第2話 ショーゲキの言葉

 朝は寝坊した。


 しかも、結構な寝坊。

 確か、いつも6時半に起きるんだけど、7時に起きたんだよね。

 初日に寝坊って、ヤバくね?と思ったわたしは、過去一の全速力で走った。


 ふう、疲れたよ……。

 たまたまランニングとかもしていたおかげで、体力はある方だ。

 走るのも得意な方だから、遅刻に問題はなかった。

 ありえないような速さで走ってきたわたしは、中学に着くころにははあはあと肩で息をし、髪型が軽く崩れてしまった。


 そうして、ついに、光が丘中学校の校門をくぐってきたのだった。


 クラス発表は春休み中に行われた。

 わたしのクラスは1年3組。


 前の学校で、少し……いじめられていたことがあって、大親友!と呼べる人はいない。

 でも、そんな中でも、唯一、わたしと一緒に戦ってくれた子がいた。

 名前は、確か……。


 あれ、思い出せない。

 誰だっけ、顔は思い出せるのになあ……。


 教室までの廊下を歩きながら、そんなことを考えた。

 教室の前まで来る。


『1の3』


 そう書かれたプレートが、吊さげられている。

 よしっ!

 心の中で変な掛け声をかけて、教室の中に入る。

 うわああ……。

 きれいすぎでしょ……。

 床はワックスでもかけてあるのか、つるつるとしていて、窓はピッカピカだ。


 一通り教室を眺めっところではっと、あることに気が付く。


 って、え……?

 なんで誰もいないのーっ?

 誰か一人はいるでしょ、普通。

 そこで話しかけて仲良くなったりするのが定番じゃないの?


 黒板に貼られた名簿番号と席を確認して、その席まで移動する。

 隣の子は女子。

 中村なかむら優羽ゆうさん。


 ん、中村、優羽……。どこかで聞いたことが、あるような……。

 わたしが一人で悶々としていると、廊下からキャーッっという声が聞こえてきた。


 え、事件っ⁉

 そう思ったのは最近、ミステリーを読みすぎたのか。


「見て、『氷の王子』! かっこいー!」

「私同じクラスだ~! いつでも見れるよ~」

「えーずるすぎー」

「冷静に構えているところとか、サイコーだよねー!」

「ねー!」


 氷の王子…………?

 この学校には王子がいるのかっ⁉


 そんなにかっこいいって言うなら、ちょっと見てみようかな……。

 好奇心がうずき、廊下をちらっと見てみる。


 すごっ。人だかりがすごい!

 そこにちょっと近づいて、その中心にいる男子を見る。


 え、え。


「えええええええっ! き、昨日のっ!」

「…………だから言っただろ、絶対会うことになるって」


 そう言う意味だったのー⁉

 わたしたちの会話に、周りにいた女子が、こそこそと話し始める。


「あの子とどういう関係……⁉」

「前に面識があるの……⁉」


 目立っている。

 ヤバい、どうしようっ。

 初日から目立ちすぎたっ⁉

 真也さん、人気が高いからこんなやつに話しかけられたくないよね。

 噂にもなりたくないだろうし。

 どうしよう……。


「ね、どういう関係なの?」

「教えてよ。独り占めはよくないなぁー」


 独り占めとかじゃないから、ただ、会っただけで……。


 そう言おうとしても、のどに言葉が張りついて出てこない。


 待って、怖いっ!


 助けてっ!


 心の中で、そう叫んだ時だった。



「いろいろ質問攻めはよくないわ。質問するなら後でにしてくれる?」



 声がした方を見ると、すらりとしたひとりの女子。

 わたしにはその女子に後光が差して見えた。

 神……!

 ホントに助かった……!


「まー今回はいっか。また教えてねー?」

「また話そうね!」

「あ、はい……」


 わたしの近くにいた女子が、自分のクラスに戻っていく。


 ほっと安心して壁にもたれかかる。

 悪い人ではないとは思うけど、イジメられていたこともあり、こういう大勢の前で目立つのは苦手だ。

 助かった。


「大丈夫? ……私は中村優羽。よろしくね」

「あ、中村さん……。あのっ……。ありがとうございますっ………。わたしは市山椿です。こちらこそよろしくお願いしますっ。そういえば、席、隣でした……!」

「あ、そうなの?」


 中村さん、すごく優しいし、カッコいいっ!

 いい人だなぁ……。

 そこまで考えて、頭の中で、記憶がよみがえる。


 ――大丈夫?

 ――ありがとう…………。

 ――もし、また何かされたら言ってね。

 ――**、……いつもありがとうっ……。


 わたし、ことごとく誰かに助けられている気が……。

 でも、やっぱり名前が思い出せない。


「あのさ、よかったら優羽って呼んでくれないかな。私も椿ちゃんって呼ぶから」

「え、いいのっ⁉ うれしい!」


 名前で呼ぶとすごく友達って感じがするから好きなんだよね。

 優羽、かぁ……。

 ちょっとくすぐったい。


「じゃあ、これからもよろしく、優羽!」

「こちらこそ、よろしく、椿ちゃん」


 まだこのときのわたしにはわからないと思うけど、ここでわたしと一緒に試練を乗り越えていく、サイコーの友達ができたんだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 入学式が終わり、今日はもう下校となる。

 本当ならお昼がるんだけど、午前日課だからないっぽい。


「ばいばーい!」

「またね!」


 優羽と別れて、近くの公園で一休みすることにした。

 この後は、図書館行って、最新巻借りて、夜はそれを読んで……。


 ふーっと一息ついて、水筒を飲んでいた時だった。


「おい」


 耳元に、男子と思われる、低い声が響く。


 ……。へっ?


「う、うわぁぁっ‼ …ゲホゲホ…だ、誰ですか⁉」


 振り返った先にいるのは光が丘中の制服を着る、イケメンな……って……真也さんっ⁉


「人を幽霊みたいな目で見るな!」

「いきなり話しかける方が悪いんですっ!」


 ぷくっと頬を膨らませながら、水筒のふたを閉める。


「で、何か用事が……?」


 もしかして、朝のこと、怒ってる……⁉

 いきなり話しかけてくるなんて、よっぽど重要な話に違いない……。


「あ、朝は本当にすみませんでしたっ……。本当に反省して……」

「朝……。あの騒ぎのことか?」

「あ、はい……」

「それがなんだ」


 え、それがなんだって、迷惑だったんじゃないのっ⁉


「あの、わたしなんかと目立つことになってしまい……」

「そんなの気にしていない。……本当ならおれが謝らなければいけないな。すまない」

「え、あの⁉ そ、そんな……」


 謝らなくていいのに……。


「本題はここからだ。……椿」

「えっと……?」


 いきなりの名前呼びに戸惑い、彼を見る。


 え、何、すごい怖いんだけど……。

 すると目の前にいた真也さんが、わたしの目をじっくりと見つめて、急にわたしの前で片膝をついた。

 そして、一言こう言った。



「おれのパートナーに、なってほしい」


 …………………………。


 は、はああっ!!!???

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