冷酷と噂の辺境伯へ王命で嫁ぐことになりました

サヤマカヤ

第1話

 私の夢は両親のように好きな人と結婚をすること。

 両親のようにいつまでも仲睦まじく、お互いに思いやりを持って家族を大切にしていきたいと思っていた。


 十歳で王太子殿下の婚約者候補になった時点でその夢が叶わないと分かり、そんな夢も諦めた。

 そもそも政略結婚が基本のこの国で、両親のように恋愛結婚は稀な事だと大きくなってから分かった。


 この国では王族との婚約は結婚の一年前に婚約発表をして、正式な婚約者となる。


 婚約者になるものは幼いころから妃教育をするのが慣例だが、妃教育などを通じて正式に婚約者に決定して良いか見定める期間とされているため、婚約者ではなく婚約者候補と呼ばれる。

 婚約者として正式に発表されると相当な事がない限り撤回できないためで、昔々王太子の婚約者が謀反を起こして国が存亡の危機に陥ったことがあったため、見定めるための期間を作ったと言われている。

 そのため、婚約者候補という名称なだけで私が婚約者と認識されているし、そのように扱われる。


 いずれ王太子妃、王妃となったならば、家族の事よりも国の安寧や国民を第一に考えなければならない。

 妃教育では、いついかなる時も私人ではなく公人となりなさいと何度も言われた。


 王太子殿下の妃になれば、私が私である事は許されないのだ。


 それでも、王太子殿下は温かな人柄で、私の体調を気遣ったりとお優しい方だったので、私も微力ながら力になりたい、殿下と共に国のために尽力できればと思っていた。

 王太子殿下のお人柄を考えると、好きな人と結婚という夢は無理でも、思いやりのある結婚も夢ではないかもしれないと思うこともあった。


 正式な婚約は王太子殿下の二十歳の誕生日パーティーで発表される。

 けれど、婚約発表まで一年を切った頃、私は両親と弟を馬車の事故によって亡くし、状況が変わった――――



「マリアベル!ここにいたのか。君は本当に庭園が好きだね」

「ウィリアム殿下」

「……あぁ、今日も顔色が優れないな。無理をしてはいけないよ。こんなに早く妃教育を再開する必要もないんだから。さあ、戻ろう」


 王太子殿下は気遣ってくれるが、今は無理していた方が気がまぎれるのだ。

 これからどうなるのか、考える時間ができてしまうと寂しさや不安で押しつぶされそうだった。


 この国では、女性の爵位継承は認められていない。

 我がスワロセル公爵家は弟が嫡男だったが、その弟も両親とともに逝ってしまった。

 優しかった父も母も、少し生意気だけど可愛い弟ももういない。

 きっと父の弟で現在は男爵の叔父が公爵家を継ぐことになるだろう。

 そうなったら、私はどうなるのだろうか。


 それから少しして、正式にスワロセル公爵家は叔父が継承することになった。


 瞬く間に家族の思い出が詰まった屋敷で叔父やその家族が我が物顔でくつろぎ、内装や家具が一新されていく。

 両親の居室や寝室は叔父夫婦の部屋となり、弟の部屋は叔父の長男の部屋となった。

 妃教育であまり家にいない私に、両親が家にいる時間は少しでも癒されるようにと与えてくれたこの家で一番日当たりが良く綺麗な庭が見える私の部屋は叔父の長女イザベラの部屋になった。

 王城から戻ると「どうせほとんど家にいないのだから」と、私の部屋は北側の日当たりが悪くてあまり使われていなかった部屋に変わっていた。


 私の父や母は使用人にも優しく良い雇い主だったため、使用人たちは叔父家族の振る舞いに眉をひそめていた。

 だが、当主が変わってから反発する者はすぐに解雇されていたので、従うしかない状況だ。

 私付きの侍女のフレアも「お嬢様に何たる仕打ち!」と憤慨していた。


 私が使用人たちを庇うべきなのは分かっているけれど、使用人たちには悪いが今の私は叔父に反発する気力もなかった。



 いつものように妃教育のために王城にあがると、陛下から呼び出された。

 きっと婚約についての事だろう。


 我がスワロセル公爵家は、公爵家の中では力のない方だった。

 そんな公爵家の娘がなぜ婚約者候補になれたかと言うと、母が西方にある国の出身で、その国の王家にゆかりのある家の娘だったためだ。

 貿易などの面で西方の国との繋がりを強めたいという意図があったのだ。


 しかし、その母が不慮の事故で亡くなり直接的な繋がりが薄くなったうえに、新しく公爵を継いだ叔父の社交界での評判もあまり良くない。


 さらに、一年ほど前から私が体調不良になる事が増えてきて、婚約者候補として健康面でも問題視され始めていた。


 私を王太子妃にするメリットがあまりなくなってしまったのだから、婚約者候補から外れてもおかしくないだろう。

 国内にはスワロセル公爵家よりももっと力のある家はあるのだし……。


 そう予想して謁見の間に行くと、案の定婚約者候補から外すと告げられた。

 けれど、話はそれだけではなかった。


「マリアベル・スワロセル。そなたを王太子ウィリアム・クロノクロフの婚約者候補から外す。王太子の新しい婚約者候補には、南の国の王女が決まった。婚約発表の時期は変わらない。マリアベル、そなたにはハリストン辺境伯との婚姻を申し付ける。これは王命である。…………分かってくれるな?」


 南の国はこの国と国境を接する友好国だ。

 母の母国である西方の国も友好国であるが、この国の隣の隣で国境に面してない。

 先に国境に面した南の国と婚姻で繋がりたいと思うのは当然だろう。

 婚約成立とともに同盟を結び、同盟国となるのだそうだ。


 婚約者候補から外す事は国王として威厳のある声ではっきりと伝えられたが、最後の一言だけは国王陛下らしくなく憐憫の情が滲む。


 十歳で婚約者候補に選出されて八年。

 王太子殿下の婚約者候補として王族と関わることも多かった。

 私的な場所では国王夫妻自ら私を実の娘のようにかわいがってくれていたように思う。だから、憐憫の情が滲んでしまったのだろう。



 私を早々に別の男性に嫁がせることにしたのは、隣国の王女の要望だそうだ。

 二年前に南の国から使節団が来た。その時に非公式で王女も一緒に来ていて、王太子殿下に一目惚れしたらしい。


 そういうことなら、王女からすると八年も王太子の側にいた元婚約者候補が、独身のまま近くにいるのは嫌だと思う気持ちはなんとなく理解できる。

 だから、我が国としても王都から遠く離れた辺境伯へ嫁がせることで物理的な距離を遠ざけて王女を安心させようというのだろう。


 それは分かる。

 だけど、王として国としてそう判断したなら、最後まで国王らしく告げて欲しかった。

 これでは異議の余地があるのではないかと淡い期待をもってしまいそうになる。


 だけど、そんなことはできないことも分かっている。


 この八年間は私にとってとても窮屈な時を過ごしていた。

 その辛い妃教育から解放される喜びよりも、いよいよ自分の居場所がなくなってしまった事や存在意義は何なのかと、遣る瀬無さや虚しさばかりが押し寄せてくる。

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