【逃げるのを諦める】
私はこの部屋から、イバラのバケモノから逃げるのを諦めた。
「もう、逃げられない……」
何故か扉の鍵が掛かり、何度ドアノブを回しても手応えは無い。
閉ざされた扉に額を押し付けて、長い溜息を吐いた。
最後に母と話が出来て良かった。
週末に帰る約束は果たせなかったが、声を聞けただけでも良かったと思うことにする。
――メキメキメキメキィ……メキメキメキメキィ……
不気味な物音に呼ばれた様な気がして、私は振り返る。
改めて部屋を見回すと扉のある壁にも、天井にもイバラが模様のように張り付いていた。
次第に自由に動けるイバラが多くなり、その長さを伸ばしていく。
私は完全に袋のネズミだった。
諦めたのに、得体の知れないバケモノに殺されるのは怖かった。
未だ死に対しての恐怖に足を震わせている私の視界の隅で、イバラの動く気配がした。
「きゃっ!!」
避ける事が出来ず、迫って来たイバラが私の右手首を捉えた。
無数の棘が皮膚を突き破り、激痛が走る。
血液が溢れ、緑色のイバラに赤が映えた。
右手首に絡み付いたイバラは私を引っ張り、部屋の中央に移動させる。
最初は抵抗したが、突き刺さった棘が皮膚を裂く痛みに耐えきれず私はイバラに従うように部屋の中央に立った。
足元には私よりも前に死んだ人間の肉塊。
もしかしたら動物なのかもしれないが、もう調べる気にはなれなかった。
真下から立ち上る血生臭さと腐敗臭の混ざった悪臭が鼻孔を犯す。
「うぅッ……」
手首の痛みと悪臭のせいでこの場から逃げ出したくなったが、イバラに右手首を拘束されているので少し動くだけで激痛が走る。
一瞬で無数のイバラに突き刺されて死ぬのだと思っていたが、どうやらそれは見当違いだったらしい。
じわじわと迫りくる苦痛に顔を歪め、悲鳴を上げている私を見て楽しんでいるのだ。
目がどこにあるかなんてわからないが。
私は左肩に掛けていたホルスターから拳銃を抜き取り、右手首に巻き付いているイバラに向かって発砲した。
――バンッ!
銃弾は確実に目の前のイバラに命中した。
なのに拘束は緩むことは無かった。
「クソッ!」
そう吐き捨てると、死角でひゅっと空気を切るような音が聞こえた。
「うぐっ……!!」
音に反応できた次の瞬間には左手首に痛みを感じていた。
皮膚を切り裂きながら締め付けるイバラ。
痛みのせいで指先の感覚が無くなり、拳銃が音を立てて足元に落ちた。
終わりの見えない激痛に私の頭はおかしくなる。
「早く殺してっ!!」
そう叫ぶと、両足首にイバラが絡み付く。
「あぁぁああッ!!」
私は目を瞑って奥歯を噛み締め、4ヵ所の痛みに耐えた。
油汗が噴き出る。
浅い呼吸を繰り返しながらゆっくりと目を開けると、5本の太いイバラが私を狙っていた。
今の私にはナイフを向けられているのと同じ恐怖だった。
1本のイバラが私の様子を窺うように、左右に揺れながら近付いてくる。
そしてピタッと動きを止めたかと思うと一度身を引き、狙いを定めて突進してきた。
殺意を持ったイバラが私の右太ももを突き刺した。
「あぁぁぁあああああッ!!」
金属のように硬く鋭くなったイバラが肉を切り裂きながら、私の太ももを貫通する。
そして私の血を浴びて元気になったのか、突き刺さるイバラは質量を増した。
イバラは血肉から栄養を得ているのだと思いながら、私の血肉で太くなったイバラが私の太ももの皮膚や肉を切り裂き、棘が体内に深く突き刺さる。
「ぅがぁぁぁあああああっ!!」
焼けるような痛みに目の前がチカチカする。
痛みを逃がすように悲鳴を上げ続ける私は涙を流し、口からは唾液が垂れて足元の肉塊に滴り落ちる。
歪む視界でイバラが揺れ、今度は私の左腕に衝撃を受けてバランスを崩す。
驚いて悲鳴を上げると、後から激痛が襲ってきた。
何が起きたのかと思い、私は左腕に視線を向けると肩から下の腕が見えなかった。
「……え」
手首の痛みも今受けた衝撃の痛みの感覚もあるのに私の腕は、本来あるべき場所に無かった。
「う、腕が……ッ!!」
私は手首をイバラに囚われた自分の左腕を見上げていた。
先ほどの衝撃で肉だけでなく骨を砕かれてしまい、私の腕はイバラによって引き千切られてしまったのだ。
イバラは蛇のように私の左腕に絡み付き、縛り上げると雑巾を絞ったように私の腕からは大量の血が滴り落ちた。
私の腕を絞ったイバラは私の血液で質量を増し、零れ落ちる血液を細いイバラが浴びにやってくる。
まるで水浴びをしている小鳥のように、生き生きとしている。
大量の血液と左腕を失った私の意識は朦朧としていた。
焦点も定まらず、視界が霞む。
それでも目の前で蠢いていた3本のイバラが消えたのは分かる。
私は探す気にもなれず、私は目を瞑って下を向く。
もう顔を上げる力は残っていなかった。
ギチギチギチギチィ……
今まで聞いたことない音に、瞼を開ける。
すると背後から、骨を砕かれたよりも大きな衝撃を受け、下を向く私の目の前には3本のイバラが束になって血だらけになっているのが見えた。
聞いた事の無い物音は、イバラ同士が擦れ合う音だったらしい。
私は無い力を振り絞って、顔をもたげる。
声も出せない私には目を見開くことだけが精一杯だった。
束になったイバラの先には、先程まで私の体内に収まっていた心臓が突き刺さっていた。
ガクンッと私の頭は垂れ下がった。
折笠久美 死亡
《BADEND√1 諦めた命》
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