第14話

 比較的大きい一群の家々が見えてきた。集落の上の身分の人々がそこに住んでいる。遊びには行かぬようお雪は母からいつも言われているのだが、お使いで訪れる事はあった。そして用事が住んだら即刻、どこにも寄らずに帰って来るように言われる。然るべき用があって行く分には、大きな問題はこれまで一切起きていない。

 本当はお雪をお使いに行かせたくないと語る母は、上の身分の者達が苦手らしかった。お雪は子供ながら母のためと思い|、お使いを引き受けていた。

 ある二階建ての家に、お雪は真っ直ぐ向かった。そこはお使いでは何度か来ている家だった。

 敷地を囲む板塀は、縦板と横木が隙間を空けて格子状に幾多も組み合わされている。玄関前の構えには威厳があって「犬小屋」とはまるで異なるようにお雪には感じられた。

 玄関の戸は開いていた。

 土間と廊下を隔てる上がりかまちに一人の男が腰掛け、そこで刀の手入れをしていた。濃い赤褐色の框にはどっしりと太い角材が使われており、段差は高く、お雪の膝下辺りまであった。

 男はいつもお雪がお使いで荷物を手渡している相手だった。

 彼の齢は分からなかったが見た感じでは比較的若いはずだとお雪は思っていた。口髭は無く、顎の無精髭は手入れがされているのか短く、濃くない。髪も短くしていた。大柄で肩幅が非常に広く、腕は袖越しでも太い事がよく分かった。

 男が手入れしていた刀は、反りの小さい打刀である。それはいかにも重そうで、男は厚手の布で刃の面をじっくり拭きながら、その輝きを満足そうに眺めているようだった。

 下層の身分の人々は、このような刀は所有していない――もっとも、実はお雪の自宅の奥には刀が置かれており、お雪はそれが母のものだと知っていたのだが。

 とにかく目当ての相手が玄関口にいたので、お雪は他の誰かに男を呼んでもらう手間が省けた。この家の人達はお雪に対して露骨に悪口を言う事は無かったが、蔑むような視線といかにも面倒で迷惑そうな物の言い方が彼女は好きではなかった。

「あの」とお雪は恐る恐る近付いて小さな声で言った。

 相手はまるで反応せずに刀の手入れを続けていた。娘の声が小さくて耳に入っていなかったのかもしれない。

 だがやがて男は目の前の娘に気付いたのか、顔を少しもたげて目を向けた。

「おう。おめえか」と彼は言った。

 男は、名を腕吉と言う。お雪に対して自ら名乗った事はなく、お雪の母も娘に対してこれまで一切語っていない。

 だがこの家の人達が彼に「ウデキチさん、腕吉さん」と言うのをお雪は何度か聞いており、それが名前だと分かっていた。

 逆に腕吉がお雪の名を知っていたかは定かではない――彼は「お前」「おめえ」「てめえ」等の類の言葉で常にお雪を呼んでいた。

 お雪は緊張しながら、冷静にお使いの用事を済ませようとした。

「……母上からのお使いで、物を持ってきました」

「そこに置いとけ」

 それがどこなのか判然としなかったが、お雪は忍ぶように歩み寄り、男が座る傍の床に布の小包をそっと置いた。

 刀の鋭そうな刃先の曲線は、常にお雪の側に向いていた。




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