黒の扉



重たい扉を押し開けて、ラスボスが待ち受けているであろう部屋に入る。


いったい何が居るのか分からないので、ホルスターにしまっている銃に緊張した手を添える。


だが、目の前の光景に体の力が抜けた。


構えていたのが恥ずかしいくらいだ。


部屋にはラスボスらしき人物も怪物も見当たらなかった。


あるのは上へと続く階段だけだった。


「まぁ良く考えれば後ろにカエルの部屋があるんだから、もう一つ部屋があるわけないよね」


「確かに。天井は斜めだったものね」


赤野は肩の力を抜いて、乾いた笑い声を出す。


私も苦笑いを浮かべ、ふーっと息を吐く。


力を抜いた体を引き締めて、階段を登る。


私の後ろを赤野がついて来る。


長い階段を登り切ると、開けた空間にぽつんと、鉄梯子が床から天井に伸びていた。


「わざわざカギを掛けたわりには……って感じだね」


赤野が残念がるように部屋を見回す。


「扉の先が重要なのかもしれないわよ?」


鉄梯子のある部屋の左右の壁には黒い扉があり、どちらもバラの紋章が刻まれていた。


「カギは掛かってるのかしら……」


左右の扉を交互に見つめる。


「それじゃ、俺は左の扉を見てくるよ」


「分かったわ」


私は右側の扉に向かった。


ドアノブに手を掛け、ゆっくりと回してみる。


「あ、開いてるわ……」


ドアノブは最後までしっかりと回った。


「赤野君、そっちは?」


振り返ると、赤野も私と同じ様にドアノブに手を掛けていた。


「開いてるよ。どうする? 先にそっちから開ける?」


赤野は首を傾げるが、私はそれに対して首を横に振った。


「手分けしてカギのチェックしてるんだから、そのまま部屋も調べちゃいましょ」


「わかった」


赤野は頷き、ドアノブを少し見つめた後、扉を押し開けた。


私も目の前の扉を押し開け、一歩中に入って部屋を見回す。


「ひどい……」


家具の無い広い部屋の床には、いくつもの骨が山積みになっていた。


頭蓋骨は無造作に転がっている。


その中には、黒く焦げた骨と茶色に変色した骨が重なり、小さな山を作っていた。


部屋の中を調べる前に一度、赤野に声を掛ける。


「赤野君、そっちはどう?」


部屋から顔を出し、少し扉が開いた向かいの扉に声を掛ける。


「……一応、大丈夫」


顔は見せず、声だけで安全を知らせる。


"一応"と言ったのが気になるが、命の危険は無さそうなので私は骨だらけの部屋を調べ始める。


「小さい骨ね……」


転がっている骨はどれも短く華奢で、頭蓋骨は薄い骨で出来ていた。


おそらく子供の骨だろう。


真っ白い骨や、茶色く変色した骨、蜘蛛の巣が張った頭蓋骨など様々だった。


異臭はしないが、重たい空気が漂っている。


「どこから調べれば良いのかしら……」


しゃがみ込み、足元の頭蓋骨を見つめる。


よく見れば人間と思われる頭蓋骨だけではなく、小動物の頭蓋骨が1つだけ混じっていた。


「犠牲になったのは人間だけじゃないのね……」


手を合わせ、小さな頭蓋骨に触れた。


指の腹で頭部を撫でると、埃が拭き取られ、白い色が浮き出た。


今度は両手を頭蓋骨の頬に添えて、自分の目の高さまで持ち上げる。


「貴方も甘い香りに誘われちゃったのね……」


この屋敷が建つ森には奇妙な噂がある。


『お菓子の家には魔女が住んでるから迷子になったら食べられちゃう』


この森の付近で6歳~10歳くらいの子供が行方不明になる事件が相次いでいた。


その規模は日に日に増加し、森を中心に広がっていった。


何度か捜査が行われたが、どれも情報は掴めなかった。


と言うのも、捜査員が森に向かったまま行方不明になってしまったらしいのだ。


私がこの街に住んでいた頃はそんな噂は無かったはずだが、帰ってきた時には常識並みに当たり前のものになっていた。


森の中は危険だと判断し、今度は森の外で捜査を始めた。


地元の小学校に協力してもらい、全校生徒とその両親、職員にもアンケートを行った。


森の中に可愛らしい動物が住み着いていたり、大人の知らない所で声を掛ける者を見聞きしている子がいるかもしれないと思ったが、予想外の答えが返ってきた。




『お母さんにあぶないから行っちゃダメって言われてる』

『一回も森には行ったことない』

『怖いところだから行かない』

『行かないように注意している』




親や職員たちは、森へ行ってはいけないと指導しているようだったし、子供たちは森を恐れていた。


どうやら行方不明になってしまった子供たちだけが森に近付いているようだ。


アンケートを実施してから森周辺のパトロールを強化した。


するとパトロール隊員が、森に入って行こうとする一人の女の子を発見し、慌てて止めたそうだ。


短く切り揃えた髪の女の子に近付いてはいけない事を伝えると『分かってたんだけど、がして気が付いたらここに居たの』と言った。


どんな匂いなのか聞けば『ケーキみたいなお菓子みたいなお花みたいな、あまぁ~い匂い! こんなに良い匂いなのにお兄さんは分からないの?』と何故そんな質問をするのかと言いたげな顔で首を傾げた。


甘い香りなどと感じる隊員は困ってしまった。


甘い香りを知った子供たちが『森にはお花畑に囲まれたお菓子の家があって、魔女が甘い香りで私たちを誘拐しちゃうの』と言い始め、その空想は噂となってこの街に浸透していったらしい。


屋敷の存在など知られていなかったのに、子供たちの噂が本当になってしまった。


お菓子の家の様な可愛らしさはまるで無い。


私は持ち上げていた小さな頭蓋骨を静かに床に置き、もう一度部屋を見回す。


小さな骨に混ざって大きな頭蓋骨が転がっていた。




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