第4話 幸村の入城
幸村は威風凛々、大阪さして進軍する途中、使者を城中に送って、
「幸村儀(ぎ)、いよいよお約束通り、十九日をもって入城仕ります」
と申し入れました。秀頼公初め重役の面々、大いに喜びましたが、重役共も内でも思慮の深い木村重成(しげなり)と郡主馬(こおりしゅめ)の二人が、秀頼公の御前へまかり出まして、
「幸村は古今無双の大軍師、この者が入城いたしますれば、お味方は百万の軍勢を得たよりも心づようございます。しかしながら、彼は長らく浪々(ろうろう)いたしておりました上に、新参のことゆえ、城内の面々が、彼を侮るようなことに相成りましては一大事。入城の節は、十分に礼儀を厚うして、番人が彼を敬うようにいたさねば相成りませぬ」
と、申し上げますと、秀頼公も頷いて
「もっとものことである。だが、万人に敬わせるには、どういたせばよかろうな?」
「その儀はまず、上様ご自身、幸村を敬ってお見せくださればよいかと心得ます。つきましては上様の御名代として、重役中の何人かを城外まで、幸村出迎えのために、お差し出しに相成りますよう」
「なるほど、もっともなる言葉、よきに取り計らえ」
そこで、大阪城の重役の内でも、家柄と権勢で最も幅を利かせている、織田有楽長益(おだうらくながます)と、大野主馬治房(おおのしゅめはるふさ)の両名を、秀頼公御名代として、出迎えの約を仰せつけられました。
ところが日頃から傲慢なこの二人は、御前を下がると迷惑気に顔をしかめて、
「フフン、大阪城の重役たる我々が、素浪人の幸村ごときを城外まで出迎えるとは片腹痛い。しかし上様のご命令なれば是非もない。一つ、幸村めをへこまして、最初から我々の威勢を見せつけておこうではござらんか」
「左様左様、真田めは長野牢人暮らしで、さぞ尾羽打ち枯らしていることであろう。我々は立派な仕度をいたし、大勢の供廻りを引き連れ、彼に赤恥かかせて、今後頭の上がらぬよういたしてくれよう」
腹黒い奴らで、二人相談を決めますと、いよいよ十九日の朝方、ことさら美々しい服装をいたしまして、阿部野村まで出張り、幸村のやって来るのを今か今かと待ち構えておりました。
だが、幸村は昼を過ぎても、まだやって来ません。スッカリ飽き飽きした両人は、生あくびをかみ殺して、
「どうしたのだろうな?ことによると、旅費の工面がつかないので、まだ出立しないでいるのかもしれんぞ」
「さもなければ、出がけに借金取りにつかまって、言い訳いたしているのかもしれん。ことによると待ちぼうけかな。どうもつまらない目に遭ったものだ」
と、不平たらたら。退屈しきっておりましたが、やがて夕方近くになると、物見に出しておいた家来がアタフタと戻って参り、
「申し上げます。ただ今、真田殿が向こうの街道から、お見えになりました」
「オオ、やっと参ったか。どれどれ」
と、道端へ家来どもを整列させて、二人で威儀を正して待つところへ、はるか南の街道から、一隊の人馬が隊伍同道進んでまいりました。
「オヤ大野氏(うじ)、さすがは幸村、浪人ながら隊伍を整えてやって来るではござらんか」
と、少し拍子抜けして待ち受けるところへ、真っ先に鉄砲二十挺、弓二十張、長柄(ながえ)十五筋、堂々たる隊伍に金唐人笠(きんとうじんがさ)の馬印
六連銭の旗を翻した一隊、ひきいる大将は黒糸縅(くろいとおどし)の鎧に三枚錣(さんまいしころ)の兜をいただき、馬上にて悠々と乗り込んでまいりますから、織田有楽と大野主馬の二人、心の内で舌を巻いて
注 坂口より
「縅(おどし)糸とは、鎧の材料をつづりとじている糸のことです。この糸が赤いと赤糸縅、黒いと黒糸縅の鎧と呼びます」
「錣(しころ)とは、兜の周りについてるビラビラのこと(ヒドイ説明ですが)です。これが三枚重ねになっているものが、三枚錣です」
「いやはや、幸村は偉い奴、長々浪人したというに、この隊伍の御威勢さ派、まるで城持ちの大名みたいだ。これは馬鹿にできんぞ」
と、大いに感心して、床几(しょうぎ)離れて進み出でますと、丁寧に一礼いたし
「これは右大臣家の御名代として、織田有楽と大野主馬の二人、お出迎えに参った。今日のご入城、ご苦労に存じます」
と挨拶いたしますと、黒糸縅の大将が鷹揚(おうよう)に会釈して、
「これはこれは、御城内御重役方のお出迎え痛み入ります。拙者は幸村の家来、海野三左衛門(うんのさんざえもん)でござる。主人はいずれ後より参りますはず。軍中でござれば、馬上御免ください」
と挨拶を返して、そのまま一隊を指揮して悠々と行ってしまいました。後に残った有楽と主馬の二人、腐ったの腐らないの、がっかりして顔を見合わせ、
「チェッ、今のは幸村の家来だったのか?家来に頭を下げたのは、どう考えても馬鹿馬鹿しい」
「家来があれくらい立派なら、主人はさぞもっと立派でござろうな。真田幸村と申す奴は、どうも薄気味悪い人物でござるな」
と、怒ったり呆れたり感心したりしているところへ、またもや一隊の人馬が堂々と進んでまいります。
「やあ、今度こそ本物だ。どうだこの武者ぶりの立派なことは」
「まったく真田は大したシロモノでござる。どれ、出迎えの口上を述べ申そうか」
二人並んでうやうやしく進み出ると、
「これはこれは幸村殿、今日のご入城、まことにご苦労に存じます。我々は大野主馬、織田有楽、いずれも秀頼公御名代として、貴殿をお出迎えに参りました」
丁寧に挨拶いたしますと、馬からヒラリ飛び降りたこの一隊の大将、兜を脱いで傍らの家来に渡したのを見ると、まだ十五六の華の様な若武者です。両人またもアッと驚いてベソをかいた。
「オヤオヤ、また間違ったか?こう間違い通しではやりきれんな」
「それとも、浪人して呑気にしていたので、あんなに若返ったのかな」
まさか、いくら呑気にしていても、それほど若返るはずはございません。若武者は出迎えの二人に向かって、
「これはお歴々の方々、遠路お出迎え大儀に存じます。拙者は幸村のせがれ、大助幸昌でございます。いずれ城中にて、ゆっくりご挨拶申し上げましょう。御免」
と言って、また馬に打ちまたがりましたから、開いた口の塞がらぬ有楽、
「もしもし大助殿!幸村殿は、この後から参られますかな」
「ハイ、拙者は殿(しんがり)でございますゆえ、父幸村は、もうとうにお城へ三条仕ったはずでございます」
との返事。二人はしょげたのしょげないのって、出かけるときの勢いはどこへやら、今はただボンヤリして突っ立っております。やがて、
「何だ、これが本当の待ちぼうけだ。家来だの小せがれだのを丁寧に出迎えて、肝心の幸村は先に入城したとは、まったくいい面の皮だ」
と、二人とも這う這う(ほうほう)の体で、お城を指して引き揚げてまいりました。
さて、一日中無駄に突っ立っていた織田と大野の両人、幸村はいつの間に入城いたしたのでありましょうか。それは次回にて。
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