甲陽

@ajumi

第1話 劣勢

 永禄4年(1561年)8月、濃い霧に包まれ3間先が見えぬほどの中私は武者震いを抑えるので必死であった。そんな様子を見かねてか爺が話しかけてきた。

 

 「 勝頼様、もうちょっと落ち着きなされ。我らは御屋形様の後衛、初陣の殿を気遣ってのことに御座りましょう。もしも此処まで攻められるような事があればそれこそ負け戦。少し力を抜きましょうぞ 」

 「 そうだな、宗貞。しかし何やら前方が騒がしくないか?喧嘩にしては銃声まで聞こえておるぞ 」

 爺は、嫌な予感がしたのだろう。穏やかだった顔は直ぐに険しくなり旗下の兵達総てに武具を付けさるように命令した。


 「 勝頼様、これは不味い事になりましたぞ。上杉軍の奇襲に御座いまする、今武田軍の主力部隊は西条山に居るはずだった上杉軍の制圧に当たっているでしょうから小勢で耐えなければなりませぬ 」

 「 宗貞、初陣から負け戦かついて無いなぁ。だが、これも一興いざ戦となれば楽しくなってきたわ!皆の者準備はええか?命大事に越後勢を跳ね返せぇ 」

 応ぉ~!


 準備が整わぬ間での奇襲と言うべき攻撃に甲軍は押されに押され重臣さえも討たれ出していた。が、そんな中でも激しく抵抗を続ける。その中でも特に抵抗が激しかった部隊が二つあった。

 一つは、我ら『大』の字を大きく掲げた武田四郎の軍勢と武田の後継者でありながらも上杉本陣の傍に潜む者であった。


 馬上の身ではなくなりし今短槍を片手に必死に来る敵来る敵を本陣の前でただ凌ぐ。少し手が空き周りを見渡すと漆黒の軍隊が典厩叔父上の陣に迫っていた。


 「 宗貞、何時になったら別動隊は救援に来るのだ。私は手勢を率いて叔父上の救援に向かう。その間ここを頼んだぞ 」

 「 畏まりました、勝頼様もお気をつけて。相手は越軍最強でとも謳われる柿崎景家と見えました。危険と思ったら直ぐに陣をお引き下され 」

 「 分かった、分かった。皆の者我に続けぇ 」


 本陣の前を私と共に守っていた叔父上は奮戦していたが越軍最強の柿崎景家を始めとした越軍精鋭に押され討死を考えずには居られなかった。


 「 春日源之丞、お主は今すぐここを離脱して信豊にこれらを届けてくれ 」

 「 受け取れませぬ。殿、まさか討死なされるので。私も共に 」

 「 黙れ、早く行くが良い。此処が何時まで持つか分からぬ、そのための保険だ 」

 「 畏まりました、それでは御免 」


 南に駆けていく源之丞の背を見ながら覚悟を決め直す。私が死んででも時間を稼いで兄上を助ける!


 「 皆の者ぉ、此の吉田典厩信繁最後の戦ぞ。気張って気張って我に続けぇ 」

 ”応!”

 今まで防戦一方であった典厩隊は武田信繁を先頭に騎馬隊による突撃を敢行した。正に飛んで火に入る夏の虫と言うべき所業に後方から見ていた誰もが驚きましたが其れに呼応するかのように戦の形成が変わりだしていた。


 「 我こそは、信玄が弟武田左馬之助信繁なるぞ!武に自信がある者から掛かってこい! 」

 「 叔父上、一人で死なせは致しませぬ。貴方の死に場所はここでは在りませぬぞ 」

 「 四郎、何しに来た。ここは私一人で十分ぞ、お主は引いて持ち場に務めよ! 」

 

 私は聞こえぬ振りをして只目の前の敵と切り結んだ。正し劣勢は劣勢、このような小勢では幾ら敵兵を打ち倒しても負けは必然であった。が、救援が来た山本勘助隊だ。


 「 我は武田家参謀山本勘助なるぞ、我が首取って手柄とせよ! 」


 勘助殿の登場は上杉本陣から部隊を引き付けるのに十分な囮であった。

 「 叔父上、勘助殿が来てくれましたぞ。これで時間が稼げる 」

 「 勘助は、知にはたけておるが武にたけておらぬ。犬死になるぞ 」


 実際その通りになった、5分も経たない内に歓声が勘助殿が突撃した位置から轟く。しかし、私は此の時視界の恥に確かに見た。別動隊の救援を!

  


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

甲陽 @ajumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