復讐劇




「復讐って事は、視界を欲しがっているのは裏切られた本人の事だね」


「ユダが裏切ったのはイエスよ」


「イエスは両目がくぼんでたし、炙り出した文字の通りなら、イエスに目玉をはめるんだろうね」





【文字が浮き出た紙1を手に入れた】





絵画の中のイエスは真ん中に座り、顔の角度は少し伏せてはいるが、くぼんだ両目はこちらを向いていた。


カエルの部屋で発見した目玉を2つともはめる事が出来る。


「ねぇ、炙り出しってこの紙だけなのかな?」


赤野は花瓶の隣に置かれている【水は私を殺すだけ。私を潤して】と書かれた白い紙を取り、鼻に近付ける。


紙の表面を隅々まで、匂いを嗅ぎ、隠されたヒントを探す。


「どう? 匂いする?」


赤野は首を横に振った。


「でもよく見たら一回濡れて乾いたみたいに紙の表面が歪んでる。炙ってみよ」


赤野は花瓶の部屋にあった指示の書かれた白い紙を炙り始めた。


じりじりと文字の下の余白を炙り、焦げ始めたが隠されたヒントは浮き出てこなかった。


「勘違いだったかな……」


赤野は炙る場所を変え、文字の上の余白を炙り始める。


再びじりじりと焦げる音と臭いが静かな部屋に広がっていく。


紙が茶色く変色し、一部だけ周りの紙の表面よりも早く焦げる所があった。


「あ! 文字だ!」


炙り出された文字は【ち】という一文字だけだった。





【文字が浮き出た紙2を手に入れた】




「どういう意味だろ……」


「これだけじゃ分からないけど、今までの紙を全て炙る必要がありそうね」


私は炙り出した2枚の紙を重ね、四つ折りにしてズボンのバックポケットにしまった。


「さぁ、目玉を入れに行きましょ」


私たちは廊下の安全を確認してから、再び絵画の部屋にやって来た。


赤野が『最後の晩餐』と私を交互に見つめる。


「な、なに……?」


眉を寄せて考え込んでいる赤野に首を傾げる。


「肩車しても手が届くのかなって」


「確かに微妙な高さね。でもやってみないと分からないわ」


「じゃぁ俺が土台やるから、折笠さんは上に乗って」


赤野は持っていた青い目玉を私に手渡し、イエスの前にひざまずいた。


「重くても文句は受け付けないからね」


私は跪く赤野の背中に声を掛け、左足を上げて肩に太ももを乗せた。


赤野の頭に手を置くわけにはいかないので、目の前の壁に手を付いて体を支える。


「いくわよ?」


「ん」


赤野を心配しながら、ゆっくりと体重を下ろし、右脚も肩に乗せた。


「動くよ」


赤野は右手で私の太ももを押さえ、壁に左手を付いてゆっくりと立ち上がる。


倒れないように、前に体重を掛けて壁に付いた手で体を支え、赤野の負担を減らす。


視界が高くなり、壁に触れていた手を絵画の上に乗せる。


イエスにゆっくりと近付いて行く。


イエスの体に触れられる高さになり、あと少しで顔に手が届くのに体の上昇は止まってしまった。


「どう? 届いた?」


赤野の声が下から聞こえて、私は苦笑いを浮かべた。


「ごめん、あと少しなんだけど……」


限界まで伸ばした手はイエスの顎に触れられるが、肝心の黒いくぼみには手が届かない。


「やっぱりか。そしたら、肩の上に立ったら届く?」


「それなら届くけど、大丈夫?」


「俺は大丈夫。ただパンプスは脱がすよ」


赤野は太ももを押さえていた手で右足のパンプスを脱がして床に落とした。


左足のパンプスは自分で脱いで床に捨てた。


右脚の膝を曲げ、ストッキングに包まれた足で赤野の肩を踏む。


「痛いかもしれないけど、少しだけ我慢してね」


私はゆっくりと左脚の膝も曲げて赤野の肩の上で立ち上がり、イエスの顔に触れる。


中腰になると、イエスの顔と自分の顔が平行になった。


ポケットから目玉を取り出し、イエスの左目にその目玉を入れ、続けて右目もはめ込んだ。


目玉はぴったりとはまったが、目玉の半分しか入らなかったので、イエスが驚いて目を丸くしている様な絵になってしまった。


「どう?」


下を向いたままの赤野は心配そうに状況を尋ねて来る。


「ちゃんと入ったんだけど、何も起きないわ」


今までは指示通りに行動すれば何処かの扉のカギが開いたりするのだが、今回は物音一つしない。


私は赤野の肩から降りて、脱ぎ捨てたパンプスを拾い集める。


「目が無いのも気持ち悪かったけど、あったらあったで気持ち悪いね」


赤野は目玉の付いたイエスを見上げて苦笑いをする。


パンプスを履き、赤野の隣で平面に立体的な目玉が不釣合いなイエスを見上げる。


黙って何処かに異変が無いか見つめていると、イエスが瞬きをした。


上瞼と下瞼が飛び出した目玉を包み込んだのだ。


「うわッ!」


「うわッ!」


私と赤野の声は重なり、瞬きを忘れてイエスを凝視した。


瞬きをしたイエスは、今度はゆっくりと目を閉じる。


すると立体的な目玉が絵画の中に取り込まれていく。


そして目玉は平面になり、イエスの一部と化した。


艶やかな瞳が上下左右に動き、イエスの右側に座るユダを発見する。


イエスはテーブルの上に乗せていた右手を、自分の懐に入れ、銀色に輝くナイフを取り出した。


「まさか……」


イエスの行動を悟った時だった。


イエスは立ち上がり、ナイフを振り上げるとユダに狙いを定めた。


そして勢い良く振り下ろしたナイフはユダの首を傷付けた。


瞬間、血を思わせる真っ赤な絵の具が飛び散る。


赤くなったナイフをユダの首から引き抜き、振り上げた腕を再びユダに振り下ろす。


それを何度も繰り返し、その度に赤い絵の具を飛び散らせる。


そして遂にユダの首は、イエスによって切り落とされた。


赤い絵の具が絵画の中に飛び散り、イエスやヨハネの顔が汚れている。


イエスはナイフを振り下ろした状態で静止する。


ユダの頭部は白いシーツを掛けたテーブルの上に転がり、赤い染みを作った。


切断された首からは真っ赤な肉と白い骨が剥き出しになり、流れ出した血の様な赤い絵の具はユダの腕を伝ってテーブルに広がって、生首が作った染みと繋がった。


赤い染みは大きくなり、テーブルの端から赤い絵の具が垂直に流れ落ちる。





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