第21話 数年後。

『名は』


「あ、はい、ユノ・ナダギですけど」

『来訪者に問う、来訪の目的は何だ』


 えっ。

 コレ、本来なら、セオリー的には歓迎される展開の筈じゃ。


「いや、こう、特に目的と言うか」

『なら国外へ出てくれ、我が国は来訪者を歓迎してはいない、特に女性の来訪者はな』


「あ、いや、この国の為になる事はしたいと」

『ならば可及的速やかに出てくれ、向かう国は選ばせる、そこでなら君は歓迎される筈だ』


 イケメンの威圧感、ヤバい。


「でも、どの国が安全か」

『コチラの情報を信用出来無いのなら、ならば余計に留まる必要は無い筈だが』


 コレ、前回の来訪者が何かやらかしたんだろうなぁ。


「分かりました、お騒がせして申し訳御座いませんでした」

『暫くの案内人は付ける、クララだ』

《宜しくお願い致します、皇妃付きの侍女、クララと申します》


 待遇は悪く無いんだよなぁ。

 うん、来訪者自体は悪く無いんだろうけど、前回のが相当やらかしたんだろう。


「何も知らないんですけど、以前の来訪者がやらかしたなら謝罪します、すみませんでした」


「いえ、コチラこそごめんなさい」

「いえ、では、失礼致します。宜しくお願いしますクララさん」

《では、参りましょう》


 コレ、現れた瞬間に殺されなかっただけマシなのかも。

 何か視線が刺さると思ったら、コレ凄い殺気なんだもん、しかもアチコチから。


 何してんのよ、前回の来訪者さん。




『ヴィクトリア、コレで信じてくれとは言わない、今は王妃役としてココへ座ってくれただけでも十分だ。ただ、我儘を言わせて欲しい、もう少しだけ傍に居てくれないだろうか』


「私の方こそ、我儘かと。陛下は既に立派に戴冠式を終え、正妃様も選ばれました。なのに私は」

『もし、今回がダメなら、今度は君が僕を殺してくれ。そして南方のレウス王子と相談し、次に据えるべき皇帝を君が選んでくれ』


「そんな」

『また、やり直したくは無いだろうヴィクトリア、その連鎖を断ち切るには君がしそうにも無い事が1番だ。こうして僕を変えた様に、君が少し動くだけで良い、僕が刃物を手にした君に抱き着く事を許してくれるだけで、国が滅びる事は無くなる』


「そう断言は、控えるべきかと」

『以前の僕とは違う、けれど元は同じ僕だ。だからこそ、君に酷い事をした真の理由を僕から説明する事は叶わない。それでも、同じ僕だからこそ分かる、予測が出来る。君の優しさや大らかさに惹かれていた筈、苦を苦と思わない才能が羨ましかった筈、君に愛されたかった筈なんだ』


「私が自ら言うのもなんですが」

『有能さは勿論、有能な筈の君が僕を見捨てなかった、そうした優しさも愛している。それに、君は僕に期待してくれる、その期待に応えたい』


「それなら何故、以前のアナタは」

『出会ったばかりの僕を覚えているだろうか、全く人を信用せず、無気力で婚約者候補に関心を寄せていなかった。けれど、だからこそ君の大らかさと優しさにどうしようもなく惹かれた筈、こんな僕でも愛してくれるかも知れないと。素直に言わない分際で不器用に甘えて、君に同じ様に悩んで欲しかったんだと思う、要は君に媚びて泣き付いて欲しかった。他の候補の様に、表に出して欲しかったんだと思う』


「可愛げが無かったと反省はしております、けれど」

『今は望んでいない、君を困らせたくは無いし、幸せになって欲しいと思う。ただ、どうしても手放せない、きっと以前の君程には僕を愛してはくれなくても。いつか、僕を少しは好きになってくれるかも知れない、少しは愛してくれるかも知れないと思っている。何故なら君は受け入れようと努力をしてくれた、僕を殺そうとも復讐しようともしなかった、結局は嫉妬させようとすらしなかったんだから』


「もしかしたら、コレが復讐なのかも知れませんよ」

『構わない、もし今と何か少しでも違っていたら、僕は前世と同じ様な事をしていただろう。そんな確信が有る、元は同じ僕だからね、だからこそ復讐も受け入れる。僕の記憶に無かったとしても、僕が行った事、僕の罪は僕が引き受けるべきだ』


