肉体派も怒る
ビノシ商会に人が集まり始めてハニアスは教会に送ってもらうことになった。
キリアンは宿を紹介され、朝にまたビノシ商会に集まることにした。
「ハニアス!」
ドアが粉々に砕け散って何が起きたのかと思った。
部屋に入ってきたのはマリアベルであった。
「大主教様」
「どういうことだい? どうしてテシアは一緒じゃない?」
手に持ったドアノブを投げ捨てながらベッドに座るハニアスの前に膝をつく。
「大主教様……」
途端にハニアスの目に涙が溜まっていく。
「私……何もできませんでした」
ハニアスの目から涙がこぼれる。
表情の変化に乏しいハニアスであるがその内心で何も思わないわけじゃない。
テシアがさらわれた時ハニアスは焦りや怒りを感じた。
素早く動いたキリアンと違ってハニアスは何をしたらいいのかも分からずただキリアンに守れていただけだった。
早く助けに行かなきゃいけないのに馬にすら乗れない自分が情けなくて、マリアベルを見た瞬間にそうした感情が噴き出してきて泣いてしまった。
「おー、よしよし、落ち着きなさい」
何があったのか聞き出したいが珍しく取り乱すハニアスをマリアベルは優しく抱きしめてあげる。
それだけテシアがハニアスの中でも大きな存在になっているのだということも感じた。
マリアベルの熱い胸板に抱かれてハニアスも少しずつ冷静さを取り戻してきた。
ドアを壊したとんでもない音がしたので覗きに来た人たちもいたけれど中の様子をすぐに野次馬を止める。
「とりあえず、テシアが大変なことになっているんだね?」
マリアベルは基本的に夜更かししない。
筋肉に悪いから。
しかし今日はなんとなく眠れなかった。
嫌な予感がして、寝つきが悪かったので部屋で静かにトレーニングをしていた。
すると誰かが教会にやってきたというのがたまたま耳に入った。
若い女性の巡礼者。
もしかしてと細かく話を聞いてみるとハニアスだった。
けれどなぜか一緒にいるはずのテシアはいない。
こんな夜中に教会を訪ねてくるのもおかしくてマリアベルはハニアスの部屋に飛び込んできた。
嫌な予感もしていたしトレーニングもしていたしで力の調整を間違えてドアを破壊してしまった。
「はい、そうなんです」
マリアベルがハニアスの涙を親指で優しく拭う。
「あの子なら大丈夫。何があってもくじけない強い子だから」
「ぐす……はい」
マリアベルの女性にしては低い声にハニアスは安心を覚える。
「何があったのか教えてくれるかい?」
肩に手を乗せてマリアベルはハニアスの目を見つめる。
「実は……」
ハニアスはダイコクにしたように起きたことを説明する。
キリアンという新たな同行者がいることにもマリアベルは驚いていた。
「あの子を誘拐だなんて……」
ハニアスの肩に乗せられた手に思わず力が入る。
しかしマリアベルは己のうちに湧き起こる激情を飲み込んだ。
怒りはするがここでそれを出してもなんの意味もない。
「それでビノシ商会に助けを求めたのかい」
「その通りです」
「それは正しい判断だね。あればテシアが育て上げた猟犬だから」
「猟犬……ですか?」
「ああ、あの子は私たち思っているよりもずっとすごい子なんだよ。けれど私もただ手をこまねいて待っているわけにはいかないね」
ビノシ商会に任せればテシアを見つけてくれるだろうとは思うが何もせずにジッとしているだけなのもマリアベルの性に合わない。
「色々あって疲れただろう? ハニアス、お前はまず寝なさい」
「ですが……」
「ダメだ。眠たいまま、疲れたままでは力を発揮できない。焦るような状況ほど冷静になるんだ」
「…………分かりました」
「昔のように手を握っておいてやるかい?」
「いりません! その代わりに……テシア様を」
周りの人にはどこか壁一枚隔てたようなハニアスがここまでテシアの心配をするとは。
テシアがハニアスと友人になってくれればいいと思ったが予想以上の関係になりつつあるようでマリアベルは嬉しかった。
だからこそテシアを無事に助けねばならない。
同じ教会の神官を決して見捨てることはしない。
「誰か、神官騎士の団長の部屋はどこだ?」
マリアベルがドアのなくなった入り口から出ていった。
ハニアスは倒れ込むにようにベッドに横になる。
「テシア様……どうかご無事で」
神にテシアの無事を祈る。
そうしているうちにハニアスは眠りに落ちてしまった。
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