笑顔ではなく、自然な笑顔でエルナさんが送り出してくれた。
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