「他に、他の男性に、女性に本当に気を向けるかも知れません」

『構わない、傍に居てくれているだけでも贅沢が出来ていると思っているし、君に苦痛を与えているとも理解している。今の僕にも復讐される理由は有る』


「一生、抱かれないかも知れません」

『抱かずとも死なないのだし、仕方無い、君が傍に居ない事の方が遥かに苦痛だ』


「あ、下賜の相手は決まりましたか?」


『パトリックの弟、パスカルを、と』


「どうしてパスカルが?」


『まぁ、色々と、紆余曲折有っての事だよ』

「そう隠されるなら信用出来ません」


『君を下賜する候補に、以前、上がったんだ』


「弟の様なモノで、とても」

『そこはうん、すまない、君が前世の記憶を持っていると知る前の事なんだ』


「でしたら、今の候補は?」


『レウス王子が、既に適切な相手を何人か探し出してくれている。けれど、君が選ぶなら、どんな男でも受け入れる』


「ウムトでも?」

『泣く泣く、仕方無く、凄く心苦しいし辛いけれどね』


 皇帝としてのお立場を誰よりも気にする陛下が、こんな狡い文句を、請う様な表情で。

 狡いですね、本当に。


「狡賢くなられましたね、アレクサンドリア陛下」

『君の為に。ただ、もしも僕を愛したくないのなら、直ぐに国を出てくれて構わない。君が生きているだけで、幸せだと知れるだけで満足出来る様になる、そう努力する』


「本当に宜しいんですね」

『あぁ、君が許せないなら僕も僕を許せない、愛されない事も僕への罰だ』


 私は、皇妃だったにも関わらず、未だに狭量なのです。


 愛されるとはどんなに甘美かを知り、陛下の顔を見る度に、思い出す度に胸が酷く痛む。

 同じ顔をした双子が起こした出来事、そう思おうとしても、前世の私が同じ者だと叫ぶ。


 真っ直ぐに愛された事で、愛した者に愛されない事が如何に辛いかを知ってしまい、今でも恨んでいます。


 知らなければ、私はこんなにも苦しまなかった。

 愛されなければ、私はこんなにも悩まなかった。


 なのに、だからこそ。

 与えておいて、理解させておいて、他の者に譲る案を呈示する。


 また、愛されないかも知れない不安に陥らせるなんて。

 私は、とてもとても許せなくなってしまったのです。


 だから私は、改めて復讐する事にしました。

 私の不幸はアレクサンドリア陛下の不幸、そうした復讐に最適な立ち位置は、やはり側室。


 私の今までの不安を、前世の復讐を、八つ当たりを陛下に受けて頂く。


 それでも、受け入れると仰るなら。

 先ずは抱かれてみようと思います、下手を装うのは難しいそうなので、それから考えてみようと思います。


 前世の彼とは全く違うのだと、私の体が受け入れたのなら、私は私を受け入れようと思います。


 許してしまう私を、私を殺した相手を受け入れてしまう私を、受け入れようと思います。




《ヴィクトリア様、おめでとうございます、可愛い、抱きたい》

「アシャ、もう彼女が居るでしょ?」


《ヴィクトリア様はヴィクトリア様ですから》

「はいはい、どうしたの?ケンカでもしたの?」


《どっちが大事なのか聞かれたので、別れました》

「あぁ、そうなのね、次を探しましょう次」


《はい。あ、それより、違うんですよ、赤ちゃんを抱っこさせて下さい》

「ふふふ、はい、どうぞ」


 結局、ヴィクトリアはアレクを受け入れた。

 クララ曰く、アレクが偽り難い中々の失敗をした事で、クララも納得したらしい。


 それに、俺もだ。


『おう、アシャ、元気か』

《お久し振りです王子、ご機嫌麗しく、王妃様もお元気そうで何よりです》

《ふふふ、しっかり正妃してるわね、偉いわアシャ。それにヴィクトリアも、お久し振りね、もう大丈夫なの?》

「はい、問題無く、お乳の出も溺れる程です」


《良かった》

『最初は出ないって泣いてたものな』


《本当、自分の胸があんなに憎らしかった日は無いわ》

『順調か、ヴィクトリア妃』

「はい、ありがとうございますレウス王子」


 アシャはレウス王子の正妃が、どうやら好きだったらしいが。

 良い趣味はしてる、どちらも賢い女だからな。


『皆さん、ヴィクトリアが疲れる前に、お願いします』


 この、世界一幸せそうな顔をしてるアレクは、先代皇帝に近い手腕を発揮出来るまでに育った。

 今もまだ成長中だが。


「さ、どうぞ王子」

『いや俺は遠慮する、やっぱり小さいんだ、壊れそうで怖いわ』

『まだ慣れませんか』


『俺と比べてみろ、どう見ても同じ生き物には思えないだろうが』

「本当に、こんなに逞しい子になるかも知れないと思うと、改めて驚かされますよね」

《アッと言う間よ、本当、気が付いたら抱っこさせてくれなくなるんだもの》


『それはお前が嫌がっても頬にキスをするからだろう』

《だって、アナタとは違ってとっても柔らかいんですもの、ほら》

