二宮陽介


ノックをしてから少し待ってみるが、扉の開く気配はない。


じっとしていられない俺は黒バラを見るために、先輩から離れた。


イバラを辿り、根元を探す。


先輩に何か言われた時の言い訳は考えてある。


『ちょっとそこら辺見てきます』


と、言うつもりだったが先輩は何も言ってこなかった。


角を曲がり、真っ黒な光景に驚いた。


「黒バラしか咲いてない…… 」


その理由は簡単だった。


イバラが他の花に巻き付き、花びらを突き破っていたからだ。


ここに来る道中、気に留めなかったが赤や黄色の小花が無くなっていた原因も黒バラだろう。


小花の甘い蜜を吸い尽くし、黒バラは他より大きく咲いていた。


よく見ると、いくつか大きく咲いている中で一つだけ踏み潰した跡があった。


茶色く変色している訳ではないので、最近踏み潰されたのだろう。


花びらに靴の裏の跡が付いている。


だとすると、ついさっきまで人が居たことになる。


靴の裏の跡をじっと見つめていると、花びらが小さく揺れた。


風が吹いたわけでもないのに揺れた事に驚いていると、更に驚くべき事を目の当たりにした。


花びらに残された跡が、ゆっくりと消えていくのだ。


同じ所を見つめ過ぎて錯覚を起こしたのかと思ったが、さっきまであった跡は無くなっている。


折れた茎はゆっくりと繋がり、倒れた黒バラが起き上がってきている。


目の前の黒バラは凄まじい速さで再生していた。


花をもいだら、蕾が出来て黒バラが咲く瞬間が見られるかもしれない。


黒バラの再生能力を不気味に思ったが、好奇心が上回ってしまった俺は綺麗に再生された隣の黒バラの芯を折って花頭をもいだ。



カチャ……



《どこかでカギの開く音がした》



もしかしたら玄関が開いたのかもしれないと思い、もいだ黒バラの花頭を捨てた。


立ち上がって来た道を戻ろうとすると、足が何かに引っかかった。


「なっ――!?」


右足にトゲの生えたイバラが巻き付いていた。


力任せに足を引っ張ってみるが、取れるどころかイバラはどんどん巻き付いて足を登って来る。


トゲがスラックスを突き破り、膝から下の皮膚に突き刺さる。


痛いと思った時には既にスラックスに血のシミが広がっていた。


無理矢理足を引っ張ったせいで、肉が裂けてしまったようだ。


「二宮ぁー」


先輩の声が聞こえて助かったと思った。


「せ――」


大きな声で呼ぼうとすると唇や口元が痛み出し、声が出せなくなってしまった。


それがイバラが原因だと分かったのは、植物の青臭さと口の中に鉄臭い血の味が広がったからだ。


イバラがゆっくりと口元を締め付けてくる。


動く度、皮膚や肉が裂けて血が溢れ出す。


「んんんーッ!!」


俺の悲鳴は口内に溜まった血を揺らすだけだった。


「二宮ぁー?」


助けてくださいっ先輩!


あ! そうだ!


右手をスラックスのポケットに入れる。


引っ張っても取れないなら、焼き切ってしまえば良い。


俺はライターを取り出した。


口を塞いでいるイバラを燃やそうとライターの火を点けた。


だが次の瞬間、イバラにライターを叩き落とされてしまった。


そしてイバラは俺の両手首と左足首を締め上げる。


「二宮ぁー、早く来なさいよー!」


必死に助けを求めても、先輩には届かなかった。


俺は見えない先輩に手を伸ばす。


トゲが手首に食い込み、イバラは俺の真っ赤な血で濡れていた。


見なくても左足首も同じ様に血が溢れ出しているのだと容易に想像が付く。


血を養分にしているようで、太くなったイバラのトゲが深く突き刺さっている。


手足や顔が痛くて意識が朦朧としてきた時だった。




――ギェェェエエエッ!!!




キーンと耳を塞ぎたくなる様な何かの呻き声に驚いていると、手足の激痛と共に体が宙に浮いた。


「ンンンッ!?」


俺は目の前の光景に瞬きを忘れた。


どこから現れたのか、いつからそこに咲いていたのか、常識では考えられない大きさの巨大な黒バラが俺を見つめていた。


目があるわけではない。


太い茎で巨大な花頭を支え、イバラは近くの木々や屋敷の壁に張り付いている。


花の中央には雄しべや雌しべは無く、代わりに鋭い牙が並んだ口があった。




ギェェエエエッ ギェェェエエエッ




口からヨダレを垂らしながらバケモノは呻く。


口を開閉し、ガチガチと歯音を立てる。


逃げようと体をジタバタさせても、死は目の前まで迫って来ていた。


口を塞がれていて助けを呼ぶ事も出来ず、俺は恐怖で涙を流していた。


ゆっくりとイバラが動き、俺は血生臭いバケモノの口に近づいていく。


「(やめろっ!!やめてくれッ!!) 」


思いが伝わるはずもなく、とうとう俺の下半身が湿った口の中へ入ってしまった。


そしてバケモノは大きく口を開き、物凄い勢いと力で俺の体に牙を突き立てた。


「ん゛ん゛ん゛ん゛!!」


ぐちゃっと嫌な水音を立てて、焼ける様な痛みが腹部を襲った。


「うぐぐぐッ!! ん゛ぐぐぐッ!!」


どこに目が付いているのかなんて分からないが、バケモノは悲鳴をあげる俺を見てニヤリと口角を上げた。


その直後、手首に巻き付いているイバラが俺の体を後ろへ引っ張った。


引き千切られると瞬時に理解し、体に残る全ての力を使って抵抗をする。


だが何百倍もの力で俺の体はいとも簡単に後ろへ引っ張られてしまった。


スーツが布切れに変わる。


ブチブチと筋肉は引き千切られ、ぐちゃぐちゃと内臓が擦れ合う。


千切れた血管から噴き出した血液は俺の下半身を伝って、バケモノの口を潤した。


柔らかな腹部の肉は引き裂かれて上半身と下半身を繋げているのは、神経の束を守る脊髄だけになってしまった。



この時、既に俺の意識は無い。


死んでいるのだ。


力尽きた俺の体をイバラが引っ張り、枝を折る様に脊髄を折られ、下半身を噛みちぎられた。


バケモノはぐちゃぐちゃと下品な音を立てて、俺の下半身を咀嚼する。


俺の上半身からは血液が滴り落ち、ボタボタと小腸や大腸などの臓器が地面に落ちて、食道と繋がっている胃袋はぶら下がって体外に露出する。


それをイバラが拾い上げ、バケモノの口へと運ぶ。


原型を無くした俺の下半身をバケモノは嚥下し、再び大きな口を開けた。


鋭い牙が生え揃った口の中に放り込まれた俺の上半身。


同じ様にぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼し、嚥下する。


俺は自分の上半身が飲み込まれたのを見届けてから、バケモノに背を向けた。





《二宮陽介 死亡》



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