再会




カシャ……カシャ……カシャ……




甲冑の足音は、部屋に入った事で小さく聞こえる。


扉に耳を押し当て、先程よりも意識を集中させる。


どうやら扉を開ける音には気が付かなかったようだ。




カシャ……カシャッ




止まったという事は、今、甲冑は南西の曲がり角に居るのだろう。


「ねぇ……」


赤野はため息の様な声で私を呼んだ。


「ん?」


再び歩き出した甲冑の足音を聞きながら、疲れの色が見える赤野に視線を向けた。


「さっきの……西の部屋、何があると思う?」


赤野は異臭を思い出したのか、顔をしかめた。


「あの強烈な血の臭いだと、死体が転がっててもおかしくはないわ。死体が無かったとしても血の海になってる事は間違いないわね」


扉の隙間から漏れ出した臭いは、悲惨な殺人現場に漂っている血の臭いと同じだった。


咄嗟に扉を閉めてしまったので、少し見えたであろう床の状況に視線を落とすのを忘れていた。




カシャ……カシャッ




南東の曲がり角、階段の目の前で止まった。


「甲冑が二階に行ったら部屋を出るわよ」


「わかった」


そう言うと、甲冑はまだ動き出していないのに立ち上がる。


部屋の中央にある丸テーブルに近寄る赤野を目で追う。


「動かないと思うけど……」


赤野は一輪の黒バラが挿さった花瓶に手を伸ばしていた。


「……やっぱり動かなかった。もし動けば西の部屋の血を注げば良いと思ったんだけど」


赤野は花瓶を掴んで持ち上げようとするが、テーブルに固定されている為、部屋の外に持ち出す事は出来ないようだ。




カシャ……カシャ……カシャ……




甲冑の足音が少しずつ小さくなっていく。


「行ったみたいね……」


立ち上がり、ドアノブに手を添える。


振り返ると赤野が頷いたので、ドアノブを回した。


廊下に出ると、甲冑の足音は二階から聞こえてくる。


まだ階段の近くを歩いているようだ。


甲冑との距離は取っておきたいので、北側から西側に向かった。


血生臭いニオイがすると分かっているだけに、扉を開けるのを躊躇ってしまう。


「開けるわよ、準備は良い?」


赤野は服の袖で鼻と口を押さえて首を縦にする。


ハンカチはナイフの刃を包んでいるので、私もジャケットの袖で鼻を覆う。


「ふぅ……」


深呼吸をし、意を決してドアノブを掴む右手に力を入れた。


ドアノブを回し、扉を押し開けると覚悟していた激臭が私たちを襲い、思わず手が止まってしまった。


「早く調べて早く出よう 」


赤野の言葉に頷き、私は一気に扉を押し開けた。


「――ッ!? 」


「な、なにこれ……」


一瞬だけでは何が天井からぶら下がっているのか分からない物が、私たちの目に飛び込んできた。


イバラが網の袋となり、その中には罠に掛かった獲物の様に血の滴る赤黒い肉塊が納まっている。


その塊は原型が人間かそれ以外の動物かも分からないほど、ぐちゃぐちゃの状態だった。


よく見れば白い粒がぐちゃぐちゃの塊の中に散らばっている。


私はゆっくりと部屋に足を踏み入れ、謎の塊に近付く。


磁石が同極の磁力を拒む様に私の本能が謎の塊を拒んだが、私はそれに逆らって前に進んだ。


「……きっと、骨だわ」


網の隙間から見える白い粒を摘み取り、指の腹で転がすと粉々に砕かれた骨だと分かった。


骨によっては大腿骨など、簡単には砕けない部分の骨がある。


もしこの骨がそういった類の硬い骨だとしたら、とても大きな力で砕かれた事になる。


「それって人間? 動物?」


ずっと廊下から部屋の中を覗いていた赤野が扉を閉めて、私の隣まで歩いて来た。


「原型が無さ過ぎて、判断が難しいわ」


赤野は両手で強く鼻を押さえ、ぐちゃぐちゃの塊を見上げながら私の反対側に移動した。


「オェッ……」


赤野は至近距離で激臭の元凶にえずきながらも、何かを発見して私の隣に戻って来た。


赤野は激臭による涙目で私を見つめ、無言で腕を引っ張る。


赤野に従い、反対側へ移動する。


「なに?」


眉間に縦ジワを作る赤野を見ると、彼は網目から露出している白い骨の破片を指差した。


「ん?」


指を差した箇所を、目を凝らしてよく見てみる。


「こ、これは……」


肉に混ざった白い破片は砕けた骨ではなく、見慣れた人間の奥歯だった。


いったい、何をどうしたら人間がこんな悲惨な有様になってしまうのだろうか。


人間だと認識して、改めて肉の塊を見つめていると、血をたっぷり含んだ紙切れの様な物が肉に埋もれていた。


私は手を伸ばし、その紙切れの様な物を引っ張り出す。


千切れず抜き取れたそれは、紙切れではなく、布切れだった。


「見難いわね……」


血を含んで赤黒くなった布切れは、文字なのか絵柄なのかは分からないが、若干の色の違いがあった。


その場では薄暗く見難かったので、背後にある壁のくぼみに置かれたロウソクに近寄る。


照らし出された布切れの表面には文字ではなく、絵柄であった。


小さなスペードが散りばめられている。


どこかで見た事がある様な気がするのは、ありきたりな絵柄だからなのだろうか。




『下ろし立てなんスよね……』

『そんな派手なスーツを仕事で着て来なきゃいいのよ』

『え? 俺の中では柄小さいし、結構地味な方なんスけどね』




「――!」





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