血だまりの少女 ―マルチEND―
月桜しおり
プロローグ
折笠久美
折笠久美
Prrrrrrrr……
ジャケットのポケットで、最近買い換えたスマホが鳴り出す。
田舎に暮らす母親からだった。
「二宮、ごめん」
大きく育った木々を見上げている相棒の
スマホを取り出し、鳴り続ける着信音を止める。
「もしもし」
「あ、出た出た。今大丈夫かしら?」
「これから捜索だから、手短にしてもらえるとたすかるんだけど」
「あ、ごめんね。実は押入れを整理してたら、
「あー、あみちゃんの事? 」
「いや、その子じゃなくて、えっと……何ていったかしら」
「え、あみちゃんじゃなきゃ、ちょっと今は思い出せないな……」
「まぁ、この話は日記帳見ながらゆっくり話しましょ。お父さんも早く帰って顔見せろって言ってるわよ」
「分かった。週末に帰れたら帰るよ 」
「楽しみにしてるわね。お仕事がんばって」
「ありがと。それじゃ 」
電話を切り、二宮の元へ戻る。
「おまたせ 」
「随分、早かったスね。別に気にしなくても良かったんですよ 」
そう言った二宮の指先では、火の点いたタバコが細い煙を上げていた。
二宮は眉をハの字にして苦笑いを浮かべ、携帯用灰皿を取り出した。
「良いわよ、吸っても。私の電話で待たせたからね 」
「いや、大丈夫ッス。そんな吸うつもりなかったんで」
そう言って二宮は地面でタバコの火を揉み消し、携帯用灰皿に吸い殻を捨てた。
「それにしても、
二宮はスラックスのポケットに携帯用灰皿をしまいながら、森の入り口を見て顔を青くしていた。
入り口と言っても、木と木の間が他より広いだけで、正式な入り口が設けられているわけではない。
「自宅からは誰も出てこなかったし、自己中な母親が絶対ここに居るなんて言うから、確かめなきゃいけないでしょ」
「まぁそうですね。最近出掛けることが多いなら居留守の可能性は低そうですし」
ため息混じりにそう言いながら、大きく育った木々を2人で見上げる。
★数時間前★
行方不明者の
電話の内容は、息子が行方不明になった、というものだった。
心当たりを聞けば、前々から息子の様子がおかしいことに気づいていたという。
「引きこもってると思ったら散歩に出掛けたり、私が仕事から早く帰ると後から帰宅した息子と玄関で鉢合わせする事があったわ。数日前、息子が居ない間に部屋に入ったら新品のスニーカーが置いてあって、玄関に置かないから変だなと思って手に取ってみたら、スニーカーの裏が少し汚れていたの。私に見つからない様にどこかへ行っていたのよ! 」
親は見ていない様で子供の様子をよく見ている。
ちょっとした変化にも気が付くものだ。
「だから今日は仕事を早退して家に戻ってみたら息子が居なかったの! いつも息子が家を出るのは私が家に居る時なのに。だから私が仕事をしているはずの時間に家に居ないなんて、絶対なにかおかしいのよ! 家出じゃないわ、刑事さん。息子は行方不明になってしまったの! 何度も私に隠れてこっそり家を出ていたからきっと悪い人と関わって、何かの事件に巻き込まれてしまったんだわ!」
「息子さんが行きそうな場所など、心当たりはありませんか?」
「息子は頭が良いの。とってもね。ただそのせいで周りと馴染めてなかったみたいで、その……お邪魔できる友達の家はないのよ」
息子の自慢話は声に張りがあったのに、だんだんと自分の事の様に恥ずかしそうな声色になってしまった。
「では心当たりはないんですね?」
「いえ、ひとつだけ……」
★★★
それがこの森の中だと言う。
「何かと事件や事故に巻き込まれやすい未成年だから早く見つけなきゃいけないんだけど、今朝までの報告書を見る限り、未成年に関する事件も事故もないのよ」
「それじゃ、ここには居ないんじゃ?」
二宮は首を傾げる。
「可能性的にはね。被害妄想みたいなあの母親の2点から、上も私も家出なんじゃないかって。それで最小限の人数でとりあえず捜索することになったの」
17歳の思春期真っ盛りの男子なのだから、家出の一つや二つ、ありえる話だ。
「さっ! 行くわよ」
「下ろし立てなんスよね……」
二宮はダークグレーのお洒落なスーツを心配そうに見つめていた。
よく見ると同系色の小さなスペードが散りばめられている。
「そんな派手なスーツを仕事で着て来なきゃいいのよ 」
「え? 俺の中では柄小さいし、結構地味な方なんスけどね」
私は大きなため息をついて、二宮の腕を掴み強引に森の中に連れて行く。
「ク、クマとか出ませんかね……?」
震える二宮を無視して、歩き続ける。
二宮は熊の心配をしていたが、熊どころか小動物の姿すら見かけない。
鳥の鳴き声は遠くの方から微かに聞こえるだけで、私たちの周辺には2人の土を踏む足音だけが響いていた。
時折、捜索中の少年の名を呼ぶが、返事はない。
「やっぱり、ここには居ないんですよ……帰りませんか?」
危険が無いと分かった二宮は肩に付いた落ち葉をつまみ取り、クルクルと回しながら草や木の枝を掻き分けて奥へ進む私の背中に声を掛けた。
