3つの鍵


私と赤野の顔の間には銀色に輝くナイフが刺さっていた。


甲冑が扉を突き破って来た事を思い出し、どこに逃げれば良いのか考えたがイエスはナイフを突き刺したきり静かになった。


「しつこくなくて助かった……」


赤野が安堵のため息を漏らす。


軽く上がった息を整え、扉から体を離す。


「さぁ、行きましょ」


「うん」


赤野も扉から体を離し、私の後に続いて歩き出した。


「きっとここが開いたのね」


ドアノブは最後まで回ったので西側の扉を通り過ぎ、赤野が登ってきた階段がある南側の壁と向かい合う位置に構える黒い大きな扉の前に立った。


「ラスボス感漂ってるわね……」


観音開きの扉は、縦長なコの字型の2つの取っ手に、錆び付いた鎖が巻き付き、大きく重たそうな倉庫錠がぶら下がっていた。


倉庫錠は南京錠と形はほとんど同じなのだが、引っ掛けるフックの形が違う。


南京錠はU字型のフックだが、倉庫錠は芯棒と呼ばれる横棒になっている。


しかも目の前の鎖に括り付けられているのは、芯棒が3本あるのだが鍵穴は1つしかない。


「もしかしてこのカギを使うのかしら?」


私はポケットからアンティーク調のカギを取り出した。


「試してみよ」


赤野もポケットからアンティーク調のカギを取り出した。


私は鍵穴にカギを差し込む。


すっと奥まで入ったカギはなんの抵抗も無く右に回った。




カチッ……




一番内側の芯棒が外れた。


「という事は、あと一本カギが必要だね」


そう言って赤野は自分が持っていたカギを差し込んだ。




カチッ……




真ん中の芯棒が外れた。


使用済みのカギはその場に捨てるわけにもいかないので、各自ポケットに戻した。


「それ以上は何も出来ないし、西側の部屋に行きましょ」


来た道を戻り、西側の扉のドアノブを回した。


扉をゆっくり開けると、少しの隙間から異臭が漏れ出して来た。


「うっ……」


咄嗟に鼻を抑えて、扉を閉める。


私の後ろに立っていた赤野も異臭を感じ、顔をしかめる。


部屋に入るのを体が反射的に拒む程の血生臭いニオイ。




カシャ……カシャ……カシャ……




「こんな時に……」


赤野は階段を登ってくる足音のする南側の、見えない階段を見透すように振り返る。


瞬時に逃げ隠れる場所を探す。


北側の部屋は絵画から飛び出してきたイエスが襲ってくるし、同じ理由で中央のカエルの部屋も逃げ場にはならない。


花瓶の部屋は今のところ安全だが、東側の部屋に辿り着いた時には甲冑が階段を登り切って、私達の存在に気が付いてしまう。


目の前の部屋は血生臭い湿った空気が漂っていて、どんな部屋なのかも分からないのに中に入るのは危険過ぎる。


甲冑から逃れる為に身を潜める場所としては不向きだろう。


「甲冑はここを一周したら二階に下りて行くよ。甲冑に気付かれない様に後ろを付いて回れば大丈夫 」


一度赤野はその方法で二階から登って来た時に、カエルの部屋に辿り着いている。


「確か反時計回りに徘徊していたわよね? 一旦、花瓶の部屋に隠れましょ」



カシャ……カシャ……カシャ……



作戦会議が終わったところで、甲冑が階段を登り切り、三階の廊下に足を乗せた。



カシャ……カシャ……カシャ……



予想通り、甲冑は東側の廊下を北に向かって進み始めた。



カシャ……カシャ……カシャ……



足音に耳を澄ませ、甲冑を追いかける様に忍び足で廊下を進む。




カシャ……カシャッ




甲冑が足を止めた事で、私たちの心臓も止まるかと思った。


声が出ないように手で口を押さえ、前に進もうとして浮かせた足を元の位置に戻す。


サイレンの様な呻き声は発していないが、見つかってしまったのだろうか。


恐怖と焦りが汗となって頬を伝う。




カシャ……カシャ……カシャ……




甲冑は再び規則正しいリズムで廊下を歩き始めた。


「角で止まるみたい……」


赤野が推測する。


確かに足音は北東である廊下の曲がり角の所で止まっていた。


「注意して進まないとね」


耳と足に神経を集中させて、甲冑に見つからないように進んで行く。


再び北西の曲がり角で甲冑は立ち止まる。


その頃、私たちは東側の花瓶の部屋の前に立っていた。


ドアノブを掴み、甲冑が西側の廊下を歩くのを待つ。


もし、北側に居る甲冑が物音に気が付いたら、サイレンの様な呻き声を上げながら走って来るだろう。


北と東は距離が近い。


だから西側に甲冑を行かせた方が、物音に気付かれたとしても逃げ切れる可能性があるのだ。


東と西は反対側なので、気付かれたとしても、北に居る時よりは時間稼ぎが出来る。


東側に来た時には、姿を見られずに私たちは部屋の中だ。




カシャ……カシャ……カシャ……




甲冑が西側の廊下を歩き始めた。


耳に神経を集中させて、足音で甲冑の位置を特定する。




カシャ……カシャ……カシャ……




甲冑が東側の廊下を半分歩いたところで、私はドアノブを回した。


赤野を部屋に押し込み、私も素早く体を中へ滑り込ませる。


「はぁ……」


扉を閉めて、震える声でため息を吐いた。


「安全な部屋が少ないと逃げるのがしんどい……」


赤野は廊下側の壁に背中を預けて座っていた。






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