古き因縁の魔の手1

「よう、起きたか?」


 テシアが目を覚ました時そこは知らない部屋だった。

 頭の中がぼんやりとしてはっきりしない。


 変な煙を吸った直後から急激に頭が重たく感じられて意識を保っていられなかったのである。

 まず思ったのは視界が広いなということだった。


 最近ようやく慣れてきたヘルムを被っていなかった。


「目ぇ覚ましやがれ!」


「うっ!」


 ザバッと水をかぶせられてテシアはうめき声を漏らした。

 ぼんやりしていたので少し飲んでしまった。


 冷たい水だったがおかげで一気に頭の中がスッキリとしてきた。


「テシア・フォン・デラべルード……いや、今はもうただのテシアか?」


 テシアの目の前に男が座っている。

 50代ぐらいだろうか、薄くなり始めた頭、ガサガサとした肌をしているが身なりは綺麗だ。


 ニタニタとして嫌悪感を呼び起こさせる嫌な笑みを浮かべてテシアのことを見ている。


「俺が誰か分かるか?」


「いや、分からないね」


「そうだろうな。お前さんとは直接会ったことないからな」


「会ったこともないのに僕のことをさらったのか?」


「会ったことはなくても俺はお前に恨みがあるんだよ」


 テシアは動こうとしてみるが後ろで手が椅子に縛り付けられている。


「恨み? 恨みを買ったことはないとは言わないが会ったこともない人に恨まれるような覚えはない」


 さらに自分がいたデルベラードの地からだいぶ離れたこんなところでは余計に思いつかない。


「それがあるんだな」


 男は深いため息をついた。


「モノイルワ・ミナアクニン」


「モノイルワ? ……聞いたことある名前だな」


「そうだろう? お前に殺されたんだ!」


 テシアは記憶を辿る。

 どこかでその名前を聞いた覚えがある。


 ついでに男から飛び出したテシアに殺されたという情報も使って考えた。


「ああ、思い出したよ。禁止された植物を大量に密輸した罪で捕まった人だね」


「そうだよ。記憶力がいいな」


「お褒めに預かり光栄だよ」


 皇族としての役割として犯罪調査の責任者を任されたこともあった。

 最初はお飾りの責任者だったのだが最終的にはテシアが自分の手で最後まで解決した。


 殺したというのも間違いではない。

 黙って捕まっていれば一生牢の中で過ごせたものを、若いテシアに捕まったことに逆上して襲いかかったのだからその場で切り捨てられたのだ。


「俺はモノイルワの従兄弟だ」


「国の外に親戚がいるのは知っていたが君だったのか」


「そうだ。ニンクアだ。お前を地獄に叩き落とす……」


「おい、ニンクア、テメェ嘘つきやがったな!」


 部屋の中に男が入ってきた。

 ニンクアと違って人相が悪く、やや小汚い格好をしている。


「チッ、なんだ!」


「たかが女1人さらうだけだと言ったろ! それなのになんだ、うちの精鋭が2人もやられたじゃねえか!」


 男はニンクアに掴みかかる。

 さらう時に何かがあったのだなと会話を聞いてテシアは思った。


「いるのは神官の女だけ! それもさらえばいいなんて言ったのになんだよあの男! ただの優男だなんてお前の目は節穴なのか!」


「まあまあ、落ち着け。その分の補填はする。また人なら育てればいいだろう」


 優男とはキリアンのことだろう。

 甘く見て襲いかかり、手痛い反撃を受けたことが手に取るように分かる。


「この女を売ればそいつらも死んでよかったと思えるだろうさ」


「確かに綺麗なしてるがそんな価値があるのか?」


「聞いて驚け。なんとこいつは元皇女様だ!」


「こ、皇女だと? そんなの手を出しても大丈夫なのかよ!」


 男が焦りの表情を浮かべる。

 皇女に手を出して無事に済むはずがないという思いがまず勝った。


「大丈夫だ。言っただろう、元皇女様だって。護衛でもいたら今頃俺たちはもう死んでるよ」


「そ、そうか……」


「チッ、臆病風に吹かれやがって」


「はっ、俺は慎重なんだよ」


「はぁ……しかし裸にひん剥いてやろうと思ったがこいつの鎧なんなんだ。外せねえじゃねえか」


 テシアの鎧はヘルムと同じく特別製である。

 着脱にかなりコツがいる。


 人が気を失った状況で鎧を脱がせるのはコツを知っていてもなかなか大変な作業になるぐらいなのだ。

 この鎧でよかったとテシアは思った。


「従兄弟の復讐で僕をさらったのか?」


 身内が殺されたことを恨む気持ちは理解しないでもないが、犯罪を犯して死んでいった身内の復讐のためにわざわざテシアのことを調べて誘拐までする復讐心は理解できない。


「モノイルワの復讐だと?」


 ニンクアはテシアのアゴを掴んで怒りに満ちた表情を浮かべる。


「あのバカの少しはあるが俺がお前をぶっ殺したい程に恨んでるのはそれだけじゃねえんだ!」


「うっ!」


 ニンクアの手に力が入って痛い。


「押収されたあの植物……どれだけの損失になったと思う?」


「なんだと?」


「テメェはあれを全部燃やしやがった! 見つかったのはあのバカだが俺のはらわたがどんだけ煮えくりかえったか!」


 テシアはなるほどと思った。

 どこから禁止された違法な植物を密輸してきたのか追いきれなかったがこいつに繋がっていたのかと今になって分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る