本編

「和尚憑きですか。いやあれは寺の者とは無関係でして、ある言葉が略されているのですよ。本来は、〝小原庄助憑おはらしょうすけつき〟と呼ばれていました。

 由来は、わたしも小僧の頃に当時の和尚様から聞いたもので断片的な話になりますが、小原庄助とは大昔この辺りに住んでいた遊び人だそうです。大地主の放蕩息子で、朝寝朝酒朝湯を好み、遺産を継いだのにそれを全部道楽に費やし、飢えも病も老いも気にせず死ぬまで遊び尽くしたといいます。小原家の者達はさんざん財産を食い潰した庄助に対して大変立腹していましてね。死後は葬儀もおざなりにして、墓さえも建てなかったそうですよ。


 問題はそのあとです。小原家の者に庄助と同じようなことをする者が現れだしましてね。朝寝朝酒朝湯以外は全て遊びに費やし、食うことはやめて死ぬまで財産を使い潰す者が出たのだとか。これが遊び死にすると、別な者が新たにそうなる。この繰り返しで、とうとう小原家は潰れてしまったというのです。

 みなは庄助の祟りではないかと墓を建て直そうとしたそうですが、なにせ遺体がどこに行ったかもわからない扱いをしたものですからね。祟りは続いて、小原家の衰退後は町の者が順番に憑かれているのです。これが小原庄助憑きと呼ばれるものです。


 和尚憑きという呼称に変化した理由は、三つほど考えられます。一つは、小原庄助の名を略して呼ぶうちにそうなったのではないかということ。

 二つ目は、和尚憑きの犠牲者は憑かれている自覚がないこと。というのは財産を食い潰している奇行に気付いた周囲が『小原庄助に憑かれてるぞ』と警告したとしても、当人にはそれを自覚できないような情報の変換が脳裏でなされるようでしてね。〝和尚憑き〟と聞こえていたのではないかと。

 三つ目は、そう聞こえたからか無意識に助けを求めてか、小原庄助憑きに遭った者には、本来彼の墓が作られるはずだった寺の和尚に助けを求めて来る者もいるのですよ。わたし達としても、いったん憑かれている者から追い出すことしかできませんがね。ちょうど、あなたのように」


 男はそこで、初めて自分がガリガリに痩せ細っていることに気付いたそうだ。

 住職はいつもしていたように、念仏を唱えて和尚憑きを終わらせようとした。やがて男の身体からは何かが抜け出たが、それは身なりだけは立派な着物を纏った骨と皮だけの木乃伊ミイラのような人間に見えたという。


 木乃伊は言った。

「よそ者に憑いたのは初めてだ。この町では遊び飽きたからな、次はそいつの故郷で遊ぶことにしよう」


 これを聞いて故郷が荒らされることを恐れた男は、とっさにこう口走ったという。

「待ってくれ、行くならその前にいい話がある。故郷には民謡が伝わっていてな。そこでは近くの磐梯山が〝宝の山〟と歌われている。あそこには使い潰せないほどの財宝が隠されているということだ。そいつを見つければ、お前はいつまでも遊んでいられるだろう」


 すると木乃伊は「それはいいことを聞いた、その宝はおれのものだ。誰にも渡さない」と宣言して消えたという。


 以来、都からは和尚憑きがなくなった。

 代わりに、この福島県の磐梯山中を血眼になってさ迷い歩く木乃伊がたびたび目撃されるようになったそうだ。

 そして人々は、木乃伊が宝探しを諦めて里の人に憑かぬよう、会津磐梯山の民謡に改変を加えて歌い響かせ、宝探しを続けさせるようになった。

 今では、民謡『会津磐梯山』はこう歌われている。


 〝エンヤー 会津磐梯山は宝の山よ

 笹に黄金がエーマタ なり下がる

 小原庄助さん 何で身上潰した

 朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上潰した

 ハァモットモダーモットモダ〟

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和尚憑き 碧美安紗奈 @aoasa

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