二宮を殺したバケモノ




「本に書いてあったのよ。でも悲鳴を上げるのに、どうやって引き抜くのかしら?」


「犬を使うんだよ」


「え?」


「犬とマンドレイクを紐で繋いで、ちょうど犬が届かない所に餌を置くんだ。それで人間は遠くに逃げて、翌日そこに戻ると……」


「悲鳴を聞いて死んだ犬と、引き抜かれたマンドレイクが転がってるって事ね」


結局、マンドレイクを手に入れるためには犠牲が出てしまうらしい。


私は殺人鬼を見るような目で、床に置いたマンドレイクを見下ろした。


「もしかしたら植木鉢だし、割れば手に入るかもしれないけど……相手は悲鳴で殺す妖樹ようじゅだし、安易に割るのは得策じゃないよね」


「そうね。手に入れる方法が分からないから、これは保留ね」


「じゃあ、まずはこっちだね。開けるよ?」


赤野は天井の扉に付いた取っ手を掴んで私を見る。


「気を付けて」


私の了承を得た赤野は体を横にずらしたまま、天井の扉をゆっくりとスライドさせた。


「え……」


赤野はほんの少しの隙間から差し込む光に手を止めた。


部屋に真っ直ぐ差し込む光は、ロウソクの炎の様な淡い光ではなく、電気の様な強い光だった。


「なに、かしら……」


光が強いせいで扉の隙間は白く、向こう側の様子は窺えなかった。


「……開けるよ」


赤野は扉を一気にスライドさせた。


眩しい光に目を細める。


バッと開かれた扉の先には、青い空が広がっていた。


「外!?」


「脱出できるのね!!」


思わず鉄梯子の下に駆け寄る。


赤野は扉の先に頭だけ出し、外の様子を窺った。


「どう? 出口なの?」


「いや、微妙かもしれない……」


赤野は屋敷の外に顔を出しているのに、眉間のシワは深くなる一方だった。


「どうして?」


やっと見えた希望の光は、瞬く間に不安と化した。


「見てみれば分かるよ」


そう言って赤野は鉄梯子を更に登り、扉の向こうに消えて行った。


私は後を追う様に鉄梯子を登り、天井の扉の先に顔を出す。


「そんな……」


赤野の反応から不安を感じて外の様子を自分の目で確かめると、扉の先は絶望が広がっていた。


「……良く考えれば天井にあった扉なんだから、その先は決まってくるわよね……空が見えて浮かれちゃったわ」


扉の先、それは屋根の上だった。


「脱出に手が届きそうで届かないね」


屋根の上という事は、もちろん四階よりも更に高い場所だ。


屋根の上に立ち、下を見下ろす。


地面が遠い。


ここから飛び降りれば脱出した事にはなるが、自分の命と引き換えになってしまう。


「生殺し、ね」


久しぶりの外の空気を肺がいっぱいになるまで吸い込み、この場所から脱出できる方法はないか思考を巡らす。


「どこか下に繋がる梯子が……いや、ちょっと待てよ……」


私はポケットを弄り、スマホを取り出す。


屋敷の中は圏外だったが、屋根の上は電波を遮る壁が無いので救助ヘリを呼べば安全に脱出する事が出来る!


ライトを使用したり無駄に時間の確認をする事は無かったので、バッテリーの消費はしていない。


電源ボタンを押すと、真っ暗な画面はロック画面を映し出した。


「嘘でしょ……」


画面の左上には『圏外』と表示されていた。


周りを見渡せば、屋敷は沢山の緑に囲まれていた。


遠くには背の高いビルたちが青白い影となって見える。


思っていた以上に屋敷は森の奥に建っていた様で、電波が届いていなかった。


「スマホは最後まで役立たずだったわ……赤野君、期待はあまりできないけど下に繋がる梯子がないか探してみましょう」


私たちは足を滑らせて落ちない様に、細心の注意を払って屋根の上の探索を行った。


すると赤野が焦った様子で、大きく手招きをしてきた。


「ねぇ!! あれ見て! あれ!!」


小さな声で叫ぶ赤野に近付き、指を差す地面を覗く。


「な――!?」


驚いてそれ以上言葉が出てこなかった。


屋敷の玄関から見た屋敷の右側の地面には、小さな黒バラに囲まれた、この世の物とは思えない巨大な黒バラが横たわっていた。


眠っているのか、巨大な花頭や太い茎が規則正しいリズムで上下している。


「あのバケモノが二宮を……」


血の海が広がっている訳でもない、スーツの切れ端や肉片が散らばっている訳でもない。


証拠など無いが、私はこのバケモノが二宮を食い殺したのだと確信した。


私はホルスターから銃を抜き取り、トリガーに人差し指を添えてバケモノに銃口を向ける。


「ちょっと! ダメだよ!!」


赤野は私の手首を掴み、銃口を手の平で押さえた。




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