第5話 刀の鑑定(めきき)

こちらは真田幸村、考えるところがあって、わざと大助や家来共と別れ、ただ一人、大阪の大野修理治長(おおのしゅりはるなが)の屋敷へブラリやってまいりました。


「頼む、お頼み申す」


「ドーレ」


と、出てきた鳥次の若侍、見るとみすぼらしい修験者(しゅげんしゃ)風の男ですから、大軍師幸村とは夢にも思いません。ぞんざいな口調で


「ふむ、どこから来られたな?」


「手前は紀州根来(きしゅうねごろ)の大法院(だいほういん)と申す修験者でござる。大野殿はご在宅かな」


「イヤ、まだ御下城に相成らん」


「左様か。では少々待たせていただく。客間はどこだ」


「コレコレ、図々しい男だな。待たせていただくと言って、人の家へズカズカ上がる奴があるか」


「イヤ、一向かまわん。捨て置け、捨て置け」


「アレッ、呆れた奴だ。捨て置け捨て置けとは何だ。用があるなら拙者に申せ。取り次いで遣わす」


「尊公のような軽輩(けいはい)に申しても分からん」


「け、け、軽輩とは何だ、無礼な」


「軽輩とは読んで字の如し。身分の軽い輩(ともがら)、取次ぎ奴(やっこ)のことを言うのだ。ハハハハ、大野殿とは知り合い仲だから、心配いたすな。サアサア、早く客間へ案内いたせ。玉露を入れて最中でも持っておいで」


と、ノコノコ玄関へ上がり込んでしまいましたから、取次ぎの者も仕方なく使者の間へ案内いたしました。けれども、座布団も煙草盆(たばこぼん)も持って参らず、玉露どころか渋茶一つ出しません。幸村の身なりが、あまり立派ではないからでしょう。しかし幸村は平気なもの。腕組して気長に待ち受けるつもりでおりました。


ところが、何しろ近いうちに関東と合戦が始まろうという間際ですから、大野の家中の者どもも張り切っております。この詩社の間に近い詰め所でも、大勢の若侍共が、互いに腰の物を見せ合って、誰それの大刀は業物(わざもの)だとか、何がしの脇差はナマクラだとか、ワイワイ騒いでおります。


その仲間に、目利き自慢の山田新助という男がいて、一同の腰の物を見比べて、良いの悪いのと色々講釈をのべていましたが、フト一人ぼんやり腕組している幸村に目をつけると、小さな声で仲間の侍共に


「何と各々(おのおの)、あの根来の修験者も、大小を差しているが、どうもかなりの代物らしい。と言うのは、昔は根来寺には僧兵がいて、大いに武が盛んだったので、自然いい大小が伝わっているそうだ。ひょっとすると、あの修験者も相当なものを差しているかもしれん。一つ目利きをしてみよう」


と、とんでもないことを囁いて、ノコノコと幸村のところへやって参りました。


「これは大法院殿とやら、さぞお待ちどおでござろう。御神もほどなく御帰還に相成りましょう。もうしばらくのご辛抱だ」


「ハイ、いやもう、待たせるとも待つ身になるなと申す通り、待つというのはなかなか退屈なものでござる」


笑いながら、穏やかに相手になっていますと、山田新助そろそろ口火を切りだして、


「そこもとも聞かれたであろうが、いよいよ関東に対して合戦も始まりそうじゃ。そこで、武器刀剣の類はとても値上がりがいたしてな。まあ、一二両の大小なら、いまでは五六両と言う相場だ。根来には昔からいい刀剣類が多いというが、貴公の腰の物もさぞ、立派なものでござろう。どうだな、一つ拝見さしていただけますまいか」


いい値で買ってやるから、見せろと言わぬばかりです。幸村もいい退屈しのぎと、


「左様ですか。いや、お目にかけるほどのものではござらんが、相当の値で売れますものなら、出家には不用の腰の物、なあに、手放してもようござる。では、ご覧くだされ」


気安くそう言って、大小を山田新助に手渡しました。ソレというので、若侍共も大勢集まって来て、グルリを取り巻きます。


新助は得意げに、幸村から受け取った大小を取り上げて見ると、たいそう質素なこしらえです。使いとは木綿の真田紐で巻いてあり、鍔(つば)は大きな角鍔。大したものとも思えません。


ただ、目貫(めぬき)ばかりは、太閤から拝領した時のままの、五七の金無垢の立派なものがついています。が、新助はこしらえから見て、「ふふん、これはメッキかもしれんな」と思い真柄、さて、スラリと大刀の鞘を払ってみますと、アッと目を見張った。


夏なお寒き焼き刃の冴え、いやもう大した名刀と思われるが、悲しいことには山田新助、生まれてこんな上等の名刀は見たことがないから、誰の作か目利きすることができません。


