未確認生物




右側から近付いてきた音は、一定の速度で前に進み、私たちの居る部屋の前に差し掛かった。


そのまま通過するのだと油断していると、甲冑は部屋の前で足を止めてしまった。


「ッ!? 」


悲鳴を上げそうになり、慌てて手で口を押さえた。


チラッと赤野を見ると、驚いた様子で瞬きをしていた。


数秒が数分にも感じられた。




カシャン……カシャン……カシャン……




再び甲冑の歩き始める音が聞こえて、小さく安堵の溜息を漏らす。


甲冑はそのまま歩きながら私たちが登ってきた階段を降りて行き、やがて、足音は聞こえなくなった。


「ねぇ、今、見回りは右側から来たよね? 突き当たりの赤い扉は開いてるのかな?」


「かもしれないわね。今なら調べに行けるかも」


「廊下に出て、うろうろするのは危険だから先にどの部屋に行くか決めておかない?」


赤野の提案は尤もだった。


一階に降りて行ったからといって、今まで聞こえなかった足音が突然したのだ、油断は出来ない。


「それじゃあ向かいの部屋に行ってみましょ」


「わかった」


赤野が頷いたので、扉を少しだけ開けて廊下の様子を伺った。


安全を確認してから廊下に出ると、素早く目の前の茶色の扉を開けた。


「えっ??」


「ヤバイヤバイッ!」


扉を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは暗闇だった。


視界を奪われてしまっては危険だ。


簡単に殺されてしまう。


スマホのライトを使うのも手だが、バッテリーが減ってしまうとこの先何があるか分からないので、なるべくスマホは使いたくない。


先の見えない暗闇に怖くなった私は扉を閉めた。


「この部屋は後よ。他をあたりましょ」


「じゃあ隣の部屋に行こう」


赤野は一階へ続く階段を心配そうに見つめながら言った。


私たちは足早に隣に移動し、ドアノブを赤野が回した。


だが、鍵が掛かっていて扉は開かなかった。


「残るは後ろの扉か……」


赤い扉はあるが、おそらく三階へと続く階段だろう。


甲冑の足音が聞こえてきたのは右側からだったのだから、この扉は開いているはずだ。


試しに私はドアノブを回したが、鍵が掛かっていて赤い扉は開かなかった。


「せ、赤野君……この扉開かないわ」


「じゃ、じゃあ……甲冑はどこから来たの……? 扉の開いた音はしてないと思うけど……」


「その場に突然出現するのかしら……とりあえず廊下の危険性が高まったわね」


「そうだね。早くカギの開いてる部屋を見つけようか」


赤野は青い扉の左隣の扉を見つめる。


そしてドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと回した。


緊張した空気は、ドアノブが最後まで回った事により和らいだ。


「暗くないから中を調べられそうね」


ロウソクの炎が部屋の中を照らし出している事に安心した。


赤野の後ろから、背伸びをして部屋の中の様子を伺う。


「早く入ろ? 廊下は危ないから」


「そうね」


赤野に続き、私は部屋に入って扉を後ろ手で閉めた。


「ここは……」


「子供の部屋だね」


赤野は勉強机や分厚い本が並ぶ本棚がある部屋を見回して呟いた。


私の思う子供部屋は、ぬいぐるみや可愛い柄のシーツが付けられたベッドが置いてある様な部屋である。


「子供が使う部屋なのは確かだと思うけど、こーゆーのは勉強部屋って言わない?」


「俺の部屋は小さい頃から、こんな感じだったんだけどな……」


私の言葉に赤野は、不思議そうに首を傾げた。


「おもちゃとか……男の子なんだし、特撮物の変身ベルトとか、部屋になかったの?」


「いや、良くないからって見せてもらったことないな」


赤野は壁で揺らめくロウソクの炎を見つめていた。


子供の頃を思い出しているのだろう。


遠い目をしている。


改めて、赤野は勉強以外の事はさせてもらえなかったのだと分かり、可哀想だと思った。


私は赤野に子供の頃の質問をするのを止め、話題を探す様に部屋を見回した。


勉強机や本棚、描きかけの油絵の他に、よく見れば目立つ物が置いてあった。


何かに白いシーツが掛けられていて、雪山が出来ている。


「何かしら……あれ 」


白い山は綺麗な曲線を描き、シーツは床に付いていているので下に何が隠れているのか分からなかった。


「触りたくないけど、調べないとけいないよね……」


赤野は白い山の前に立ち、シーツに手を伸ばした。


「待って!」


私が慌てて止めると、赤野は伸ばした手を引っ込めて此方に振り返った。


「何があるか分からないから、私がシーツをめくるわ。赤野君は扉の所に立って、何かあった時はすぐ逃げられる様にしておいて 」


「……1人じゃ逃げないからね」


赤野は白い山の前から退くと、私の目を真っ直ぐ見つめながら言った。


かっこいい事を言ってくれるが、私には生意気な発言にしか聞こえず、思わず口角が上がってしまった。


「何で笑ってんの……」


眉をぐっと寄せ、あからさまに不満な顔をする。


「そう簡単には、殺られないわよ 」


私はジャケットの左側をめくり、ホルスターに入れられた拳銃を見せた。


「銃じゃ勝てない相手かもよ?」


「その時は銃を捨てて逃げるわ」


そう言うと、赤野の眉間のシワが無くなった。


赤野は私の言う通り、扉の前に立った。


私は白いシーツに手を掛け、ホルスターから取り出した拳銃を構えた。


「準備はいい?」


チラリと横目で赤野を見る。


赤野はそっとドアノブに手を掛け、準備が完了した事を目で合図する。


「めくるわよ」


早くなる鼓動を沈める様に、息を吸って、大きく吐いた。


そして私は白いシーツを勢い良くめくった。





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