【外した南京錠を机に置く】


私は鍵が刺さったままの南京錠を近くの簡素な机の上に置いた。


「この部屋はもう調べる所がないから行きましょ」


私は赤野に声を掛けて扉に向かった。


私たちは横に並んで部屋から出ようと扉に向かうと、背後から物音が聞こえて来た。




ガタガタガタガタガタガタ……



ゴトゴトゴトゴト……




振り返ると、大きなクローゼットが前後に揺れていた。


地震が起きているわけではない。


内側から衝撃を与えている様な揺れ方だ。


「な、何なの……!?」


「まさか、カエル!?」


「カギ閉めてないわ!!」


私は簡素な机に駆け寄り、赤野は内側からの衝撃で開けられないようにクローゼットに飛び付いた。


だが私たちの判断が遅く、クローゼットからは大量のカエルが溢れ出てきてしまった。


「うわぁッ!!」


「赤野君ッ!!」


勢い良く開いた扉のせいでその場に尻餅をついてしまった赤野に、大量のカエルが降り注ぐ。


「うわぁ!! あっち行け!!」




ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……




「なんで生きてるの!? フィギュアだったじゃない!?」


「気持ち悪いっ!! やめろ! 来るな!!」


「赤野君、大丈夫!?」


私は赤野に襲い掛かるカエルの群れを手で振り払って救出するが、彼の皮膚が赤くただれていた。


「目が痛いッ!!」


目を瞑る赤野は涙で睫毛が濡れていた。


目の周りも真っ赤になっている。


「カエルの毒が目に入ったのね!?」


早く水で洗わないと失明してしまうと思ったが、水は一階の花瓶の部屋に置いてきてしまっている。


急いで取りに行かなければ。


でもカエルを始末しないと赤野は襲われ続けてしまう。


私は赤野からカエルを追い払いながら、彼を小さいクローゼットに運び込む。


だがカエルはいくら追い払っても、鳴きながら赤野に襲い掛かって来た。




ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……




「もう! あっち行って!!」


腕を振りながら叫ぶと、私の口の中に一匹のカエルが突っ込んできた。


「んぐっ!? ……ゲホゲホッ……ぺっ、ぺっ」


吐き出せば、赤野が棚に戻した緑色のカエルだった。


カエルの体を覆う粘膜は甘く、ほろ苦かった。


ピリピリと舌を痺れさせる。


咄嗟に吐き出したが、ほろ苦さは痛みに変わり、舌が腫れている様な感覚になる。


その不快感はすぐに体内に入り込み、舌よりもデリケートな喉を刺激した。


息苦しさを感じながらも、私より重症な赤野をクローゼットに押し込もうとするが、彼の体を押す腕に力が入らなくなってしまった。


「赤野君、クローゼットの中に……ッ!!」


声を出すと喉に電気が走るような痛みを感じる。


私だけの力では赤野を動かせないと判断して彼にも動いてもらおうと思ったのだが、彼の顔を見て言葉を詰まらせる。


赤野の顔の皮膚が赤くなり、黒紫色の斑点が広がっていたのだ。


息が上がっていて、とても苦しそうだ。


目が合った赤野は充血していて、焦点が定まっていない。


「赤野君!? 私の事見える!?」


常に飛んでくるカエルを振り払いながら、赤野の充血した目を見る。


「ぅうッ……痛くて暗くて何も見えない」


もう手遅れだった。


赤野はカエルの毒で失明してしまったのだ。


私は腕の感覚が麻痺し、喉の痛みも増している。


カエルの粘膜が触れた唇は赤く腫れあがり、炎症を起こしている皮膚は熱を持っていた。


それでも私は肩だけ動く腕を鞭のように扱い、飛び掛かって来るカエルをなぎ払う。


「赤野君! もう少し我慢して! カエルを蹴散らして、必ず水を取ってくるわ!!」


もう手遅れだと分かっていても、もしかしたらという小さな可能性を信じてしまう。


「ゲホゲホ……ウッ、オウェッ……オエッ……」


「赤野君ッ!?」


赤野は毒のせいで嘔吐していた。


私は慌てて赤野に駆け寄ったせいで油断していた。


私の両目に赤いカエルと青いカエルが飛び込んできた。


「きゃぁあッ!!」


口内の時とは違い、瞬時に激痛が走る。


眼球が熱くなり、急激に視界が狭くなる。


「あぁ、そんなッ! 目が!!」


喉や口周りの痛みも相まって、顔全体が火だ点いたように熱く、痛かった。


視界を奪われ、もう耳だけが頼りだというのに、赤野の声はもう聞こえなかった。


「せき、の……君……返、事して」


唇と舌の感覚が無くなり、上手く言葉を発することができない。




ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……



ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……




カエルは愉快そうに鳴きながら、倒れている私たちに覆いかぶさってくる。


泥臭いニオイに「あぁ、私たちはカエルに殺されてしまうんだ……」と思いながら、毒のせいで麻痺し始めた脚を必死に動かした。


最初はカエルを蹴散らしていた脚も、やがて痛みと痺れで動かなくなる。


飲み込んでしまった毒が身体中に回ってしまったのだろう。


この痛みが感じなくなったら終わりだと思いながら、私の意識は薄れていく。




ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……



ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……



ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……




最後まで鼓膜を震わせていたのは、忌々しいカエルの鳴き声だった。





折笠玖美・赤野青羽 死亡ルート


《BADEND√2 可愛いものには毒がある》

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