第20話 側室候補。

 私は帰国後、側室候補となりました。

 そしてアシャは正妃候補、皇妃では無いのは自国の者では無いので、敬称が少し違うのです。


 そうして本格的に友好国との国交が始まり、大臣選定が始まり。


『助かるよパトリック』


 現皇帝は、確かに殿下が拗ねてしまう程の手腕ですが、それだけ曲者と言う事なのです。

 平然と、飄々と帰国後のパトリックを殿下の側近に指名し、ご自分でも重用なさっている。


『はぁ、陛下、実は俺が思い出しているとかなり前から気付いていたんじゃないですか』

『そうかも知れないね』


 腹芸に秀でてらっしゃる、裏を返せばそれだけ素直では無かったり、疑り深い。

 片や殿下は素直で真っ直ぐでらっしゃる、真反対と言えば真反対なのですが。


『パトリック補佐よ、何処も大概はこんなもんだぞ』


 真っ直ぐなレウス王子とも、真反対と言えば真反対でらっしゃる。

 それこそ殿下は、現皇帝とレウス王子の中庸、と言った所でしょうか。


『はぁ』

「お疲れ様です、パトリック」


 私は国に戻り、外交権を僅かに持つ、正妃を補佐出来る側室候補となり。

 殿下に嫉妬して頂く為にも、こうして皆さんの補佐をさせて頂いております。


『コレは、ヴィクトリア嬢が焼いたのか?』

「あ、はい、嫉妬させるべく、皆さんにだけお菓子を焼かせて頂きました」

『いつも助かるよヴィクトリア、君のお菓子は日々上達していて、私達も楽しませて貰っているよ』


 陛下はこう仰ってらっしゃいますけど、半分は隠して取っておいて、後で殿下に差し上げているんだそうです。

 甘いんです、殿下に、しかも姑息でらっしゃる。


『うん、美味い、後で自慢しておいてやる』

「ありがとうございます、レウス王子」


 私の主導で嫉妬させる事は非常に不得手で、日々皆さんに何とかして頂いております。

 前世の私、もう少し、こうして可愛げが有る事を。


 いえ、無理でしたね。

 実際に王宮へ来てみて、かなりの大臣が入れ替わっており、その殆どが私や殿下を妨害していた者だったのだとパトリックに教えて頂きました。


 妨害の理由としては、とても稚拙です。

 自分や知り合いの娘を側室に、あわよくば権力を、と。


 国の為になると言うのならまだ分かるんですが、そう思ってらっしゃる方は正攻法、裏道はやましい方が使う方法。

 そうして私は術中に嵌り、見事に可愛げが無い者に。


 今は先んじて皇帝が潰し、裏では目立たない程度にパトリックが動いていたそうで。

 私の至らない点でしたので非常に申し訳無く思いました、皇妃は最終段階でしか側室の確認が出来なかったので、殆ど何も知らなかったのです。


 ですが、その点については以前の殿下が配慮して下さっての事だと、パトリックとセバスに教えて頂きました。

 煩わせたくない、としか仰って無かったそうですが、あの殿下にしてみれば上々かと。


 はぁ、私も甘いんです、殿下に。

 泣きそうな顔で強請られてしまうと、お菓子を分けてしまう。


 あんな顔をセバスも見た事が無い、と。


 多分ですが、ウムトが何か教えているのではと思っているのですが。

 注意しても彼は全然、聞いてくれなくて。


 いえ、今日こそしっかり注意します。

 子育ても上手に叱れてこそだと、アシャが。


 勿体無いですよね、アシャはとても優秀なのに。

 どうか神様、どうにか苦無くアシャに子供が持てる案を、私にお授け下さい。




《ヴィクトリア様、だから、俺は殿下に処世術をお教えしているだけですよ。腹芸が無理なら愛想、敢えて表情を出し相手を揺さぶる、コレだって立派な処世術で》

「ウムト、他にも何か教えてませんか?女性の扱い方だとか、それこそコチラの作戦を漏洩しているとか」


《漏洩なんてとんでもない、俺は皇帝は鍛え上げられるべき存在だと思っているんですから、そんな風に甘やかしたりはしませんよ》


「でも、すっかり殿下は」

《愛情の示し方は千差万別なんです、その方法も確かにお教えしてますけど、それだけです。殿下は知らなかっただけ、あのセバスだってアレなんですから、優秀ですが過保護な両親に育てられたんですし、分からなくて当たり前。ですけど知った、知ったから行っているだけで、本質は何も変わっていないと思いますよ》


