約束は守る



「離しなさい。でないと手の平に穴が開くわよ」


バケモノへの殺意を宿した目で赤野を睨むが手を離そうとはしなかった。


「5、6発で倒せる相手じゃないと思うよ?」


「……」


睨み返してきた赤野に苛立ちを覚えたが、倒せなかったら死ぬのは私だけではない。


バケモノを倒すのは赤野を脱出させた後にしよう。


「でも二宮を食い殺したバケモノが目の前に居るのに、見なかった事には出来ないわ」


何もしないで踵を返すのは御免だった。


「殺すのは今の時点じゃ無理なのは分かってる。だけど一発だけお見舞いしてやりたいの!」


「その一発で何が起きるか分からないよ。バケモノがイバラで襲い掛かってくるかもしれないし」


「赤野君は先に下りてて」


赤野の忠告など聞かず、私は彼に指示を出す。


「そんな事したら折笠さんは一人で――」


「大丈夫。一発だけお見舞いしたら私もすぐに下りるわ。約束する」


赤野の言葉を遮ると、彼は眉を寄せた。


「……絶対?」


疑いの目を向ける赤野に、私は一度だけ頭を縦に振った。


「約束したからね。絶対だよ」


赤野は手首と銃口から手を離し、ゆっくりと私から離れた。


そして私に背を向けて歩き出し、四階に繋がる鉄梯子を下り始めた。


「約束は守るわ。……予想外な事が起こらなければね」


赤野が見えなくなってから静かに唇を動かした。


そして拳銃を構え、狙いを定めるが標的が大き過ぎて、急所が分からない。


人で言う頭部の花頭を狙うべきなのか。


だが相手は巨大な黒バラのバケモノだ。


体が巨大で弱点も巨大では簡単に殺られてしまう。


ならば花頭を支える茎、もしくは地面から露出している根を狙うべきか。


茎も根も太く、一発撃ち込んでも弾が埋まるだけで攻撃にはならない様な気がした。


どこか、良い狙い所は……。


バケモノは寝ているため、上からじっくり観察する。


「首筋……」


太い茎が少しだけ細くなり、巨大な花頭を支えている繋ぎ目部分。


「頭と体が切り離せなくても、ダメージくらい与えられると嬉しいんだけど…… 」


私はバケモノの首筋に狙いを定め、トリガーを引いた。




――バンッ!




放たれた弾丸は吸い込まれる様にバケモノの首筋に命中した。




ギィェェェェエエエエッ!!




私は踵を返して、鉄梯子まで走る。


耳を塞いでも頭に響いてくるバケモノの悲鳴。


屋敷に忍び込んだ時、右側から同じ様な呻き声を聞いた。


おそらく二宮はあの時……。


そう思うと一発だけでは気が治まらなかったが、赤野との約束を破るわけにはいかなかった。




ギィェエエッ……ギィェェエエエッ!!




どうやら攻撃が効いたようだ。


私は痛みに苦しむバケモノに気付かれる前に、急いで鉄梯子を下りる。


「2、3発は撃つと思ってた」


赤野は下りてきた私の背中を見上げて、意外そうに呟く。


「約束は守るわよ」


踏み外さないように足元を見ていた私は赤野に視線を移す。


「そうみた……ッ!? 折笠さんッ!! 上ッ!! 」


赤野は言葉の途中で目を見開き、私の頭上を指差す。


「――!? 」


天井の開いたままの扉の先には青い空と、それを切り裂く様に鋭いトゲの生えた緑色のイバラが、私に迫って来ていた。


「危ない!!」


赤野は叫び、私は鉄梯子を登り、扉の取っ手を掴んで勢い良く扉を閉めた。


だが私が扉を閉めるよりも早く、イバラが部屋の中へ侵入して来てしまった。


「クッ……」


私はイバラを切断するつもりで扉を閉める力を強める。


痛みを感じているのかイバラが暴れ始めた。


すると剣の切っ先の様に鋭く尖ったイバラが、私の左肩を突き刺した。


「ぁぁああああ゛ッ!!」


皮膚と肉が切り裂かれ、スーツに血が染み込み二宮の血と交わる。


焼けるような痛みに左手の力が入らなくなり、取っ手から手が離れる。


落ちまいと取っ手を掴む右手に力が入り、鉄梯子を左膝の裏に挟んで踏ん張る。


イバラは私の血を舐める様に、傷口にイバラの表面を擦り付けて来た。


「ぁぁああぁぁああああ゛ッ!!!!」


痛みに比例する様に叫ぶ声が大きくなる。


右手でイバラを掴んで傷口から離したいのだが、取っ手を掴む右手を離せば私は落下し、天井の扉は開かれイバラが侵入してしまう。


「動かないで」


赤野の声が耳元で聞こえたのかと思うと、彼は鉄梯子を登ってイエスのナイフを振りかざしていた。


そして赤野が勢い良く振り下ろしたナイフはイバラを切断した。


私は素早く天井の扉を閉めて、赤野が9枚のパズルの内1枚を取り外してカギを掛けた。


「はぁ……」


私の血で濡れる切り落とされたイバラの先端を見て、安堵の溜め息を漏らす。


「さすがに抱えては下りられないから、背中支えるよ」


赤野はナイフを床に投げて私の左側に立ち、抱くように背中に腕を回してくれた。


「ありがとう」


私は赤野の手に甘え、ゆっくりと一歩ずつ下りて行く。


床に足を付け、鉄梯子の近くに散らばるハンカチとナイフを見つめる。


ハンカチは私の私物でナイフの刃を包んでいたものだ。


そしてそのナイフは私のウエストに差して、背中に忍ばせておいたはず。


肩の痛みが強かったとはいえ、ナイフを抜き取られた感覚は無かった。


「いつから持ってたの?」


私は破れたスーツのジャケットを脱ぎ捨て、左肩を見る。


白いワイシャツに溢れ出た血が染み込み、肘の所まで赤く染まっていた。


「後ろから抱きしめた時」


赤野の言葉に、ワイシャツの破れた部分に伸ばした手を止める。


赤野を見ると床に落としたハンカチとナイフを拾い上げていた。


「手首切っちゃうかと思ってね。保険でナイフは拝借しておいたんだ」


悪びれもせず口を動かし、赤野はハンカチをナイフに巻き付けながらチラリと私を見た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る