太った男




「ぅわぁぁぁぁあああああッ!! 」


「きゃぁぁぁああああッ!! 」


「ぇえッ!? 」


2つの悲鳴と驚きの声が部屋中に響いた。


「あ……貴方は…… 」


白いシーツの下からは、ぶくぶくとが現れ、大慌てで大きな尻を床に擦り付けながら私との距離を取った。


人だと解り、向けていた拳銃をホルスターにしまう。


「……塚本、さん? 」


私の背後から顔を出した赤野が男に問う。


「なんで…… 」


男は私の隣に来た赤野と私の顔を交互に見つめた。


どうやら驚いて目を丸くしている男が谷原の言っていた先輩の塚本のようだ。


谷原から塚本の特徴を聞いておくべきだったと後悔した。


「貴方の後輩の谷原さんから聞いたの 」


「た、谷原に会ったのか!? 」


塚本は腹の肉を揺らしながら勢い良く立ち上がり、すがる様に私の両肩を掴んだ。


「し、下の階で一緒だったの…… 」


「だった、って……じゃあ谷原は…… 」


「殺されてしまったの…… 」


巨大なオーブンの中で人体がアイスのように溶けてしまった谷原の姿を思い出し、助けられなかった悔しさで下唇を噛んだ。


私の両肩を掴む塚本の手の力が緩む。


「……あの、甲冑に……?」


「いえ……炎に、焼き殺されて……」


「そ、そんな……」


塚本は私の両手から手を離し、頭を抱えた。


「別々に逃げてなかったら……お互い必死で……気が付いたら……」


嘆く塚本は膝をついた。


私たちが生きているのは谷原が死んだからだ。


「貴方は、刑事さんか?」


何と声を掛けていいか分からず、足元の塚本を見つめていると彼が顔を上げた。


「え、えぇ。警視庁の折笠玖美よ。よろしく。後ろに居るのが赤野青羽君 」


簡単な自己紹介をする。


「俺は塚本浩輔つかもとこうすけ。この屋敷からの脱出ルートは……?」


塚本は不安げに聞いてきた。


「……それを探しているわ」


「そうか……。じゃあ役に立つだろうから、これを渡しておくよ」


塚本はポケットから取り出した白い紙を私に差し出した。


「これは?」


四つ折りになっていた紙を広げる。


地図だと思うんだけど……


各部屋の名前は書いていなかったが、一階の間取りは私の記憶と同じ事から、この屋敷の地図だと分かる。




【屋敷の地図を手に入れた】




地図の右上には方位マークの絵が描かれていた。


階毎に地図が描かれている。


「本当だわ。だとするど私たちが居る部屋はここね」


「俺はカギの開いてたこの部屋しか知らなかったから、最初は子供の落書きかと思ってたんだ」


確かにクレヨンで描かれた地図は線が真っ直ぐでなかったり、所々汚れていたりと不恰好で地図と呼ぶには可愛らしさがあった。


「……ここに来るまでに、カギの掛かった扉がいくつかあったと思うけど」


赤野の冷たい視線が塚本に注がれる。


私もその事について聞こうと思っていたのだが、赤野に先を越されてしまった。


「確かに扉はいくつかあったけど、どこもはずだ」


塚本は赤野の言葉に不思議そうな顔で答えた。


装っている様には見えず、どうやら本当にカギは掛かっていなかったようだ。


「ふーん」


赤野は納得していない返事だったが、それ以上は質問しなかった。


「あの……」


塚本は困った様な、少し恥じらうような声で私に話しかけて来た。


「……何かしら? 」


「何か食べ物を、持ってたりしませんか? 」


「持ってないよ 」


クッキーを持っているのに赤野は私より先に口を開いて、冷たい視線を塚本に向けた。


赤野は塚本をあからさまに警戒していた。


「そうですよね……しばらく何も食べてなくて……」


グゥ~グゥ~鳴るお腹を塚本は恥ずかしそうに摩る。


私たちが持っているクッキーだけでは、塚本の胃袋は満たせないだろう。


「昨日の朝からですもんね……。どこかに食料があるかもしれないから、とりあえず、この部屋を軽く調べてから他の部屋に行きましょ」


「あとは何か明かりになる物があれば良いんだけど……」


私は机を調べ始める。


赤野は油絵の方へ歩いて行った塚本を見て、本棚に向かった。


「折笠さんは、何でお化け屋敷に?」


机の上には数枚の白紙の紙があるだけだったので、チェストの引き出しを上から開けていると、油絵を調べに行ったはずの塚本が後ろから話しかけてきた。


「私は調査に来たんです。まさか閉じ込められるとは……」


私は二宮の事を思い出す。


1人でどこを調べに行ったのだろう。


頼りない相棒を思い浮かべながらも、引き出しを調べる手と目は止めなかった。


どの引き出しも空か、何も書かれていない紙やノートしか入っていなかった。


私が話し相手になってくれないと悟った塚本は、フラフラと部屋の中を歩き始めた。


赤野に警戒されていると分かっているようで、彼には話しかけなかった。


「本と本の間に挟まってたよ」


しばらく3人黙って探索をしていると、本棚を調べていた赤野が四つ折りになった紙を持って来た。


受け取った紙の端には破れた跡があり、一階の青い扉の部屋にあった日記が数ページ無くなっていたのを思い出す。




【破られた日記①を手に入れた】




『わたしにはとっても大切で、大すきなお友だちがいたの。

またくるね!って言ってたのに

お友だちは、来てくれなくなった。

1人はきらい。

だから早く来てくれないかな。

わたしは待ってるよ。

このおやしきで』




「日記の切れ端ね。私が預かっておくわ」


私はスラックスの左ポケットにしまった。





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