枯れる黒バラ
炎のせいで部屋の温度が上がる中、私と赤野は水道と鉄格子の間を往復していた。
汗が顎からポタポタと滴り落ちる。
何度も赤野と協力してオーブンを包み込む炎に水を掛けたが、全くの無力だった。
結果、谷原はオーブンの中で焦げた肉が付着した骨になってしまった。
私と赤野は無言のまま、自分たちの足元を見つめる。
死を宣告された者を助ける事は出来ないのだろうか。
ゴゴゴゴゴゴォ……
ゆっくりと音を立てながら、目の前の鉄格子が天井に消えて行く。
カチャ……
《どこかでカギの開く音がした》
「……進まなきゃって分かってるけど、俺、やっぱり生きて出られる気がしないよ」
力無く独り言のように、赤野は谷原の死体を見つめながら私に語り掛ける。
だが私はその言葉に対して何と返事をして良いのか分からず、聞こえないフリをしてどこの扉が開いたのか調べる事にした。
この部屋には3つの扉がある。
部屋に入って来た茶色の扉は、当たり前のようにドアノブが回った。
残りの扉も調べる。
先ずは左側の黄色い扉に足を向ける。
ドアノブをゆっくり回すと、この扉のカギが開いたのだと分かる。
扉を全て開ける前に、右側の茶色い扉も調べる。
だが、ドアノブを回し切る前に途中で引っ掛かり、扉は開かなかった。
「黄色い扉のカギだけ開いたみたい」
状況を説明しながら振り返ると、赤野はまだ谷原の死体を見つめていた。
「赤野君……」
小さな声で名前を呼ぶと、無表情の中に困惑の色が見える赤野が此方に歩み寄って来た。
「……行こう」
その言葉の気持ちはまだ揺らいでいた。
赤野の恐怖や不安は私も同じだが、ここで同意するのは意味が無い。
だからと言って『頑張ろう』なんて無責任な言葉を簡単には言えない。
結局、何も言葉を掛けられないまま、赤野が黄色い扉を開けるのを見つめていた。
「……何だろ、アレ」
赤野の指差す方に目を向けると、小さな部屋は貯蔵庫になっていて、中央の1本足の小さなテーブルには緑色のワインボトルが置かれていた。
「危険な物じゃなきゃいいんだけど…… 」
私はワインボトルを手に取り、コルクを抜いた。
口の所を右手で煽り、液体の臭いを嗅ぐ。
無臭である。
「多分、水ね」
【水の入った緑色のワインボトルを手に入れた】
「じゃあ、これを花瓶に注げば 」
「そうね、早く行きましょ」
コルクで栓をする。
貯蔵庫を出て、水道から水が出るか確認する。
もしもワインボトルに入っている液体が水ではなく無臭の何か別の液体だった場合、他の場所で使うかもしれないという可能性があるからだ。
だが水道はいくら蛇口を捻っても、一滴も水は出てこなかった。
飲み水を確保したかったのだが、クッキーを作っているときに確保していればよかったと後悔した。
私はこの部屋の出口である扉に手を掛ける。
一度だけ振り返り、オーブンの中で溶け焦げてしまった谷原を目に焼き付ける。
赤野は見ない様にしたのだろう、私が谷原の死体を見つめていると分かると、即座に視線を扉に向けた。
扉を少しだけ開けて、廊下に顔を覗かせる。
見回りの甲冑が廊下に見当たらないのを確認すると、急ぎ足で花瓶の部屋に向かった。
私が扉を開けて、赤野が扉を閉める。
部屋の様子は、先ほど部屋を出た時と何も変わっていなかった。
小さなテーブルに置かれた花瓶には、相変わらず元気のない黒バラが一輪挿さっていた。
「……入れるわね」
コルクを抜き、ワインボトルを傾ける。
ドッドッドッドッ……
色の付いたワインボトルのせいで液体の色が分からなかったが、出てくる液体は無色透明だった。
ワインボトルの中の水を半分ほど注ぐと、花瓶は水で満たされた。
カチャ……
《どこかでカギの開く音がした》
「きっと、さっきの右側の扉ね」
中身が半分になったワインボトルは花瓶の隣に置いた。
「ねぇ……」
花瓶に背を向けて扉に手を伸ばすと、赤野が震える声で私を呼んだ。
「ん?」
振り返ると、花瓶を指差す赤野が目に入った。
「どうし……っ……!?」
水で花瓶を満たしたのに、黒バラは潤うどころか急激な速度で枯れていく。
やはりワインボトルの中身は水ではなかったのだろうか。
身の危険を感じたが、部屋の様子は変わらなかった。
黒バラは枯れてしまったが、カギの開く音がしたので花瓶に水を注ぐ事は間違いではないのだろう。
「枯れちゃったけど、問題なさそうね」
「みたいだね。枯れてくの見た時は殺されるかと思ったけど」
私たちは部屋を出て、調理室に向かう。
背後を警戒しながら来た道を戻り、調理室の扉を開けた。
「あっ……」
部屋に入ると赤野が違和感に気付き声を上げた。
「……無くなってるわね」
クッキーの甘い香りに交じった人体の燃える臭いを残して、オーブンの中から谷原の死体が消えていた。
私達が花瓶の部屋に行っていた数分の間に誰かが、もしくは何かが谷原の死体を回収したのだろう。
「甲冑かしら?」
「かもね。あいつらは死体も死骸も持って行くから」
「いったい、何の為に……」
疑問は浮かぶが、今は何も解らない。
「ねぇ、クッキー持って行かない?」
赤野の言葉に2つの調理台に視線を向けると、クッキーはそのままになっていた。
「そうね……でも袋なんてあるかしら?」
調理台や流しには見当たらなかった。
「仕方ない。ラップに包んで持って行きましょ」
私たちが作ったクッキーをラップで包み、各自一包みずつポケットに入れた。
【美味しいクッキーを手に入れた】
谷原のクッキー生地はオーブンを包み込んだ炎の熱で生焼け状態だったので、置いて行くことにした。
緊張や恐怖心で全く空腹を感じないが、屋敷から何日も出られないかもしれない事を考えると、クッキーでも貴重な食料になる。
念には念を、と言う事だ。
「次に進むわよ」
私は扉に手を掛けた。
ゴクリと唾を飲み込んでドアノブを回し、新たな部屋に踏み込んだ。
「食堂ね」
今までの部屋の倍以上は広いであろうこの部屋は、ふかふかの深い赤色の絨毯が床一面に敷かれていた。
部屋中央には長いテーブルが高級そうな絨毯を踏み付け、その上には未使用のお皿やフォークにスプーン、ナイフが並び、これからフルコースが運ばれてきそうな雰囲気を出していた。
「誰かが居るみたいね」
長い間放置されていたのなら埃がかぶっているはずなのに食器たちはキラキラと輝き、手に取ったスプーンは私の顔を映し出していた。
「紙が見当たらないよ」
赤野が困った様に首を傾げる。
ワインボトルや赤ワインの注がれたワイングラスは目に付くが、お目当の指示の書かれた紙は見つからなかった。
「この部屋には何も無いのかしら?」
「だったらあの扉は開いてるのかな?」
赤野は入って来た扉の向かい側にある赤い扉を指差した。
「だと良いんだけど……」
私がドアノブを回すと、赤い扉は簡単に開いた。
「おぉ」
赤野が思わず声を上げた。
赤い扉の向こうには、2階へと繋がる階段が続いていた。
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