谷原彩乃




「ぃゃぁぁぁあああああッ! 出して出してっ!! 助けてっ! 早くっ!!」


谷原の恐怖は最高潮になり、オーブンの扉を叩く力が強まる。


燃え盛る炎のせいでオーブン内の温度は急上昇。


眼球の水分が蒸発して痛むため、目を閉じて谷原は泣き叫んだ。


「水! 水で火を消すわよ!!」


折笠と赤野は大きめのボウルに水を注ぎ、鉄格子の隙間から炎に向かって水を投げ掛ける。


たが、水は炎の熱で一瞬にして蒸気と化してしまう。


「これじゃ……」


「意味が無いわ」


赤野と折笠は水の入っていないボウルの淵を握りしめた。


そんな2人の姿を嘲笑うかのように炎の勢いは強くなる。


オーブン内の温度が更に上がり、谷原の肌がピリピリと痛み始める。


「熱い熱い熱いッ!! 出してッ! ここから出してッ!!」


涙は頬を伝い終わる前に蒸発してしまう。


薄い瞼では熱から眼球を守れず、痛みに苦しむ谷原は両手で顔を覆った。


熱が体内の水分を奪い、意識が朦朧としてきた頃、オーブンの中で悲鳴以外の音が谷原の耳に届いた。




チリチリチリチリ……


パチパチパチパチ……




髪の毛が燃え始めたのだ。


長い黒髪は千切れ、抜け落ち、有機物が燃える臭いが充満する。


泣き叫ぶ力が無くなってきた谷原は死を覚悟し、意識を手放そうとした。


だが、頭部の激しい痛みで意識を手放し損ねてしまった。


すると髪の毛が燃えて露わになった頭皮から、が垂れてきた。


いったい自分の体はどうなっているんだと、谷原は垂れてきた汗を指ですくい、一瞬だけ右目を開けて見る。


「――ッ!??」


垂れてきていたのは汗でもなく血でもなかった。


それはだったのだ。


頭皮だけではなく、溶けた皮膚をすくった指先や腕などの皮膚が溶けていた。


「ぃゃぁぁぁあああああッ!」


怖くなり思わず叫んでしまったが、瞬時に口内の唾液が蒸発する。


皮膚が溶け、ピンク色の肉が剥き出しになる。



痛い!



無数の毛細血管が溶け千切れ、そこから真っ赤な血液が溢れ出す。



痛い痛い!



その血液はお湯が沸騰している時と同じ様に、表面の気泡がふつふつと弾ける。



痛い痛い熱い!!



それはまるで火山岩の隙間から流れ出したマグマの様だった。



熱い痛い熱い……!!



体内の水分が減少し、血液は温度を上げて行く。



熱い熱い苦しい熱い……!!



眼球の水分が蒸発し、視界をも奪われた。


心臓が熱い。


血液を送る速度が上がる。




ドクドクドクドク


ドクドクドクドクドクドッ……




「ッ…………」


血液を送る機能が停止する。


そして――


谷原の心臓は温度が上がった血液の熱に犯され、破裂した。




《谷原彩乃 死亡》




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