【蹴り飛ばそうと足を上げた】


ふざけないで!と叫ぶ代わりに私は二宮の血が溢れるボトルを蹴り飛ばそうと足を上げた。


だが、それは叶わなかった。


黙って横から私を見ていたはずの赤野が私の両腕ごと後ろから抱え込み、二宮の肉の塊から私を遠ざけたからだ。


「放して! 赤野君ッ!」


「放したら、折笠さんはボトルを蹴っ飛ばすでしょ?」


私よりも強い力に、体を揺すって抵抗したが、赤野の腕を振り払う事は出来なかった。


「花瓶に二宮の血を注げって言うの!? そんなのッ……そんな事出来るわけないじゃないッ!!」


未成年だろうと、高校生にもなれば大人と同じくらいの力がある。


成人だとしても、女の私が適うわけないのだ。


私は赤野の腕を振り払う事を諦めた。


「じゃあ、あの血を蹴飛ばしたら折笠さんは自分を傷付けて血を注いでたでしょ?」


「そうよ! 二宮が殺されてしまったのは私のせいなの! だから二宮の血を使って仕掛けを解くなんて私には出来ない。だったら私の体から血を注ぐわ」


「折笠さんだって馬鹿じゃないんだから、指先なんか切ったぐらいで花瓶がいっぱいに成るほどの血なんて簡単には溜まらないの、分かるでしょ?」


下を向く私の顔を覗き込もうとする赤野の気配を首元に感じ、私は顔を背けた。


「そりゃ分かるわよ。だから私は――」


「手首を切ろうとしたんでしょ?」


赤野は私の言葉を遮って、冷たい声をかぶせてきた。


怒っているのか呆れているのか、感情の読み取れない声に戸惑い、肯定する言葉すら言い返せなかった。


静かになった私の様子を見て、赤野は私を拘束する腕の力を緩めたが退かす事はしなかった。


「折笠さんは責任感が強いから、きっと俺が居なかったら、あのままボトル蹴飛ばして廊下で甲冑が来るのを待ってたんじゃない?……殺されるために」


赤野の言葉は、未来が見えている様に確信的だった。


赤野が居なかった時の事は考えていなかったが、おそらくそうだった場合、私は彼の言った通りの行動をしていたかもしれない。


「俺が居たから、自殺することは変わらないけど、自分の手首切った血で仕掛け解いて、俺だけ逃がそうとしたんじゃない?」


私は素直に頷いた。


「俺、一人で逃げれても嬉しくないけど?」


「嬉しいとか嬉しくないとかじゃなくて、生きなくちゃ! 貴方はまだ高校生なのよ!?」


生意気な言葉に腹が立ち、勢い良く振り返ると赤野の顔が目の前にあり、予想以上に近い距離で驚いた。


怒っているわけではなく、心配そうにこちらを見つめる赤野と目が合った。


「年齢なんて関係ないじゃん。生きる事に関しては折笠さんにも言える事だよ。俺一人だったらオーブンで丸焼きにされてたかもしれないし……折笠さんと一緒だったからここまで進んで来れたんだ。だから、一緒に、この屋敷を脱出したい」


私の体に回していた腕にゆっくり力が入るのを感じ、子供をあやすように優しく抱きしめられているのだと気が付いた。


私は赤野から目を逸らし、頷いた。


穴があったら入りたい。


「つい、カッとなって……ごめんなさいね」


「うん」


「もう大丈夫だから」


「うん」


「……もう放してもらえないかしら?」


「うん 」


返事だけで、赤野は腕を退かすどころか、抱きしめる力を強めた。


「お、大人をからかうな!!」


私を抱きしめる腕に掴みかかり、背中から赤野を引き剥がした。


「冗談だよ」


怒る私を見て、赤野はクスッと笑った。


「笑うな!」


赤くなる顔を見られない様に、赤野に背を向けた。


「さぁ! 早く花瓶の部屋に行くわよ! 」


無理やり話題を変え、私は二宮の肉の塊の前に戻り、深呼吸をしてから見上げる。


「二宮……貴方の死を無駄にはしないわ」


私はしゃがみ込んで、血が溢れるボトルを掴み取る。




【二ノ宮の血でいっぱいになったボトルを手に入れた】




手の平にべとべとの血が付く事なんて気にならなかった。


立ち上がった私は再び二宮の肉の塊を見上げる。


そして小さく砕けてしまった骨と、血を吸い込んだお洒落なスーツの切れ端を形見として拝借した。





【砕けた二宮の骨を手に入れた】

【血を吸い込んだ二宮のスーツの切れ端を手に入れた】





二つを手の平の上に並べて乗せる。


形を覚える様に、じっと見つめてからスラックスのポケットにしまった。


顔を上げると、扉の前に赤野が立っていた。


「行こ 」


赤野はドアノブを掴んで、私が来るのを待っていた。


「えぇ」


私たちは廊下の安全を確認してから部屋を出た。




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