甲冑の恐怖





悲鳴はもちろん、小さくなっている彼女から発せられたものだ。


赤野は泣いている彼女を見て驚いたのか、クローゼット前から退いてしまった。


「大丈夫……?」


「イヤッ!! やめてっ!!」


再び悲鳴を上げて体を硬直させる。


「大丈夫だから。私たちも閉じ込められたの」


「……ふぇっ!?」


彼女は涙に濡れ、赤く腫れた瞼を持ち上げた。


私と目を合わせた彼女の瞳は、真っ赤に充血していて痛々しかった。


長い間、真っ暗なクローゼットの中に居たのか、部屋のロウソクの明かりにすら目を細めた。


メガネを外して、服の袖で涙を拭う彼女に私のハンカチを差し出す。


「ありがとう……ございます……」


「私は警視庁の折笠玖美。彼は赤野青羽君よ。貴方の名前を教えてもらえるかしら?」


涙が止まり、落ち着いてきた彼女に問う。


谷原彩乃たにはらあやのと申します」


扉を開いたクローゼットに腰掛ける谷原から湿ったハンカチを受け取った。


「貴方はいつからここに?」


「……今日って、何日の何時ですか?」


谷原はスマホを取り出したが、電源が切れている様で画面は真っ暗だった。


谷原の質問に、圏外のスマホを取り出し、現在の日時を伝える。


「あ、じゃぁ……昨日の朝からここに居ることになります」


「昨日の朝から!?」


「……また大きな剣を持った甲冑に襲われたらって思うと怖くて」


谷原は襲われた時の事を思い出したのか、顔色が悪くなった。


「谷原さんは何故ここへ? 」


「私、アシスタントディレクターしてるんですけど、撮影の下見に来たんです。一緒に塚本さんって先輩の方と来たんですけど、襲われた時に無我夢中で逃げてたらはぐれちゃって…… 」


どうやら他にも、この屋敷には人間が囚われているようだ。


「私たちはここから出る方法を探しているの。協力してくれないかしら?」


「えっ……」


谷原は顔を強張らせた。


部屋を出て甲冑が歩き回る廊下に行きたくないのだろう。


「1人より3人の方が怖くないと思うけど?」


優しく微笑み、谷原の顔を覗き込む。


「ッ……あのっ……よろしくお願いしますッ」


「うん、よろしくね」




【谷原彩乃が仲間になった】




軽く握手をしたあと、そのまま手を引っ張りクローゼットに腰掛ける谷原を立ち上がらせる。


「とりあえず、花瓶に入れる水を探しに行こう」


赤野は既にドアノブを掴んでいた。


赤野に視線を移した谷原は一歩後ずさる。


「大丈夫よ」


「はい……」


赤野を先頭に、谷原は私の背中に隠れるようにして廊下に出た。


谷原は二宮に似ている気がした。


そういえば、二宮はどこへ行ったのだろうか。


私の異変に気が付いて、仲間を呼んでくれていれば良いのだが。


連絡が取れない以上、期待するしかない。


廊下を進み、天井が落下した部屋を通過する。


分かれ道は無く、廊下の突き当たりまで行くと右側に扉がひとつ見えた。


この扉も谷原が隠れていた部屋と同じだった。


イバラの部屋も無印で茶色の扉だったはず。


青い扉には何か意味があるのだろうか。


「開けるよ?」


赤野はドアノブに手を掛ける。


「あのっ! 見回りがッ!!」


背後を気にしていた谷原の泣きそうな声に、私と赤野は薄暗い廊下に視線を移す。


真っ直ぐの廊下の先に動く赤い光が2つ。


ゆらゆらとしていた赤い光の動きが一瞬止まり、目が合った様な気がした。


背中に氷を入れられたかのように、サーッと鳥肌が立ち嫌な予感がした。


「まっ、まずいですっ! 」


谷原の悲鳴が合図の様に、甲冑はサイレンの様な呻き声をあげて、こちらに走り迫って来た。


「イヤぁッ!!」


谷原は腰を抜かして崩れる様に、その場に座り込んでしまった。


「赤野君ッ! 早くッ!」


私の声に固まっていた赤野はハッとして勢い良く扉を開けた。


「行くわよっ!」


谷原の腕を掴み、無理やり立たせる。


泣きながら私に縋り付く谷原を押し込む様にして、私も部屋に流れ込んだ。


大きな剣を振り上げて走る甲冑が直ぐそこまで来ているのが見えて、バンッと音を立てて扉を閉めた。


カギを閉めようと扉に手を這わせるが、目当ての感触がない。


「2人とも力を貸して!」


扉を背にして開けられない様に、扉に全体重を掛ける私は両脇に居る泣きじゃくる谷原と放心状態の赤野に叫ぶ。


呻き声をあげる甲冑は扉の前まで来ると、扉に体当たりをして来た。


私1人では力が足りず、体当たりをされる度に扉が一瞬開いてしまう。


その時、甲冑と目が合った赤野が我に返り、慌てて扉を手で押し返す。


それを見た谷原も背中で扉を押さえ始めた。


甲冑の体当たりの力が強いせいで、力を込めて踏ん張る足が前に滑る。


「くッ……早くどっか行けよ!」


「もうッ……無理ぃっ…… !!」


谷原が弱音を吐く頃サイレンの様な呻き声が止み、静かになる。


体当たりも無くなり、扉の向こうに甲冑の気配は消えた。


「はぁ……」


私の安堵のため息に、2人のため息も重なる。


どれだけの間、足に力を入れていたのか分からないが、踵はじんじんと痛くなり脹脛や太ももは痺れてしまった。


力無くずるずると座り込むと、2人も同じ様にその場に崩れ落ちる。


あの甲冑はどこから現れたのだろうか。


私たちは分かれ道など無い真っ直ぐな廊下を端から端まで歩いてきた。


いくつか部屋はあるが、部屋の扉が開く音は聞こえていない。


死角の無い廊下、隠れていたのでなければ、湧いたのだろうか。


甲冑の出現条件が分からない。


「俺……甘く見てた」


赤野は扉を押さえて赤くなってしまった両手を見つめる。


「生きて……生きて出られる気がしない」


赤野の震える静かな言葉に、私も谷原も返事をしなかった。


だが私は赤野の言葉に同感だった。


人を殺す為の仕掛けが施されたこの屋敷から逃れる事など出来ない、と。


「でも……進まないと」


殺されるのを待っているなんてごめんだった。


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