キューリー夫妻
1895年11月8日ドイツのピュルツブルグ大学で放電現象の実験をしていたレントゲンは、放電管から何か目には見えない光線のようなものが出ていて、それが物質を通り抜けることを発見し、この光線をエックス線と名付けた。
その頃、蛍光物質の研究をしていたフランス人のベクレルは、たまたまウラン鉱物とともに引き出しの中にしまっておいた写真フィルムが感光していたことから、ウラン鉱物がエックス線に良く似た光線を放射していることを突き止めた。これはエックス線発見の数カ月後のことだった。
ここで登場するのがキュリー夫妻だ。
キュリー夫妻はどちらも研究者でありフランスに住んでいた。
夫妻はウラン以外にもベクレル線を出す物質があるのではないかと、さまざまな鉱石を使って実験を始めた。そしてピッチブレンドという鉱石に、ウランより強い放射能を示す元素が舎まれているらしいことがわかり、間もなくしてこの物質の分離にも成功した。そしてこの元素はラテン語の放射能にちなんでラジウムと命名されたのだ。
キュリー夫人は放射線の研究で、1903年のノーベル物理学賞、1911年のノーベル化学賞を受賞し、パリ大学初の女性教授職に就任した。
しかし・・
当時はこの見えない放射線が生物にとって有害であることは分かっておらず。ラジュームの研究をしていたキュリー夫妻は、危険なラジュームの放射能に曝されたのだ。
キュリー夫人(マリー・キュリー)は、1934年7月4日に66歳で亡くなっている。死因は、研究に用いた放射性物質による再生不良性貧血(急性白血病)とされている。
夫のピエールは 夫人より早く1906 年に、ふらふらして馬車にひかれて命 を落としている。何故にふらふらしていたのかは判らない。今風に言えば不審死である。
当時キュリー夫人の指にはラジュームの放射線被曝による”ラジ ウム 火傷 ”が有ったそうで、当時の学者たちはラジュームの放射線が何かの治療に使えるのではないかと研究をしていたようだ。
しかし世間ではラジュームの不思議な力が宣伝され、ラジューム軟膏が肌に良いとされて美容薬として大々的に販売されていた。
それは1933年の事で私の生まれる以前の事だ。
フランスの首都パリで、《奇跡のクリーム》という触れ込みでラジューム入りの軟膏が発売された。「科学的な美容品」と銘打たれたこのクリームは「血行促進」や「筋組織の引き締め」「脂肪の低減」「しわ取り」といった効果をうたっていた。クリームを含む化粧品ラインアップの名称は「トリレイジア」。原料である放射性元素のトリウムとラジウムにちなんだ商品名だったそうだ。
今となっては放射性物質を顔に塗る人はいないだろうが、1933年当時は放射能の危険性はまだ十分に理解されていなかったのだ。
ところで・・
私の住む鳥取県には三朝温泉があるが、この温泉はラジュームを含む体に良い温泉とされていて、毎年7月28日にキュリー祭が開催される。ラジュームと言っても、温泉に含まれる放射線は極微量であり、おそらく何の効能も害も無いと思える。じっさい私の母も何度も入っているが、母は今年100才でぴんぴんしているので、とくに問題は無いのだろう。
この三朝温泉の近くには人形峠という場所が有り、そこには日本初のウラン鉱石を掘る鉱山が有ったが、今は閉山している。日本のウラン鉱石はウラニュームの含有量が低く、濃縮するのに電気代がかかり過ぎて採算が取れないので、現在はフランスから輸入している。
実はこの鉱山を経営していたのが私の祖父の兄である。
70年も昔の当時を事を思い出せば・・
・・祖父の兄は白いあごひげを生やした人で・・
・・天皇陛下のように手を上げながらにこにこ挨拶をする人だった・・
・・私の寝ていた部屋には床の間が有り・・
・・そこには鉱山で出た大きな水晶とか・・
・・金色に輝く巨大な黄鉄鉱とか・・
・・白の下地に緑色の脈の入ったウラン鉱石も飾られていた・・
当時祖父は「緑の濃い物が上等のウラン鉱石だから、この鉱石は品質が高い。」と自慢をしていたのを思い出す。
そのウラン鉱石は人の頭ほどの大きさで、私はそのウラン鉱石の1メートルぐらいの場所で寝ていたのだから、今思えば恐ろしい。
当時の私は5歳ぐらいで・・
私の叔母が「ウランの力で頭が良くなるかも知れない。」などと冗談を言っていたのを思い出す(笑)
祖父の兄は長生きをして、日本の原子力産業に貢献した業績で勲章を受けたが、鉱山会社はあまりお金にはならず、借金を残して亡くなった。
70年も前の記憶だ・・
科学は日進月歩だから、振り返れば似非科学的な無知な時代もある。
現在最先端と持てはやされていても、何十年も未来になって今を振り返れば・・・ いつもそう考える謙虚さが我々には必要なのだと思う。
化学は時として宗教のように無知な人を引き付ける。
いや、無知じゃあない人すら「科学」という言葉に騙される。
最先端と言う言葉は虚しい・・
10年も経てば今は昔になり・・
「昔は無知だった。」という事になる。
科学とは それの繰り返しなのだ。
75年も生きているとその事が良く解る。
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