第3話 魔女と呼ばれた私の学生生活 2

 蔦が絡みついた入口の柱を過ぎ去り、陽光の届かない暗い場所へと歩を進める。

 太陽の下では弱々しく見えたランプの光が勢いを増し、リドリー達の足元やほんのすこし前を歩くカールの背をぼんやりと照らし出した。


 歩き始めてすぐに、リドリーは肝心なことに気づく。


「ね、ケネス先輩」


「なんだ?」


 ランプの橙色の光に照らされたケネスは、穏やかな表情で応じてくれた。


「こんなに暗くちゃ、歴史の名残りも全然見えませんね」


「…………リドリー君、事前説明をまともに聞いてなかったな?」


 吊りあがるケネスの目を見て、リドリーは思わず首をすくめる。


「所々に燭台が設置されてるんだ。それに火をともしていけば、中を観察できる明るさが得られると言っただろう。そのためにわざわざ大量の蝋燭を持ってきたってのに、どうして君と言う奴は……」


 ケネスが説教を始める間にも、先行するカール達が通路の燭台に明りをつけ始めていた。

 ケネスは説教を中断し、早足で先へ進む。リドリーは慌ててケネスを追いかけた。こんな暗い場所で置いて行かれてはかなわない。


 半時間ほどで、一階部分は薄暗いながらものんびりと建物の中を見回せるほどの明るさになった。そのままケネスとリドリー、レンテとカールの二手に別れて中を見学する。


「ほら、先輩。壁画ですよ壁画」


 周りが良く見えるようになった途端にはりきり出したリドリーは、ケネスを近くの部屋に引っ張っていった。

 その部屋の扉はとうの昔に朽ちて、床に木屑となって散らばっていた。扉の残骸を踏みしめて入ったリドリーは、部屋というのが似つかわしくない奥行きのあるその場所の広さに驚く。次いで壁画が広い壁一面に描かれていることにも驚いた。


「すっごい。ここ、ただの部屋じゃないんですね。学校の大講堂の天井画と、どっちが大きいんでしょう」


 五百人は収容できる大講堂は、天井一杯に宗教画が描かれている。それを思い出し、リドリーは頭の中で比べはじめる。


「これは広間だろうな。転がってるのは椅子の残骸か? 何に使ったのかはよく分からないが……」


 ケネスは答えながら、持っていたランプを壁にかざす。通路からの光が届かない場所の画も、落日のようなオレンジの光に照らし出される。それを子細に眺めながら、ケネスは眉をしかめた。


「客をもてなす部屋にしては、題材がおかしいな。魔女が迫害された時代に、魔女をモチーフにしたこんな壁画を見せびらかしたら、仲間だと思われて捕えられただろうに」


「確かに変ですね」


 リドリーも画に張り付くようにしてじっくりと端から見ていた。


「魔女の絵って、迫害されている場面や、処刑シーンとかが多いじゃないですか。だけどこの絵はなんだか、なごやかですね」


 鳥たちと空を飛ぶ魔女たちの表情は明るい。隣の収穫祭らしいモチーフも同じだ。そこには魔女達が『分身』と呼んでいた使い魔の、異形としか形容しようのない姿が描かれている。異形の姿がなければ、どこかの田舎の風景と間違えただろう。


「ああ、こっちはまだ魔女らしい感じだ」


 ケネスがランプで照らし出してくれた場所は、分身を従えた魔女が死体を踏み越え、鎧を纏った軍勢に戦いを挑んでいる姿だった。


「これはすごいな。魔女を英雄視して描いた絵など、見たことがない。王家を支配する魔女を倒した聖女を、魔女の姿に置き換えたのか……」


「そうなんでしょうね。ただの変態魔女愛好家が自分の想像図を描かせただけだって、先にここを調べた学者さんも考えたんじゃないでしょうか」


「変態……リドリー君、もっと違う表現法が世の中には……」


 ケネスがリドリーの言葉を訂正させようとしたその時、地響きとともに城砦が揺れた。地震にしてはなんだかおかしい。

 揺れがすぐに止まってしまった。


「なんだ?」


「さあ?」


 二人が首をかしげる間にも、すぐに第二波がくる。今度は重い物がぶつかる音とともに城砦が震え、天井からパラパラと細かな砂や埃が落ちてくる。


「な、なんですかっ、これ!」


 叫んでその場に座り込みそうになったリドリーを、ケネスが腕を引いて立ち上がらせる。


「崖崩れかもしれない、外へ逃げるぞ!」


 ケネスに誘導されるまま部屋を飛び出したリドリーは、廊下へ出たところで猫の集団を踏みつけそうになって足を上げたまま硬直する。

 どうやら人があまり来ないのを良い事に、ねぐらにしていた野良猫がいたらしい。


 十数匹に及ぶ白やブチや茶色の猫達行進を見送ったリドリーは、ようやく足を降ろした。


 猫とは反対方向へ走るケネスを追って行くと、大広間へ続く廊下は途中でつぶれていた。

 瓦礫と大岩に通路を遮られた廊下を目にして、二人は同時に反転する。


 幸いなことに、蝋燭は火が消えずに残っていた。おかげで二人は、別な脱出口を求めて走りまわることができた。

 一つ一つの部屋へ飛び込んで、外へ出る扉がないか窓がないかを確認する。


 ほとんどの窓は崩れた岩に塞がれてしまっていた。

 時折岩に塞がれていない窓もあったが、その下は高い崖になっており、飛び降りたら確実に死ねそうな高さがある。


「なんでこんな、変なところに、城砦なんて、建てたんでしょうねっ!」


 次の部屋へ走りながら文句を言うと、ケネスが律儀に返答してくれた。


「だから、ここの領主は、魔女を匿っていたらしいと噂があって、捕えられたんだと……おおおおぉお前、調べたこと全部忘れたんだろう! 何でこんなところへ魔女の痕跡を求めて来たと思ってるんだ!」


「覚えてますよ先輩! 覚えてる、から、こんな所に城砦を持ってなかったら」


 リドリーは一度足を止め、息を整える。


「きっと、疑われなかったんじゃないかって、思って……うわっ!」


 何かが足元を撫でて行った。

 その気配にたたらを踏んだリドリーは「何か」を見てほっと息をついた。それは金色に輝く瞳を持つ黒猫だった。薄暗いから、見分け難かったのだろう。猫は落ち着いた様子で、廊下の端にたたずんでいる。


「一緒に逃げる?」


 リドリーが声をかけながらしゃがみ、手を伸ばす。猫はするりと彼女の手にすり寄った。

 元は飼われていた猫なんだろうか。


 そう思った時だった。

 すぐ近くの天井が、砂が崩れるように落ちてくる。舞い上がる石の欠片と砂埃の中、リドリーは咄嗟に猫のシグリを抱き締めて固く目を閉じた。


 ややあって目を開け、崩落した場所を見て、リドリーは息を飲んだ。

 天井を押しつぶした岩の上に、人が立っていたから。

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