お出迎え
私は目が合う前に赤野から視線を外し、破れたワイシャツをめくった。
肩の皮膚は裂けて肉は抉れ、溢れ出ている血で見えないがきっと骨が露出しているだろう。
私は脱ぎ捨てたスーツのジャケットを左足で踏み付け、肩の破れた所に右手の人差し指と中指を差し込み、一気に引き裂いた。
もいだ袖を更に足で押さえて引き裂き、長細い布切れを作る。
拳銃を抜き取り背中側のウエストに差し込むと、肩と腰に巻いたホルスターのベルトを外して床に投げ捨てた。
ワイシャツを脱ごうとボタンに手を掛けたが、私はその手を止めて赤野を見る。
「インナー着てる?」
目が合った赤野に問われ、キャミソールを着ていたので頷くと赤野がナイフを背中側のウエストに差し込み、私に歩み寄って来た。
「後ろを向いててもらえないかしら?」
困った様に眉を寄せると、赤野は私の手から布切れを取り上げた。
「俺が巻いてあげる。自分じゃやりにくいでしょ?」
「あ、ありがと…… 」
自分の肩の手当てが難しいのは事実なので素直に礼は言ったが、赤野が手当てなど出来るのだろうか。
包帯を強く巻くことにより、出血を止めることも出来る。
応急処置とはいえ、適当に巻くだけでは意味が無い。
「学校でも母親からも習ってるから大丈夫だよ」
私の疑いの目に気付き、赤野は切り裂いたもう一つの袖の布切れを拾い上げる。
「包帯だけじゃなくて、ガーゼも必要でしょ?」
そう言うと赤野は拾い上げた布切れを小さくたたみガーゼを作る。
「肩、出して」
赤野に言われ、私はワイシャツのボタンを外して血だらけの左肩を露出させた。
そこに赤野が布切れのガーゼを宛がう。
「少しだけ、腕を上げて」
ゆっくりと私の肘を持ち上げて、脇の下に隙間を作る。
「うっ……」
肩を動かしたことで傷口が悲鳴を上げる。
「ちょっとだけ我慢してね」
赤野は布切れのガーゼを布切れの包帯で押さえ、脇の下で交差させる。
数回巻き付け、傷口に重ならないように布切れの包帯の両端を結んだ。
「よし、できた。どう?きつくない?」
「大丈夫よ。思っていた以上に上手いのね」
程良い圧迫感があり、これなら止血できそうだと思いながら私はワイシャツを第二ボタンまで閉めた。
「だから言ったでしょ。習ってるから大丈夫って」
赤野は自信満々に口角を上げ、ワイシャツに包まれた私の左肩を見つめる。
「あ、ポケット……」
私は視界の右端に、脱ぎ捨てていた左袖の無いジャケットを見て思い出した。
ボロボロのジャケットを持って行くつもりは無いので、今まで見つけたアイテムや私物をポケットの中から回収しなくてはならない。
しゃがみ込み、右手でポケットの中身を取り出し床に広げていく。
ラップで包んだクッキー、一本だけ入ったマッチ箱、スズランの毒が入った丸い香水のビン、役立たずのスマホ、ジャケットの胸ポケットに挿していた黒バラ。
クッキーとマッチ箱と毒のビンは赤野に渡した。
私は黒バラをワイシャツの胸ポケットに挿し、二宮の形見である砕けた骨と破れたスーツの切れ端は、そっとスラックスの前ポケットにしまった。
「脱出のカギになりそうなのは、これくらいね」
私は『復讐は視界を取り戻してから』『ち』と文字を炙り出した二枚の指示紙をスラックスのバックポケットから取り出す。
炙り出した紙は唯一の手掛かりである。
屋上まで突き進んだが、行き止まりだった。
ならばあとは戻るしか道は無い。
「この紙を集めて、全て炙り出すの。きっと玄関の扉を開ける仕掛けが解けるわ」
そう信じるしかなかった。
赤野が頷いたのを見てから、私は指示紙をバックポケットに戻した。
「それじゃ、三階はもう無いから、二階に行って集めないとね。もう少し休んでく? 」
心配そうに聞く赤野に首を振り、私たちは長い階段を下りて行く。
廊下から音がしなかったので、黒い扉を引き開けた。
「ッ!?」
「お出迎えかよ……」
扉の外では二体の甲冑が私たちを待ち構えていた。
そして甲冑の赤く光る目が、驚く私たちを捉える。
「逃げるわよ!!」
振り返って右手で赤野の左腕を掴み、下りて来た階段を駆け上がる。
だが、この状況で甲冑から逃れられるわけがなかった。
突然、後頭部に衝撃と痛みが走り、視界が霞んだ私は膝をついて倒れた。
「せき……の……く、にげ……ッ……」
いつの間に移動したのか、一体の甲冑が赤野の背後に立っているのが見えた。
「折笠さんッ!」
赤野が手を伸ばしながら私の名前を叫んだが、私はそれに応えられなかった。
……
…………
カシャ……カシャ……カシャ……
カシャ……カシャ……カシャ……カシャ……カシャ……
体への振動と甲冑の足音で目が覚めた。
がっしりと甲冑に腹を抱えられ、二つ折りになった体は地面から数cmの高さで揺れていた。
霞む視界には緑色の絨毯が広がり、黒い斑点が沢山見られた。
「(ここは……)」
徐々に鮮明になり始めた視界で、それが地面を覆うイバラと咲き乱れる黒バラだという事が分かった。
「(ここは外?)」
あんなに遠かった地面が文字通り目と鼻の先にある。
意識が朦朧とする頭で逃げなくては、と考えるが体がぴくりとも動かない。
カシャ……カシャッ
甲冑が足を止め、必然的に私の体の揺れは収まる。
グワァァァアアアアアアアア
生暖かい空気と共に血の臭いが辺りを包み込む。
それを感じ取った時には、私の体は宙に浮いていた。
甲冑が私を放り投げたのだ。
地面を見下ろすと緑色のイバラの絨毯ではなく、真下で巨大な黒バラが大きく口を開けていた。
そして私は悲鳴を上げる間もなく、雛鳥の様に口を開けて餌を待っているバケモノに飲み込まれた。
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