『成程、僕が真に嫉妬すべき相手が登場したワケですね』

「親子で取り合いは止めて下さいね?私の体は1つなんですから」


『それに君は僕のモノだ。譲るのは赤子の時だけ、良いね、レオン』

『そうだぞ、兄弟か姉妹が欲しくば良い子にするんだぞ、レオン』

《そう聞こえて理解してくれたら、苦労しないのよねぇ》

「流石に赤子の頃の事は、思い出せませんしね」


『それ、どうやら思い出すと恥ずかしくて死にたくなるから、自らで封印しているらしいぞ』

「成程、オムツ替えされている記憶は流石に恥ずかしいですしね」

《そうよねぇ、未だに乳母に子供の事を話されると真っ赤になるものね?》


『喜ぶヤツは居ないだろうよ?』

《それが、居るらしいのよ》

「凄いですね、未来の方」


『だな、今で助かる』

『ですね』

「さ、良い子で抱っこされて下さいね」

《ふふふ、ありがとう。良い子ねレオン、可愛い子、良い子良い子》


 もし、コレでアレクが前世を思い出しているとしたら、それこそ逆に治世は安泰だ。

 長年見て来た俺を欺き、ヴィクトリアさえ騙せるなら、騙す事はあれど騙される事は無い筈だからな。


《ほら、アナタも、大丈夫よ》

『いやー、あ、お前はもう抱いたのか、パトリック宰相』

『いや、俺は』

「ふふふ、次はパトリックですね」


『何でですか』

《あら、何事も経験よ、はい座って》

「大丈夫ですよ、籠になるだけですから」


《そうそう、はい、どうぞ》


 軽い、そして柔らかい。

 あの子が順調に育てば、こうして生まれて来れたんだろうか。


 この子は、今度こそ幸せに生き、愛されるんだろうか。


『すまない、レオン』




 僕は、結局記憶を思い出せないまま、ヴィクトリアに出産させるまでに至った。


 もしかすれば、赤子を見て思い出すかも知れない。

 陣痛から生まれるまで、僕はひたすら不安と期待に苛まれ続けた。


 そして、産まれた赤子を見た時。

 嬉しくて堪らなかった。


 ヴィクトリアが僕を受け入れた証、愛の結晶、ヴィクトリアの努力の賜物だと。

 けれど、パトリックは不安な様子のまま、そこで初めて僕は思い出した。


 前世の僕は何度も殺したのだ、と。


 ただ、どう、パトリックに謝るべきか。

 子にどう償えば良いか、分からなかった。


 そして少しして彼は、いつも通りの彼に戻ってしまい、謝る機会を失ってしまっていた。


『すまない、パトリック。レオンが生まれてからずっと、謝れずにいた、すまない。何度も、見せる事になってしまって』


『俺の復讐は、コレからですよ』

『あぁ、受け止める』


『アナタに苦労を掛けます、ヴィクトリア様の苦労にならない程度に』

『成程な、なら俺も加担してやる、遠慮するな』

《そうよ、綺麗事で問題が解決したら諍いなんて起こらないもの、全力でなさい》

「そうですよ、パトリックにもセバスにも復讐の機会は与えられるべきです、是非苦労させてやって下さい」


『だそうだ、頼むよパトリック、セバスと合算してくれても構わないよ』


 セバスとはお互いに許し合った。

 けれど、それは今世での事。


 前世の行いは、あまりにも僕に罪が有り過ぎる。


 2人を殺しただけでは無い、民にまで被害を出したのだから。

 何も無しに自分とは違う道を歩んだ自分を、許せない。


 被害は、確実に有ったのだから。


『レウス様、協力を、宜しくお願いします』

『おう、任せろ』


 クララの結婚相手も、前世の記憶を持っていた。


 皇妃の処刑を知った直後、隣国に近い場所に居た彼は家族諸共戦火に巻き込まれ、逃げた先でクララと出会い。

 お互いを支え合いながら何とか生き延び、生涯2人だけで過ごしていたらしい。


 クララは、子を敢えて作らないでいた。

 ヴィクトリアが処刑された事で、皇妃にした自分が悪い、罪が有るのだと薬を使っていたらしい。


 そうして命を縮め、早世してしまったのだと。


 そして彼に会い、僕は刺される気でいた。

 けれど彼は僕には目もくれずクララの手を取った、今度こそもっと幸せになろう、と。


 僕は大勢を殺した、産まれる筈だった命まで奪った、僕は僕が許せない。

 出来るなら他の全ての自分を消し去りたい。


 けれど、それは叶わない。

 真に何をしたのか、じっくり考えない限り、僕には未だに察する事が難しい。


 けれどヴィクトリアは、前世を思い出さないで欲しい、前世の様になるなら思い出して欲しくないと言ってくれた。

 僕を前世の僕と違うと、認めてくれている。


 そして褒めてくれる。

 僕も願った通り、認め合い、褒め合える夫婦になれた。


 その事だけは、僕は僕に感謝している。


『ありがとう、ヴィクトリア』

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