【素早くボトルを蹴り飛ばす】


「ふざけないで!!」


私はそう叫びながら、二宮の赤黒い血液が溢れ出しているボトルを蹴り上げた。


「何やってんの!? 折笠さん!!」


「私のせいで二宮が死んだのよ!?」


赤野は取り乱している私を警戒して、近付ては来なかった。


「でもその血が無いと、あの仕掛けが解けないじゃん!!」


二宮の血を使ってこの屋敷を出ても、私は生きた心地がしないだろう。


二宮と一緒にこの屋敷に入っていれば、彼は死なずにすんだのに。


こんな残虐な殺され方をせずにすんだのに。


「……大丈夫よ、赤野君は私が命に代えても守るわ」


駆け出した私は甲冑のことなど気にせずに廊下に飛び出し、東の部屋に向かった。


「折笠さん!! ダメだよ!! 待って!!」


呼び止める赤野の声を無視して、私は東の部屋に飛び込んだ。


小さなテーブルには、萎れた黒バラが一輪だけささった花瓶が私を待っていた。


萎れてるくせに、青い顔をした私を嘲笑っている。


カシャ……カシャ……カシャ……


甲冑が見回りに来たようで、赤野はすぐに駆け付けられないだろう。


「一体、誰がこんな悪趣味な仕掛けで私たちで遊んでいるのか知らないけど、お望み通り死んでやるわ」


二宮を殺したのは私だ。


私の判断ミスで二宮は、あんなグロテスクな塊になってしまった。


全て私が悪いのだ。


せめてもの罪滅ぼしと、赤野を脱出へと導くために……。


私はウエストに隠していたイエスのナイフを抜き取り、テーブルに横たえた左手首にその刃を当てた。


二宮の血じゃなくても、同じ血なら私のものでも問題ない。


水以外の液体に変わりないのだから。


「赤野君なら頭がいいから、一人でも脱出できるわよね……」


私は意を決して、ナイフを握る右手に力を込める。


「うぅっ……」


痛みに負けると深い傷が作れないので、一気に体重を掛けて手首を切り込んだ。


ガダンッ……


「ん゛ぐッ!!」


幸か不幸か、関節の間にナイフの刃が入り、私の左手首の骨が断たれた。


だが意識が飛びそうな痛みに最後まで切る事が出来ず、わずかな肉と皮膚だけで手首に手がぶら下がっている状態だった。


「ん゛ん゛ん゛ッ!!」


甲冑に気づかれるわけにはいかないので、下唇を噛み締めて悲鳴を殺す。


左手首の痛みに、立っている脚の力が抜けてその場で崩れ落ちた。


カシャ……カシャ……


「はぁっ……はぁっ……」


飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、震える脚で立ち上がる。


早く花瓶に血を注がなければ。


黒バラが満足する前に倒れてしまう。


立ち上がった私は花瓶に左手首をかざし、動脈から噴き出す血液を注いだ。


意識が朦朧としているせいで同じ位置に手首を止めてられず、震える手首から噴き出す血液はテーブルや床を汚している。


それでも懸命に右手で左手首を支えて、黒バラの花びらを濡らしながら血液を花瓶の中に溜めていく。


あと少しで花瓶が私の血で満たされる、その時だった。


「折笠さん!!」


赤野が部屋に飛び込んできた。


「何やってんのッ!!」


甲冑に見つかってしまうと咎める力は私に残っていない。


寒いと感じる私は、怒鳴る赤野を黙って見上げる事しかできなかった。


「死んじゃうよ!!」


赤野は私の体を花瓶から引き離そうとするが、私はナイフで離れるように脅した。


「い、いの……わ、たしは……」


「良いわけないでしょ!?」


赤野はナイフの切っ先に後ずさりしながらも、私を説得してくれる。


「せき、の、くんだッ……け、でも……に、げて」


「俺一人だけで脱出できるわけないじゃん」


私の血を吸い込んだ黒バラは、いつの間にか再生していた。


萎れた茎も葉も花びらも潤い、美しい黒バラが花瓶の中で凛と咲き誇っていた。


「き、れい……ね」


「折笠さんの血で……」


私は艶やかな黒バラを見て、その場に崩れ落ちる。


もう大量の血液を失っていて限界だった。


「折笠さんっ!!」


慌てた赤野が私に駆け寄ったその時。


パリンッ……


血液で満たされた花瓶が突如割れたのだ。


「うぐわっ!?」


赤野の悲鳴が聞こえ、私は薄れる意識の中、倒れ込んだ彼に視線を向ける。


「せ、きの……くん!!」


「あぁぁぁああぁああッ……!!」


赤野の顔面に割れた花瓶の破片が深々と突き刺さっていたのだ。


顔を抑える両手の指の隙間からは真っ赤な血が流れている。


赤野は自分の出血状況を確認しようと、震える両手を顔から離した。


「あぁぁあぁぁああッ! 目がッ!! 開かない!!」


発狂する赤野の目には花瓶の破片が突き刺さっていたのだ。


瞼の上から眼球に刺さり、赤野の視界は暗闇に閉じ込められてしまった。


頬や額にも同じように花瓶の破片が突き刺さってはいるが、眼球の痛みには程遠い。


赤野は震える指先で顔面に突き刺さる破片に触れる。


「はぁぁぁあっ!! あぁぁあああッ!!」


赤野は涙のようにドロドロとした血を流し、唇を震わせていた。


また、私の身勝手な判断で守れたはずの命を壊してしまった。


市民を守る警察なのに、相棒すら、男の子すら守れなかった。


「ごめ……ん、な……さ、ぃ……」


意識が遠のき、視界は狭くなって、やがて光を失った。


最後に残った聴覚は、赤野の痛みに悶える声に混じって甲冑のサイレンの様な呻き声を聞いていた。





折笠玖美・赤野青羽 死亡ルート


《BADEND√3 暴走する正義》





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