【助けを呼ぶ】



私は扉の外に助けを求めた。


「助けて!! お願い! ここから出してっ!!」


目なんて無いのに、イバラからの視線に緊張の汗が背中を伝う。


「誰か!! 二宮っ!! お願いっ!! 扉を開けてッ!!」


私は必死に叫び、扉を叩いて助けを求めた。


救助を求める私の声に応える者が現れぬまま、背後の空気が鋭くなったのを全身で感じ取った。


反射的に振り返れば複数の大蛇の様なイバラが、槍のように降り注いできた。


「きゃぁぁぁああああああッ!!」




――ドドドドドンッ……











閉じた扉にイバラがぶつかる音が響き、私は全身に鳥肌が立った。


外から扉を開けてくれた誰かのお陰で命を救われたのだ。


「あ、ありがとう…… 」


腰を抜かした私は、背後に立つ人物を見上げる。


「君は……」


イバラの餌食になる直前、扉を開けて腕を引っ張って助けてくれた人物は、私達が探していた少年だった。


赤野青羽せきのあおば君ね? 」


「……何で知ってんの? 」


赤野は少し眉を寄せ、怪訝そうな顔で私を見下ろした。


「警察よ。お母さんから捜索願が出てるの」


腰を摩りながら立ち上がり、スーツに付いた埃を手で払って落とす。


「あー……俺の部屋に入ったのか。気付かれないとおもったんだけどな 」


母親の行動を想像して、先ほどよりもぐっと眉を寄せた赤野を見て、やはり普通の男の子だなと思った。


「気付かれないわけないでしょ?」


「扉越しに色々言ってきても俺はシカトしてたし、部屋には入ってこなかったから、居ても居なくてもバレないと思ったんだけどな。靴だって、ほら 」


赤野の履いているスニーカーは真新しい物だった。


気付かれない様、外に出た痕跡は消して来たようだが、今回はその小細工が隠れて何処かへ行っている証拠となり裏目に出てしまった。


「何で家出なんかしたの? 」


母親が息子を疑って調査を依頼したと知ったら親子関係が危うくなると思い、行方不明者捜索として話を進める事にした。


だが隠れる場所を探していたのだろうから、家出をすること自体は時間の問題だっただろう。


おそらく口煩い母親が嫌になったのだろうが、一応仕事で来ているので理由を問う。


しかし、赤野は何も答えず暗い廊下の先を見つめていた。


何を見ているのかと、私もその視線を辿ると赤い光を二つ見つけた。


何かの目のようにも見える。


この屋敷は普通ではないので、正体の分からないその光に恐怖を感じる。


「見回りが来た 」


赤野は私の手首を掴んで赤い光とは反対方向に走り出し、押し込まれるように青い扉の部屋に入った。


赤野は私の手首を放し、慣れた様子で扉を閉め内側からカギを掛けた。


赤野は何度かこの部屋に逃げ込んでいるのかもしれない。


少し埃っぽいが、動き出すイバラもなければ危険な気配もしないので安堵のため息を漏らした。


掴まれていた手首を軽く摩りながら、部屋を見回す。


バラの模様が彫られた机の両脇には本が沢山詰まった大きな本棚があるが、埃が積もっていて長い間使用されていないのだと安易に想像がつく。


誰かの書斎なのだろう。


机の上には机と同じバラが描かれたノートと万年筆、花瓶には黒バラが一輪差さっていた。


「聞きたいことが、色々あるんだけど…… 」


机と同じバラが彫られた椅子を引き、扉の前に立つ赤野と向かい合うように座る。


「見回りって、なに? 」


扉に背中を預け、落ち着いている様子の赤野を見上げる。


「歩く西洋甲冑せいようかっちゅう。廊下だけ見回りしてる。視界に入ったら剣で殺されるよ。俺、見たんだ」


「見たって……!? あっ、えっと……赤野君、いつからこの屋敷に?」


私より赤野の方が落ち着いている事に気付き、無理矢理声のトーンを下げる。


「俺がこの屋敷に来たのは今日の午前中。見回りに殺されたのは野良猫だよ」


見回りは人間じゃなくても視界に入った動くものには、全て容赦無く剣を振り下ろすらしい。


「この部屋に逃げ込んで、見回りが通り過ぎてから廊下に出たんだけど、野良猫の頭と体がバラバラに転がってたんだ……」


「でも、猫の死骸なんて……」


この部屋に逃げて来た時、廊下に野良猫の死骸なんて転がってはいなかった。


「多分、回収されてるんだと思う。さっき刑事さんが殺されそうになった部屋に、猫の死骸無かった?」


「いや、あれは猫だけじゃなかったはず……あ、自己紹介をしてなかったね。私は警視庁の折笠久美おりかさくみ。頭の良い赤野君は、どうやってここから出ようと思ってる? 」


赤野の母親が自慢気に話していたのを思い出す。


「カギを探すしか方法は無いと思う 」


「考えが同じで良かったわ 」


「玄関が外側からしか開かないみたいだったから、誰かが来るのを廊下で待ってたんだけど……見回りが徘徊してるから、カギを見つける方が安全だなって。窓から逃げるって方法もあるけど、この屋敷危ないから、どうなるか分からないよ 」


その手があったか、と思ったが確かに外が見えない窓ガラスを割って無事に脱出できるとは思えなかった。


「……あっ!」


私はイバラに殺されそうになり、すっかりスマホの存在を忘れていた。


カギを探すより仲間を呼んで、外から玄関を開けてもらえば、簡単に脱出できる。


スラックスのバックポケットから慌ててスマホを取り出した。


「無理だよ 」


「えっ? 」


ホームボタンを押した液晶画面には【圏外】という失望の文字が映し出されていた。


「そんな……」


「だからカギを探すしかないんだって 」


役立たずのスマホをスラックスのバックポケットにしまった。


「この部屋は調べた?」


ため息混じりに呟いて、私は背後に置いてある机と同じバラが描かれたノートを手に取る。


「それを読んだくらい…… 」


「だからこれだけ埃が積もって無かったのね。何かカギの手掛かりになるようなのはあった? 」


開いたノートから目を離さずに聞く。


「隅々まで調べた訳じゃないから、俺は見つけてない 」


赤野は首を振る。


ノートには子供の字が並んでいた。


日記のようだが日付が見当たらない。




『私はまた一人になった』




ノートの真ん中に一言書かれているだけで、めくっても白紙のページが続いていた。


よく見ると、一言書かれたページより前の数ページが破られていた。


つまりこの一言は最後に書かれた悲痛な叫びなのだ。


他にも何かないかとページをパラパラめくっていると、後ろの100ページ程がめくれなくなっていた。


のりで固められているようだ。


見開きにすると、めくれなくなっていたノートの中央がカギの形でくり抜かれていて、アンティーク調のカギがはめ込まれていた。




【アンティーク調のカギを手に入れた】





「どこのカギかしら…… 」


赤野はカギの存在を知らなかった様で、少し驚いていた。





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