美味しいクッキーを作りましょう




私の言葉に赤野は無言で頷いたのが視界の片隅に映った。


「……この部屋の仕掛けを解きましょ」


まだ少し踵が痛いが、痺れの引いた足で立ち上がる。


扉を押さえることに必死で、この部屋を初めて見渡した。


他の部屋とは違い、床も壁も天井までもが真っ白だった。


天井から吊るされたシャンデリアの光が白い床や壁に反射して、今までの部屋の中で一番明るい部屋だ。


シャンデリは電気のようだが、明かりの灯っていないロウソクが壁の窪みに等間隔に並んでいる。


中央にはステンレスの調理台が少し間隔を開けて、2つ置かれていた。


両サイドの壁には業務用の大きなオーブンやアイランドキッチンが設置されていた。


部屋の奥には扉が2つ。


左側が黄色の扉、右側が赤い扉だ。


「何かを作れってこと?」


2つの調理台にはそれぞれ卵や幾つかの白い粉が耐熱ボウルに入れられていた。


調理台へ足を進めると、一枚の紙が置かれていた。


前回と同じ、指示の書かれている紙だ。




【美味しいクッキーを作りましょう】




肝心なg数が載っていないのレシピが書かれた紙も発見した。


「こっちにも同じものがあります」


指示を読み上げると、谷原が右側の調理台にも置かれていた紙を見せてきた。


「カギが掛かってるよ」


赤野の声に紙から顔を上げる。


奥の扉はどちらもカギが掛かっている様で、赤野が赤い扉のドアノブを動かして見せるが開く気配は無い。


「クッキーか……確かさっきの青い扉の部屋に作り方の本があったわ」


本を見つけた時、幼い頃を思い出していてレシピの内容を記憶していなかった。


何年も作っていなかった為、作り方があやふやになっている。


あの時、たまたま手に取った本がクッキーの作り方の本で良かったと思う。


「取りに行ってくるわ」


「1人で大丈夫ですか……?」


入ってきた扉に向かう私に、眉をハの字にした谷原が駆け寄る。


「心配しなくても平気よ」


部屋に入ってしまえば安全だし、廊下で遭遇しなければ問題無いだろう。


「作り方を間違えたら、どーなるか分からないしね」


そう言って廊下の様子を伺おうと、ゆっくりドアノブを回すが、何かに引っかかる。


「えっ、嘘でしょ……?」


強くドアノブを回しても手応えが無い。


「開かない……カギが掛かってるわ」


「えっ…… 」


この扉にはカギなど付いていないのに、何度ドアノブを回しても開く気配は無い。


「閉じ込められたわ……」


どうやら、うろ覚えのレシピで作るしかないようだ。


「クッキーなら私、得意です」


谷原は調理台に並べられた材料を真剣な眼差しでチェックしていた。


「でも、そのレシピ本通りじゃないといけなかったらって考えると、自信なくなっちゃいます……」


「でもやるしかないわね」


私は材料を眺めながら赤野が立つ調理台へ向かう。


わざわざ材料が2つずつあるのだから、多く作る必要があるのだろう。


それなら別々に作ったほうが効率が良い。


「私はレシピがあやふやだから、教えてもらいながらこっちで作るわ。赤野君も手伝ってね」


赤野は眉を寄せ、あからさまに嫌な顔をした。


「こういうのは好きじゃないから、折笠さんに任せるよ」


赤野はそう言って、調理台から一歩離れた。


「はぁ……。それじゃぁ始めましょうか 」


「はい。じゃぁまずは…… 」




ゴゴゴゴゴゴゴゴ……




谷原が腕まくりを始めると、あの時の様な嫌な音が聞こえてきた。


「ひぃッ…… 」


谷原は驚いて、腕まくりしていた手を止める。


聞き覚えのある音に天井を見上げると、部屋を半分にする亀裂が走った。


「折笠さんっ!!」


怖くなって泣き出した谷原がこちらへ走ってきた。




ゴゴゴゴゴゴ……




砂埃が落ちてくるのが視界に入り、瞬時に顔を上げる。


「危ないッ!! 」


天井の一部が落下してくるのが見えた。


谷原の腕を引っ張ろうと手を伸ばしたが落下してくるスピードの方が早く、2人の間に壁が出来てしまった。


落下してきたのは曇りガラスの分厚い板で、それを叩く谷原の声はこもっていて何を言っているのか分からない。


「クッキーを多く作る為じゃなかったのね……」


調理台が2つある事の意味を理解する。


「対決、しろって事?」


仕方ない。


やるしかないのだ。


お互い指示通りの物を作れば、助かるはずだ。


曇りガラスの壁を拳で叩きながら、袖で涙を拭く谷原に声を掛ける。


「谷原さんッ! 作り始めるわよッ! 」


その声が届いたのかは分からないが、私が手を洗って調理台の前に立つと、谷原もゆっくりと立ち上がり、調理台へと向かっていた。



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