「うーん、うーん」


と、しきりに唸っていましたが、やがて


「どれ、銘を拝見いたそう」


と言って、目釘を抜いて小見を見ますと、相州(神奈川県)鎌倉雪の下の住人、五郎入道正宗と、ちゃんと銘が刻んであります。山田新助、腰が抜けるほど驚きました。けれどもずるい男ですから、すぐに何食わぬ顔をして、


「大法院殿、小見には正宗作と銘があるが、正宗ほど偽物が多い刀はない。今の世の中に、本物の正宗とお化けとはとはあるはずがないというくらいだ。むろん、この刀も真っ赤な偽物だが、かなり良く似せて作ってある。では、脇差の方を一つ拝見しようか」


と、脇差を取り上げて、抜き放して見ると、また新助、見当がつかなくなってしまった。心の中では「ほほう、大刀に劣らぬ業物だが、正宗でもなし、誰の作かな?」と思いながら、また柄を外してみますと、相州彦四郎貞宗(さだむね)の銘がございます。


いや新助、驚いたのなんのって、「この修験者め、とんだものを差してるわい。これはうまくごまかして、両刀ともに踏み倒して安く手に入れ、掘り出し物といたそう」と、ずるいことを考えました。


「大法院殿、これも貞宗と明があるが、まず立派な偽物だ。しかし、大小共になかなか器用に似せてある。あまり上手な偽ぶりによって、偽物と承知の上で、拙者求めたいと思う。いくらなら手放す気だな?」


「へえ、偽物でございましたか。いや、偽物でも本物でも、我々にとっては同じ犬脅し(いぬおどし)、値段次第でお譲りしましょう。いくらでお買取りくださるな?」


幸村、心の中でおかしくてたまらないが、わざと知らぬ顔でたずねると、山田新助、しめたと思う心は顔にも出さず、


「左様さ、清水のてっぺんから飛び降りる気で、ギリギリ十両奮発しよう。どうだね?」


正宗の大刀、貞宗の小刀を、たった十両とはよくも踏み倒したものだと、さすがの幸村も飽きれて舌を巻きましたが、何食わぬ顔で


「ほう、十金でお求めくださるか。それは近頃かたじけない。ではいずれ、宿へ戻って差し替えを用意してまいりましょう」


「では十両で手をしめよう」


いい気な奴で、正宗と貞宗の両刀で大もうけしたつもりでおります。ところへ、大野修理治長が御帰館、家来一同玄関先へ出迎えます。すると、幸村も使者の間をノッソリ立ち出でて、玄関式台の正面へヌッと立ちはだかりました。家来共はびっくりして袖を引っ張り、


「ああ、これは大法院殿、そんなところへ突っ立ってはならぬ。引っ込んでいさっしゃい」


けれども幸村は知らぬ顔。やがて玄関を上がろうとする修理と顔を見合わせますと、


「修理殿、今御帰館か。先刻よりお待ちいたしていた」


と、びっくりした大野修理、


「ヤアヤアこれは真田殿、よくこそお出で下された。ただ今もお城にて、貴殿の御到着を、上様はじめ一同にて待ちかねていたところでござった。まずまず奥へお通り下さい」


手も取らぬばかりに、自分から奥へ案内して入ります。この様子を見て、家来一同ビックリ仰天いたしました。座布団も煙草盆も、お茶一つ出さないで冷遇していた客人が、大軍師真田幸村であったのですから、具合が悪いのなんのって、穴があればみんなで潜りこみたいほど。取り分けて寿命を三年ばかり縮めたのは山田新助、この男ばかりは何としても引っ込みがつかなくなり、青息吐息で閉口いたしましたのは大笑いでございます。


「ヒエー、あれが真田幸村殿だったのか、道理で正宗貞宗の本物を持ってるはずだ。が、そいつを踏み倒して十両なんて値を付けちまっては、どう言い訳もたたぬわ。いっそこの屋敷を逐電してしまおうかしらん」


と、しきりに思案投げ首。困り切っております。


奥座敷では、様々な物語。修理はその間にさっそくお城へ使いをやって、幸村到着のことを報告いたしますと、秀頼公もたいそうなお喜び、旅疲れを慰めるお使者をわざわざ差し遣わされ、明日、修理同道で登城せよとの攘夷でございました。


「では、いずれ明日、改めて参上いたそう。今日は拝領の屋敷へ一先ず立ち越えます」


「それでは、お見送り仕ろう」


と、修理と二人連れ立って玄関へ出てまいりますと、家来一同、平伏して見送ります。人の悪い幸村、山田新助が顔も上げないで小さくなっているのを面白そうに眺めながら、ニコニコと笑って


「山田氏(うじ)、後刻、大小の代金をお届けください。その節、品物をお渡し申す。一儲けしましたな」


「ウヘーッ、め、め、面目次第もございません」


ち、新助、いよいよ目を白黒、冷や汗拭って閉口しております。その様子がおかしいので、一同大笑いになり、幸村は悠然と修理の屋敷を立ち出でてゆきました。


いよいよ明日は大阪城へ登城となった幸村、いずれ始まる関東との戦いに、いかなる妙計を編み出すか。それは次回にて。

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