第三階

隠し部屋




恐怖音が消えて静かになった部屋で、二人の荒い呼吸の音だけが聞こえる。


扉を突き破って入って来た甲冑は私たちが青い扉の向こうに消えると、その青い扉には体当たりせずに居なくなってしまった。


だが遠くの方では甲冑の小さな足音が聞こえる。


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」


赤野は腰を抜かした様に座り込み、目を瞑って天井を見上げた。


「この部屋があって良かったわ……」


私もその場に座り込み、扉に背中を預けた。


目を瞑ると鼓動の音が大きくなったように聞こえる。


「ってか……こんな部屋無かったよね? 扉を見た記憶がないんだけど……」


「カギが開く前に何か重たい物が擦れる音がしたじゃない? それ、この部屋のクローゼットが動いた音だったのよ 」


赤野がカエルを発見した白いクローゼットが右側に移動し、青い扉が出現していたのだ。


「あぁ……。あ」


納得した赤野は何かに気が付いたのか、音の様な感情の無い声を上げた。


「どうかした?」


目を開けて赤野を見ると、その赤野は目を開けて天井を見上げていた。


私も視線の先の天井を見上げると、壁に面した天井部分に四角い切れ目があり、縄ばしごが垂れていた。


「ここから三階に行けるかもしれないわね」


「そうだね。外はまだ甲冑がうろうろしてるだろうし……」


赤野が立ち上がる動きを見せたので、私もふくらはぎを摩りながら立ち上がると、机の上が視界に入った。


「そう言えば、この部屋は青い扉だったわね」


机の上にはバラの刻印が描かれた表紙の日記が置いてあった。


私は机の前の椅子に座り、その隣に赤野が立って開いた日記を覗き込む。




『じぃにおこられた。

おいかけられるほど、おこられたのははじめてだったけど、楽しかった!

そしたらけしょう室に見たことないドアがあって!

じぃがおいかけて来ない間に中に入ったら上に行けるハシゴがあったの!

ひさしぶりにワクワクした!

早くおしえてあげたいな!

きっとびっくりするだろうな!

いつ……会いに来てくれるのかな』




やはり三階に行けるようだ。


狭い部屋には机と椅子の他に何もないので、縄ばしごを使って三階へ行くことにした。


日記を閉じて、縄ばしごの先の天井を見つめた。


「耐久性は大丈夫かな……」


赤野が縄ばしごの足を掛ける木製部分を掴んで下に引っ張ってみる。


麻縄部分がギシギシと軋む音がするが、問題はなさそうだった。


「私が先に行くわ。何があるか分からないし」


赤野と縄ばしごの間を割って入り、縄ばしごを掴む。


赤野は渋々一歩後ろへ退がったので、右足を掛けて体を引っ張り上げる様に右手に力を入れた。


「気を付けて」


赤野に見送られ、私はゆらゆらと揺れる不安定な縄ばしごを登って行く。


登ってみると思ったより高さがあり、落ちても死にはしないが怪我は免れないだろう。


慎重に登る。


天井の四角い切れ目は蓋をするための板で、手で簡単に押し上げられるほど軽い物だった。


少しの隙間から、上の階の様子を伺う。


音はしなかった。


壁のくぼみにロウソクの炎が見えるので、視界を奪われる事は無いだろう。


私は板を全てどかし、縄ばしごを登り切って上の階段の埃っぽい床に手を付いて、腕力で体を持ち上げた。


「どう? 大丈夫そう?」


心配そうに赤野が縄ばしごを掴みながら、こちらを見上げている。


素早く周りを見回し、上がった場所が、部屋であり扉が閉まっている事を確認してから赤野に視線を戻す。


「大丈夫よ」


赤野が縄ばしごに足を掛け、ギシギシと縄を軋ませながら登ってくる。


私と同じ様に縄ばしごを登り切り、床に手を付いた時だった。




ブチッ……




「あ――!」


縄の切れる音と共に、私の目の前に来た赤野が小さくなってしまった。


「赤野君!」


咄嗟に手を伸ばしたが、赤野が手を伸ばさなかったので、助けられなかった。




ドスンッ!




2m以上はある高さから落下した赤野は腰を打ち付けて床に倒れた。


「イデッ!」


落下する中で頭を守る為、後頭部に両手を回したお陰で、頭を強打することは免れた。


だが、腰が犠牲になってしまった。


「だ、大丈夫!?」


腰を摩っている赤野を、三階の床に手を付いて覗き込む。


「だ、だい……じょぶ……」


赤野は服の中に手を入れ、床に打ち付けた腰を触り、出した手の平を見る。


痛みに耐えながらも安堵の表情をしたので血は出ていなかったのだろう。


その様子を見て私も安心する。


「はぁ……私が手を伸ばした時に手を出さないからよ……」


「2人で落ちると思ったからだよ。落下する時に1人の方が怪我が少ないし、一人分の大きさの穴から2人で落ちる方が、引っかかったりして危ないと思ったんだ」


「私は警察よ? もう少し頼ってくれても良いんじゃない?」


立ち上がって服に付いた埃を払う赤野に、少し困り気味に伝えた。


「別に頼ってない訳じゃないよ。ただ男の俺が女の折笠さんに守られっぱなしなのは……かっこ悪いじゃん」


男だ女だと言っている場合ではないのだが、性別を気にしてしまうのは、やはり思春期だからなのだろう。


「助け合わなきゃ。男も女も関係ないわ」


私は眉をハの字にした。


「じゃあ……警察だからって危険な目に遭わせるのは良くないと思うんだ」


生意気に口角を上げる赤野に、言い返す次の言葉が見つからない。


「だから、俺は階段で上がるから、折笠さんはそこを動かないで」


縄ばしごの片方の麻縄は千切れ、片方だけでは赤野を支えられないだろう。


体重を掛ければ千切れてしまいそうだ。


「1人は危険よ! 私がそっちに行くから一緒に三階に行きましょ」


「そこから落ちて、もし足首捻ったらどうするの? 廊下で甲冑に遭遇したら逃げられないよ」


痛い所を突かれてしまった。


"もしも"の話をされては言い返すことが出来ない。


降参の意味を込めて、私は大きな溜息を吐いた。


「分かったわ……急がなくて良いから、慎重に。気を付けてね」


後のことを考えていなかった訳ではないが、未成年を危険な目に合わせたくはなかった。


刑事として、大人として。


でも今はそんな事を言っている場合ではない。


脱出に時間制限がある訳ではないが、一刻も早くこの屋敷を出て新鮮な空気を吸いたい。


「折笠さんはその部屋の中を調べて待ってて。絶対に外に出ちゃダメだからね 」


私を見上げていた赤野は、それだけ言い捨て私の視界から姿を消した。


扉が少し開いてから、しばらくしてパタンと閉まる音が聞こえた。


下の部屋からは何の音も聞こえなくなった。




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