第12話
「狐が怒っている!」と婆様は言った。
曰く、狐に見捨てられたらこの集落は滅ぶ。お雪の母親が悪いと相手は罵った。
「あの女はふしだらでそこらを遊び歩くし、集落の決まりも平気で破るし、そんな所から生まれたお前は本当に汚れた娘である」
相手の表情には何か焦燥感が見られた。顔には汗が見られる事もあった。だが何を言いたいのかは、お雪には益々分からなくなった――とにかく口汚い言葉に心が傷付き、母への悪口も不快だった。
ある日、お雪は母からお使いを頼まれて外に出ていた。風はあまり無い日だったが日が差さず、空は一面薄く曇っていた。
狐婆様は娘を捕まえた、集落の大体中央に位置する井戸の傍を通り過ぎようとした時、相手は待ち構えていたように家から出てきて接近し、お雪の行く手を阻んだ。
「この、狐を怒らせる汚れた娘!」
相手はいきなり言い放ち、右手に持っていた木の杖を振りかざし、音が響く程にお雪の左目辺りを強く殴りつけた。
「痛い!」
お雪は声をあげて後退りし、打たれた部分の辺りを左手で覆った。
布にくるまった小さな手荷物がお雪の両手を離れ、地面に落ちた。金属音がしたが包布の結び目はほどけず、中身の物は散らばらずに済んだようだった。
集落の下層身分の男達は、日頃娘が叱られようがそ知らぬ顔でいた。だが今日は何かをやましく感じたのか、近くにいた三人が止めに入った。
彼らは口周りや顎に髭を茫々に生やし樹皮のように色黒く乾いた肌の男達で、お雪は慣れていたが皮脂か何かの独特の体臭があった。
やめるようにと一人が婆様に言ったが、婆様は向き直った。
「いやいや!こいつが悪い、こいつと母親が全て悪い……」
男は顔を歪めてこんな娘に言っても何も始まらないと相手をたしなめたが、婆様は狂ったように「こいつらのせいで、狐が」と繰り返した。その表情は段々と泣きそうになっているようにも見えたがお雪は自分の方が泣きたい気分だった。
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