「そうね……」
私は振り返らずに答える。
「そもそも、何でここに居るなんて母親は言うんでしょう……」
「それは」
噂を知らない様なので、二宮の質問に答えようと歩きながら口を開くと、少し開けた空間に出た。
「何かしら?」
そこだけ背の低い木々に囲まれ、雑草の生える地面には1本の棒が刺さり、何かの方向を示す看板が2枚打ち付けられていた。
上『←……』
下『……→』
「何て書いてあるのか読めませんね」
二宮が目を凝らして見るが、木の板が腐り、ボロボロで、刻まれた文字は読む事が出来なかった。
おそらく下の看板は『森の出口→』とでも彫られていたのだろう。
矢印は私達が来た方向を示している。
上の看板は何かがこの先にあるという事なのだろうか。
「まだ帰れそうにないわね……二宮」
ちょっとワクワクした気持ちで二宮を見ると、彼は既に諦めた様子だった。
「こんなの見つけたら黙って帰れないじゃないですか……どこまでもお供しますよ、先輩 」
二宮の言葉に満足をして、私達は森の奥を目指して歩き出した。
矢印の方向は草や、横に伸びた枝を掻き分ける必要は無かった。
広くなったり狭くなったりと道幅は均一ではなかったが、分かれ道もなく一本道が続いていた。
足元には赤や黄色の小花が咲いていたのに、気が付くと小花は見当たらなくなってしまった。
代わりに棘の生えたイバラが地面を這っているのが目立つようになった。
それが黒バラのイバラだと分かったのは、少し先に蕾を見つけたからだ。
「黒バラなんて初めて見ました」
二宮は足元に咲く黒バラをしゃがみ込んで見つめる。
「そうね。実際は真っ黒じゃないって話を聞いたことあるけど、ここに咲いているのは真っ黒ね」
黒バラの花色は、実際には黒みが強い暗紅色らしく、簡単に言えば暗いボルドーだ。
煤や墨の様に真っ黒なバラは存在しないと認識していた。
「……不気味ね」
「そーゆー事言わないで下さいよっ」
二宮は慌てて立ち上がり、見つめていた黒バラと距離を取る。
それから二宮は再び私の背中に隠れる様にして歩くようになってしまった。
「悪かったわよ。怖がらせるつもりはなかったの。だからもう少し離れて歩いてくれない?」
「嫌です」
「家が見えて来たわ。誰かにビビってる所を見られたくないでしょ?」
私の言葉に唸るだけで、返事は返って来なかった。
一本道が終わり、景色が変わる。
黒バラが咲き乱れる中心に赤い屋根の家が建っていた。
家と言うより、それはお屋敷の方が合っている。
白いレンガの壁には黒バラのイバラが張り付いていた。
「人……住んでるんですかね?」
二宮が疑問に思うのも無理はない。
噂には登場しないこの屋敷は手入れが行き届いている。
噂の森の中に人が住んでいるとは考えにくく、誰かの別荘という話は聞いたこともない。
廃墟なのだろうが屋敷の外観に汚れは無く、雑草が生い茂っているわけでもない。
黒バラとイバラが緑と黒の絨毯を作っているが、誰かがここで生活しているように感じられた。
「廃墟だと思うんだけど、誰かが住んでるなら都合が良いわ」
私は中央の玄関である二枚扉を目指した。
「住んでるとしたら、廃墟に勝手に住み着いてるって事ですよね……」
「それはそれで問題だけどね 」
バラの紋章が彫られた木製の立派な扉をノックする。
だが、中から物音ひとつしない。
「留守中なのかしら……」
ドアノブを動かしても、鍵が掛かっていて開く事はなかった。
二宮は私の隣で辺りを観察し始めた。
つまらなくなったのだろう。
怖がっていたのに、私から離れて庭に咲く黒バラをしゃがみ込んで見つめていた。
二宮の背中が小さくなるほど、彼は黒バラを見に、遠くへ行っていた。
すぐに飽きて戻って来るだろうと思い、二宮から視線を外して扉に彫られたバラを見つめる。
初めて見たこの紋章、何か引っかかる。
どこかで見た事があるのかもしれないが、見覚えが無い。
事件? 新聞? ニュース? 漫画?
自問自答をしてみたが、どれも答えは「いいえ」になってしまった。
カチャ……
《どこかでカギの開く音がした》
それが目の前の玄関の鍵が開いたのだと理解するのに時間は掛からなかった。
「二宮ぁー」
やっと話を聞いて帰れると思ったのだが、二宮の姿がない。
しかも解錠したはずなのに、なかなか扉が開かなかった。
「入ってこいって事……?」
少し躊躇したが、私は扉を開ける事にした。
「二宮ぁ~?」
先ほど呼んだ二宮は返事も無ければ、戻ってくる気配も無い。
「まったく……どこまで行ったのかしら」
私は玄関に背を向け、二宮が居た方へ向かう。
ギギギギ……
振り返ると扉が少し開いていた。
「二宮ぁー! 早く来なさいよー!」
どこに居るか分からない二宮に声を掛けて、私は玄関に戻る。
少し開いた隙間からは暗くて中の様子が窺えなかった。
「失礼しまーす……」
私はゆっくりと扉を押し開けて中に入った。
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