第4話

 執務室のドアをノックし、中から応答があったのでドアを開けて入室する。

 すると、執務机から顔をあげた辺境伯様と目が合う。

 一瞬虚を衝かれたように僅かに目が見開かれたが、即座に立ち上がってこちらに向かってきた。

 足が長いからかこちらに来るまでは一瞬だった。


 そして、辺境伯様が何か言う前に私は即座に詫びた。


「先ほどは申し訳ございませんでした!」

「……あなたの体調も考えずに勝手に予定を組んだことだ。気にしなくていい」

「どなたか招待されていたり、用意を無駄にしてしまったのではないでしょうか?」

「いや。正式なものはいずれと思っていたから問題はない。それよりも体調は問題ないのか?」


(良かった、本当に怒ってはいないみたい)


 話を聞いてみると、どうやら私と辺境伯様と辺境伯騎士団の副隊長様の三人だけでいつもより少し豪華な晩餐にする予定だったという。

 私の分の料理はその副隊長様がおかわりとして食べてくれたそうだ。

 普段は騎士団の独身者向けの寮に住んでいるそうで、「久しぶりに豪華な食事を沢山食べられたと喜んでいたから、貴女は気にしなくていい」と言われた。



 朝食はちゃんと辺境伯様と一緒にとることができた。


(相変わらず無表情で口数も少ないけれど、こちらが質問したことにはきっちり答えてくれる。それに無言の時間があっても不思議と嫌な感じがしないわ)

 そんなことを考えていると、辺境伯様と目が合う。


「食後に改めて副隊長を紹介しよう。サロンで待っていてくれ」

「かしこまりました」


 朝食後、サロンで待っていると辺境伯様が辺境騎士団の副隊長と副官という男性を伴って戻ってきた。昨日出迎えの場にいた男性だ。


 副隊長だという男性は、茶色の髪に髪より少し薄い茶色の瞳で、騎士にしてはニコニコと笑顔でとっつきやすそうな雰囲気をしている。


「マリアベル・スワロセルですわ」

「ロバート・バトラーと申します。お見知りおきを、可憐なお嬢様」

「ありがとう。バトラーというと子爵家の方ですね?」

「さすがよくご存じで!次男なのでこうして騎士団へ。これでも副隊長をしています」


 もう一人の男性は、フォルスと名乗った。使用人一家の長男で辺境騎士団にも所属しているから訓練はしているが、副官なので戦闘要員というより仕事内容は辺境伯様の専属執事に近いらしい。

 そのため、領主としての辺境伯様の従者も担っているいう。


 朝食の席にも壁際で控えていたし、かなり仕事量が多そうだと思った。


 それから少し話をしたあと、私は三人と別れて執事のトマスに邸内や敷地内の一部を案内してもらったが、なかなかの広さだった。


 まだ二日目だし、全てを回ると疲れてしまうだろうということで、今日は私が使いそうな場所や知っておいた方が良い場所を優先的に案内してくれた。


 ――ここは有事の際は要塞になる。

 そのため領主邸自体城砦になっていて大きいし騎士団の施設なども堅牢な建物だ。

 辺境伯騎士団本部の建物は辺境伯邸と渡り廊下で繋がっているのでとても大きい。

 その建物を囲むように二重の堀と塀があり、その塀の中も領民が逃げ込めるようにかなり広いのだ。


 トマスの説明によると、塀の中には領主邸の他に今は使われていない別館や騎士団関係の施設が数棟と独身用の寮なども建っているそうだ。

 さらに、畑や訓練場もあるということからその広大さが分かる。


(とても広くて、散策のしがいがありそうだわ)


 実は子供の頃から散策をしたり動き回るのが好きなマリアベルは内心ワクワクしていた。



 それにしても、領主邸だけでもこんなに広いのに、昨日の出迎えに居た人がここで働く使用人のほとんど全てらしい。昨日ざっと見た感じでは十五人くらい。


 王都の公爵邸のタウンハウスだけでも三十人以上の使用人がいた。

 その何倍もの広さがあるここの規模にしては使用人が少ない事が分かる。


 さらに、住み込みで働いているのは執事のトマス一家――トマスの妻で侍女長のハンナ、長男のフォルス、フォルスの妻ユリア、次男ヘンリー、長女エマ――と料理人など数名だけで、後は通いだそうだ。

 騎士団の施設で働く使用人は別にいるというが、それでも少ない。


 そんなに少なくて大丈夫なのか?と疑問が顔に出ていたようで、トマスが説明してくれた。


「使用人を疑う訳ではありませんが、使用人の数が増えれば増えるほど細部まで目が行き届かなくなってしまう。間者に入り込まれるのは厄介だから、旦那様が領主邸内に入れる使用人の数は最低限にするようにと。以前はもっと多く働いていたのですが、高齢や家の事情で使用人がやめても補充せずに今の人数に落ち着いております」

「なるほど。でも、こんなに大きいのだし大変ではないの?」

「確かに以前より仕事量は増えましたが、その分ひとりひとりの働きが重要になりますので、皆やりがいを感じているようです。それに、旦那様は私どもの事も良く見てくださっております」


 優しい表情で語っていたのに最後の言葉だけ分かりやすくニッと悪戯っぽく笑って言ったのは、良い働きをすればその分評価してくれて給金もあがるという事なのだろう。


 少数精鋭で忙しいトマスをあまり独占するのも申し訳ないので、今日の分の案内は終了し、部屋に戻ることにした。


 部屋でフレアが入れてくれたお茶を飲みながら、ふと朝の様子を思い出す。


「不足しているものだとか、部屋に不備はないだろうか」

「いえ。とても良いお部屋を用意してくださりありがとう存じます」

「そうか。俺では気付けないことも多いだろう。何かあれば言ってくれ。直接言い辛ければトマスやハンナに相談してくれても構わないから、遠慮はしないように」


 辺境伯様は相変わらずの無表情だったし、基本的に口数は少ないけれど、こちらを気遣ってくれていることが伝わってきた。少なくとも厭われてはいなさそうで安心した。


 トマスとの少しの会話だけで、彼らにとって辺境伯様が良い主であることが伝わってきた。

 それに、使用人の数を減らした理由からも、辺境を守る騎士として優秀であることがうかがえる。

 社交界では冷酷騎士なんて言われているけど、噂はあてにならなそうだ。


 縁あって夫婦になることが決まった。

 今はまだ距離を感じるけど、思いやりのある夫婦関係を築いていければいいなと思う。

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