「それは、アナタが以前の」

《知りませんが、良い方へ変わる、変わる事の何がいけないんですか?》


 お嬢様の悪夢については、アシャ様にだけ。

 侍従であり弟君でらっしゃるウムトにも、私達の前世についてもお伝えしてはおりません。


 お嬢様は、変わってしまう事、変えてしまう事を非常に忌避しておいででしたが。


「私は、一時的な変化だけと言うのは、とても嫌なの」

《一時的だと、どうしてそう思われるんですか?》


「料理の仕方を覚えただけ、覚え始めて嬉しくて振る舞っているだけで、また与えて貰えなくなるかも知れないじゃない」


 最初から味も知らず、与えられる事も無かったからこそ、お嬢様は以前の殿下の仕打ちにも耐えられた。


 ですが今はもう、男女の情愛とはどの様にすべきか、どの様な味なのかを知ってしまわれた。

 男女の情愛についてお詳しくなかった、だからこそ耐えられていた反面、殿下には非常に苦痛でらっしゃった。


《振る舞えって言えば良いじゃないですか?》

「ですから、その、加減が難しいではないですか。お忙しいワケですし、あまり、こう強請っては嫌になられてしまうかも知れませんし」


《なら捨ててしまえば良いんですよ》


 こうしてウムトがお嬢様の腰に手を回そうとするのは、ある意味では合図なのです。


「もう、殿下が見てらっしゃるのね」

《お分かりになってるなら、避けない方が良いのでは?》


「クララ」

《はい、嫉妬させたいのでしたら、そろそろ受け入れるべきかと》

《ほら》


 ウムトは決して触れず、常に加減をしている。

 だからこそ、私は心配はしていないのですが。


「あまり、私が嫌だと思う事は、したく無いんです」


 何ともいじらしいではありませんか。

 ですが、殿下はもう、さぞ不安でしょう。


《お嬢様、でしたら、そろそろお会いに行っては》

「あ、そうだわ、殿下が見るからウムトが調子に乗るのだと注意してきます」


《はい、参りましょう》




 やはり私は弱い。

 自分自身への罰についてもそうですが、殿下が罰せられていると、私の心の雲も晴れてしまうのです。


「殿下、あまりコチラが騒いでいても気になさらないで下さい」

『すまないねヴィクトリア、けれど本当に問題が有ったら困るだろう』


「それでもです、もし何か有れば」

『クララも君も口を塞がれてしまったら、叫べないじゃないか』


「ですけど、もう大丈夫だとお分かりになった時点で覗かないで下さい、ウムトが調子に乗るんです」

『それも、僕の為でも有るのだし、僕は問題無いと思うけれど。何が気になるのかな』


「お分かりになって頂けません?」

『勘違いかも知れないし、念の為にも聞かせてくれるかな』


 殿下は、すっかり学ばれました、情愛について。

 侍従のウムトは勿論レウス王子、他国から招いたサンジェルマン家の恋愛指南役ルーイ子爵、そして現皇帝から指南を受け。


 殿下は変わられました。


 料理でもてなしたくとも、何も知らない子供にはほぼ不可能な事。

 私も思い知らされました、私はあまりにも無知だったと。


 それと同時に諦めが付きました。

 私に恋も家庭も無理なのだと。


 この独白に殿下は相当に落ち込んで下さいました。

 それだけでも、私は既に十分に許してしまいました。


 それに、パトリック様にもダメージを与えていたのだと、殿下が気付いたのです。


 自分が得ている幸福を、私やパトリック様はもう2度と手には出来無い、それ程に追い詰め。

 それ程の仕打ちを、もし少しでも何かが違えば行ってしまえるのだ、と。


 そうした事実を、今はご自分を律する事に生かして頂いている。


