第二階
5つの部屋
階段を登り切ると、真っ直ぐ廊下が伸びていた。
廊下の突き当たりには赤い扉が見える。
左右には等間隔で扉が2つずつ並んでいて、廊下の右側の手前には青い扉があった。
「とりあえず安全な青い扉の部屋に入りましょう 」
「そうだね。廊下の方が危険だし 」
私たちは青い扉の部屋に入った。
部屋の中は一階の部屋と同じで沢山の本が並ぶ本棚や、机と椅子があり、その机の上には一輪の黒バラが挿さった花瓶が置かれていた。
カラフルな背表紙にタイトルが書かれていないのも、机の上にバラの刻印がされたノートが置かれているのも同じだった。
「また日記かしら? 」
ノートを手に取り、表紙をめくる。
一階のとは違い、文章が一行ではなかったので椅子に座って読むことにした。
『バイバイしてから、もう何日もたつ。
こんなに会わなかったことなんてなかったのに。
かぜひいちゃったのかな?
だったら心ぱいだな……。
大じょうぶかな……。
早く元気になるように、おほしさまにおいのりしておかないと』
一階の日記は一言だけだったが、この日記の内容は友達の心配をしている心境が綴られている。
「この友達が来なくなったから、一階の日記に『一人になった』って書いてあったのね」
この子の友達は何故会いに来なくなったのだろうか。
白紙のページが続き、またカギがあるかもと思って最後までページをめくってみたが、今回は何も入手出来なかった。
赤野は日記に何も隠されていないと分かると本棚に向かった。
日記を閉じて、私も本棚を調べ始める。
赤野が1番上の段の本を取ったので、私は二段目の緑色の本を手に取った。
表紙には「テーブルマナーについて」と金色の文字で書かれている。
★ワイン ※お酒は成人してからです。
ワイングラスは足を持ちます。
ワインを飲む時は色を見て、少し揺らして香りを楽しみ、その後口に含んで味わいます。
★スープ
音を立てて飲んではいけません。
手前から奥にすくっても、その逆でも、どちらでも構いません。
★ナイフとフォーク
テーブルに沢山のナイフとフォークが並んでいる場合は外側から使用します。
食べている途中でナイフとフォークを置く場合はお皿の4時40分の位置に置き、食べ終わったら4時20分の位置にナイフとフォークを置きます。
★食器の扱い方
取っ手の付いている食器は、手で持って食べる事が出来ます。
付いていない食器は、テーブルから持ち上げてはいけません。
★食べるペース
なるべく同じテーブルの人と合わせるようにしましょう。
早過ぎても遅過ぎてもいけません。
★食べる順番
1・食前酒(無理に注文する必要はありません)
2・前菜
3・スープ
4・魚介メイン料理
5・お口直しのシャーベット
6・肉類メイン料理
7・デザート
8・コーヒー
ページをパラパラと適当にめくっていると、柔らかな字体と可愛らしいイラストで子供向けの本なのだと伺える。
ナイフとフォークを使う料理なんて毎日食べるようなものではないため、テーブルマナーなど知っている事の方が少ない。
この屋敷で暮らしていた日記の持ち主は、幼い頃から色々なマナーについて教わっていたのだろう。
育ちは良いのだろうが子供らしい事はあまりさせてもらえなかったのかもしれない、と勝手な想像をして哀れに思った。
きっと日記に出てくる友達と一緒に居る時が唯一、子供らしくいられたのだろう。
「そっちは何の本だった? 」
隣で開いたページを真剣に読んでいる赤野に問う。
「花の図鑑」
ほら、と読んでいたラフレシアのページを見せてくれた。
大きく写真が載っていて、細かく説明が書かれている。
花言葉まで記載されていた。
「ちょっと貸して? 」
私が読んでいた本と赤野が読んでいた本を交換して、黒バラについて調べてみることにした。
索引で黒バラのページを探すと【黒真珠】【ノワール】【真夜】など黒バラにもいくつかの品種がある事が分かった。
だが、索引の品種名だけでは分からないので、黒バラの先頭ページである【黒真珠】から順番に見て行くことにした。
【黒真珠】
日本を代表するビロード系の黒バラである。
ビロードというのは"ふさふさした毛"という意味で、バラでは花びらの質感の表現で"なめらか"艶やか"などを指す。
黒真珠の写真は無知の私が見ても綺麗だと思うが『黒』ではない。
この屋敷の周りや花瓶に挿さっている黒バラは真っ暗なのだ。
ページをめくり【ノワール】の写真を見つめる。
「これも違うわ…… 」
黒っぽい赤なのだ。
その次のページの【オクラホマ】【パパメイアン】も同様に『黒っぽい赤』であった。
ページをめくり【ルイ14世】の写真の下に並ぶ文字に目を走らせる。
【ルイ14世】
バラの中で最も黒に近いバラと言われ、秋が深まる頃には、より黒みを強める。
香りが強い芳香種でもある。
確かに図鑑に載っている秋のルイ14世は他の品種に比べて黒に近かった。
たがやはり、ここに咲く黒バラとは違っていた。
それに香りも無い。
「赤野君、黒バラについて何か知ってる事ある? 」
図鑑を閉じて、隣で私と交換した本を読んでいる赤野を見る。
「花についてなんて基本的な知識はあるけど、黒バラって言われると……。花に興味は無いからさ 」
頭が良くても、勉強以外の事は興味の範囲以内でなければ知らないようだ。
それもそうか、と思い直し単行本ほどの大きさの花の図鑑を本棚の1番の段に戻した。
「ん~……黒バラについて何か分かればここを脱出するヒントになると思ったんだけど…… 」
「この部屋には何も無さそうだね…… 」
赤野は本棚の端から1冊ずつ手に取って表紙のタイトルを見ては戻す、を繰り返していた。
「何かあった? 」
「おとぎ話ばっかで、今のところは…… 」
私の質問に赤野は溜め息混じりに答えた。
しゃがみ込んで1番下の段まで1冊ずつ調べたが、結局めぼしい物は見つからなかった。
「他にも部屋があったから、そっちを調べに行きましょ 」
先に立ち上がっていた赤野に声をかける。
私たちが部屋を出ようと扉に近づくと、扉の外で音がした。
カシャン……カシャン……
甲冑の歩く音だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます