第13話
その間にお雪は密かに男達の背後に隠れ、縮こまっていた。それに気付いた狐婆様は獲物を狩り出すように娘に顔を向け睨め付けて、再び杖を振り上げた。
既にお雪は打たれた目を小さな片手で覆っていたが、もう片方の腕も上げて自らの顔をさらに覆った。
男性の一人は唇を突き出して少し唸った。いい加減にするようにと彼が声を多少張り上げると、狐婆様は怯み、逃げるように通常の倍程の速さで自らの家の方へと歩き去って行った。
その家はお雪が住む「犬小屋」よりもさらに小さく、壁の木材は荒れた様子で劣化が進んでいるようだった。
婆様は時々恨めしそうに振り返り、元から細い目をさらに細めていた。それをお雪は警戒しながら見ていた。老婆の黒ずんだまぶたが離れた位置からでもよく目立った。
家の戸は閉じられて老婆は姿を消した。
男達は厄介者が消えたのを面倒そうな顔付きで見届けてから、各々の目を娘に向けた。彼女は片腕を下ろしていたが、もう片方の腕の手はまだ目を覆っていた。
男性の一人は、殴られた箇所があざになっていると指摘した。血は出ていないと言った。お雪は手を少しだけ左目から離し、見てみた。確かに出血は無いようだった。
もう一人は、何か用事があるなら早く済ませてこいと言った。その通りだった。老婆に用があって外に出ていたわけではない。
別の一人は念を押すように首を伸ばして娘の顔を覗き込み、母親には告げ口をしないようにと言った。
「うっかり派手に転んだとか、何かにぶつけたとか何とか……自分で、適当に考えて……」
言い訳をしておけ、という言葉が続いてお雪の耳に妙に残った。
言い終えると彼らは娘から離れ、それぞれが微妙に異なる歩幅で別々の方向に散って行った。彼らの一人の草鞋とその上の素足がお雪の目にふと入ったが、足首は意外な程に細く見えた。
少し遠くの所で別の男達がぼろぼろになった廃屋を解体していた――釘を抜き、板を剥がし、ナタで板をさらに細かく割っていく。廃屋を構成する木材の殆どは燃やす以外に用途がないらしく、できるだけ細かく砕かれて冬場に火を維持する燃料として消費されるようだった。
一人になったお雪は左手を左目の上に再び置き、目の周りを手でさすった。彼女は疲れたように一度その場にしゃがみ込み、先刻地に落ちた荷物を拾った。そしてため息をついた。
――痛かった。お雪は思った。
大人から軽く肩や背を小突かれる事は割と日常茶飯事だったのだが、顔をぶたれるのは初めての事だった。この時に集落内の音はお雪の耳に入っていなかった。
――母上から言われたお使いを済ませないと。
お雪は腰帯が緩んでいないかを確かめ、片手に荷物を持ってふらふらと歩き始めた。
傍には井戸があった。物を言わない井戸とそれを覆う木組みの屋根にお雪は妙な親近感を持った。
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