勘違い




徘徊していた甲冑の足音は聞こえなくなったので、きっと大丈夫だろう。


私はただの落とし穴になってしまった床に、板で蓋をしてから立ち上がった。


キョロキョロと部屋を見回しながら、この部屋の扉に歩み寄る。


「扉があるって事は、屋根裏部屋ではないわね……」


カギが閉まっていたら赤野が来ても合流する事が出来ないので、確認のためにドアノブをゆっくり回した。


ドアノブは簡単に回り、扉が引き開けられる事が確認できたので扉を閉めて振り返る。


改めて、部屋を見回した。


天井が斜めになっているのを見ると、屋根裏部屋なのかもしれない。


板と木の棒で作られた機能性の無い簡素な机と椅子、幾つかのチェスト。


同じ様な作りのクローゼットや本棚にベッド。


簡素な作りだが、バリは無くつやつやと触り心地は良いので、素材は上質な物だろう。


机の上には何も無い。


近付いて、机の下に設置された三段のチェストを上から順番に開けていく。


一段目の引き出しを開ける。


中には何も入っていなかった。


二段目にも何も入っておらず、埃すら出てこなかった。


三段目は他よりも大きい引き出しだが、やはり何も入っていなかった。


「ハズレか……」


何も無かった机から離れ、今度は小さい方のクローゼットを調べる事にした。


クローゼットの両扉を開けると、中には大きさ・色・柄などが全く同じ背中の布が長いタキシードが5着ハンガーに掛けられて並んでいた。


主人の物なのだろうか。


いや、今は誰の物でも関係無いので1着ずつタキシードのポケットを調べ始める。


胸ポケットや内ポケットにも手を入れて調べていると、4着目で小さなカギを発見した。




【小さなカギを手に入れた】




念の為、5着目も調べたが、何も入ってはいなかった。


この小さなカギは一階の青い扉の部屋で見つけたカギやワインに入っていたカギとは形が違う。


先に見つけた2つのカギは、クローバーのような形をしていて、鍵穴に差し込む細く長い棒が伸びている。


その棒の先に四角く小さな鍵山が2つある金色のアンティーク調のカギだ。


今ポケットから発見したカギは頭の部分には細い紐が通せそうな小さい穴が開いていて、鍵幅は太くギザギザした鍵山が両側に2つずつあった。


クローゼットの下にはカギの付いていない小さな二段の引き出しがあり、二段とも手袋や靴下、ハンカチなどの小物類が入っているだけだった。


同じ背広や白い手袋、簡素な作りの家具などから、やはり執事の部屋なのだろう。


私は小さなクローゼットの扉を閉め、隣の大きなクローゼットの前に立った。




カシャ……カシャ……




また甲冑の音が、どこからか聞こえてくる。


部屋の周りを動いているのか、音が遠ざかる気配が無い。


部屋の中には入って来ないのだろうが、足音が聞こえて来るだけで、不安になる。


カシャ……カシャ……カシャ……


扉に足音が近付いて来る。


大きなクローゼットの扉に手を掛けるが、甲冑が扉の近くを動いているので、なるべく部屋で物音は立てないよう、手を止める。


扉から足音が遠ざかるのを待つ。


カシャ……カシャ……カシャ……カシャ……


扉の前を通り過ぎる。


「ふぅ…… 」


安堵の溜息を吐いた瞬間だった。


ドアノブがゆっくりと回り始める。


甲冑が近くに居るのだから、赤野の可能性は無い。


だとすると徘徊している甲冑とは別の甲冑がドアノブを回している事になる。


こんな狭い部屋で甲冑に見つかってしまえば、逃げる前に殺されてしまう。


私は大きなクローゼットから離れ、小さなクローゼットの扉を開けて、中にしゃがみ込んで身を潜める。





ガチャ……



ギギギギギ……



パタン。





扉が開けられ、しっかりと閉められた。





カシャ……カシャ……





クローゼットの中に隠れていても、甲冑の足音が小さいがはっきりと聞こえる。


私の隠れているクローゼットに甲冑が近付いて来る気配がする。


「――ッ!?」


口元を両手で抑え、出そうになる悲鳴を必死に飲み込む。


どうか見つかりませんように、と願いながら目を瞑る。


だが私の願いは届かず、甲冑がクローゼットの扉に手を掛けた。


「ん?」


疑問に思った時には、クローゼットの扉は何者かの手によって開かれていた。


「何やってんの? 折笠さん」


眉を寄せ、不思議そうな顔をした赤野が私を見下ろしていた。


「あ、いや…………」


私はクローゼットの中から這い出た。


「扉が開いたら、甲冑の足音が……」


「あぁ……扉の近くに居たから、多分その足音が聞こえたのかも。物音立てない様に俺の足音消してたんだけど、気づかなかったみたいだね 」


「部屋に入って来た時はね。赤野君がクローゼットに手を掛けた時には気づいたわ」


部屋の扉を開けた時は甲冑の足音が聞こえていたから赤野だとは思わなかったが、クローゼットに手を掛けた時は既におかしい状況だという事に気が付いていた。


「ふーん、そっか。あ、部屋は調べ終わってる?」


赤野は簡素な机や椅子を見つめ、クローゼットをチラッと見てから、私に視線を戻した。


「まだ途中よ。でもカギは見つけたわ」


私はジャケットのポケットに入れていた小さなカギを赤野に渡す。






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