「私が、殿下に同じ事をされたら嫌だからです」


 ヴィクトリア様は何とか表情を保ってらっしゃいますが、殿下は満面の笑みでらっしゃる。


『どうしてかな?』


 こうした事を仰っては頂けませんでしたからね、前世の殿下は。

 だからこそ、情愛を上手く交わせなかったのも分かりますが。


 結局は、欲するなら自分が変わるしか無い、変化して欲しいのなら自分から見本を示すべきだ。


 その初歩的な事を殿下は応用出来なかった、そして私は知らなかったとは言えど、ご指摘出来なかった。

 其々に、少しずつ間違いが有り、決定な大きい障害により脆くも崩れ去った。


 完全に安定している世など、まだまだ望むべきでは無いのだ、と。

 陛下もレウス王子も言ってらっしゃいますし、私達は互いに勝手に等分に罪が有るのだと思う、そうした結論となりました。


 本当の巨悪は、来訪者ユノ、なのですから。


「幼い独占欲ですぅ」


 ヴィクトリア様は、顔を抑えながら消え入りそうな声で仰り、耳まで真っ赤に。


「殿下、ココまでで」

『難しいね、好きと言って貰うのは』


「そうですね」




 俺は、惚気は全く好まないんだが。


「もう、セバスは最後の最後でしか助けてくれなくて、酷いです、アレは私への反逆行為ですよ」

《そうですね、ふふふ、今度のお菓子は無しにしましょう》


 微笑ましいな、と思う。

 侍女クララが母性を炸裂させる気持ちが、少し分かった気がした。


 子の平和と幸せを願えば、惚気はご褒美になるんだな、と。


『なら、俺はこの菓子を自慢しつつ、嫌味を言ってやるかな』


「あの、あまりやり過ぎては逆効果には、また捻くれ」

『大丈夫だ、俺が少しコレを分けるだけで収まる、なんせアイツはチョロイからな』


「本当に、そんな事で?」

『残念だが、本当だ』


 喜ぶだけじゃない、日記に態々記録しているからな。

 料理名から始まり、模写してから味と香りの感想、それに経緯まで。


 忘れない為に、と言っていたが。

 アレは執念であり、趣味だろうな。


「では、パトリックに特別に、どうぞ」


 家族愛だけなら分かっていたヴィクトリアも、段々と男女の情愛が分かってきたらしい。


『おう、貰っておいてやる』




 パトリックに、ヴィクトリアにはもう少し加減しろと言われてしまった。


『善処する』


『お前にキリッとされても全く信用ならん。コレは俺へ、特別にとヴィクトリア嬢がくれたモノだ、しっかり加減すると言うなら分けてやるが』

『善処します』


『よし』

『ありがとうございます』


 どんな時であろうとも、常に皇帝としているべきだ。


 それはあくまでも建前なのだ、と。

 公私を分け、役割を使い分けろ。


 皇帝、夫、父親と使い分けるべきだと父上に言われた。

 もっと早く言って欲しかったと伝えると、自分でも難しい事を、若い僕に言うべきでは無いと思ったと。


 僕は、まだ父親の役割について理解していない。

 言われて初めて、やっと父親がどう思っているかを考えようとする程度。


 コレではヴィクトリアに受け入れて貰えないのも、仕方が無い。

 父親としての僕は、まだ形にすらなっていないのだから。


『さ、次の会議だ、行きましょうか、殿下』


 パトリックは、ずっと良い見本になってくれている。

 公私だけでは無く、どの程度、いつ砕けるべきか。


 僕は、まだまだ。

 こうして切り替えて貰わなければ、今でも浮かれたままで居ただろう。


『あぁ、向かおう』

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