第19話 帰路。
怪我をしてから、僕は会って貰えなかった。
ヴィクトリアが僕の為に、と。
「申し訳御座いません殿下、私の我儘で」
『いや、寧ろ当然の事だよヴィクトリア、約束事も対策についても考えて然るべき。今回は僕が無理を言って同行したのだし、時間が必要だったのも分かる。君は皇妃だった、良くも悪くも、前世の僕も君を娶って当然だと思う』
「すみません、ありがとうございます」
きっと、前世の僕はこうして申し訳無さそうに我儘を言うヴィクトリアを、見たかったのだと思う。
母親のようにただ心配されるのでは無く、気を向けて欲しかった、分かり易く恋焦がれて欲しかった。
けれど、得られなかった。
『少しは会いたいと思ってくれたかな?』
「っはぃ」
こうして一瞬でも赤くなり、恥じらって欲しかった。
今ですら僕がそう思うのだから、きっと前世の僕も思っていた筈、思ってもいなかったなら発狂なんてしない筈。
身悶えする程に羨めば良い、そして後悔と自責の念を感じながらも、皇帝で有り続ければ良い。
死ぬ事も出来ず、老衰で亡くなるまで一生苦しめば良い。
『じゃあ、また陸地で』
「はい」
僕らは同じ船に乗るけれど、会う事は無い。
会えるのは僕以外。
それとアシャにウムト、彼らは来訪者にとってもカウンターとなる筈だとパトリックが言っていた。
だからこそ、迎え入れるしか無い。
ヴィクトリアを奪われるかも知れない不安を抱えたとしても、ヴィクトリアの願いの為、セバスやパトリックの為にもコレは我慢すべき事。
それに、もしかすれば奪われ無いかも知れないのだから。
ヴィクトリアは、僕を好いてくれている、この事実だけで僕は満足感と優越感がかなり満たされている。
何故なら、前世の僕がどんなに欲しても得られなかった事、もう2度と得られない事なのだから。
『では、レウス王子、本当にありがとうございました』
『幸せだろう、思われると』
『はい』
『絶対に壊すなよ、良いな』
『はい』
『様子見に行ってやる、精々頑張れよ』
『はい、ありがとうございます』
『おう、じゃあな』
『はい、また』
前世の僕、今の僕にはこんなにも味方が居る。
来訪者よ、来るなら来い、絶対に殺してやる。
「あの、アシャ」
帰国に際し、正妃となるアシャと侍従のウムトと共に、船の同じ区画で過ごす事になったのですが。
《気を紛らわせるには人と居るのが1番です》
《それは姉さんが一緒に居たいだけじゃない?》
《それも有ります》
「あの、何もベッドを横並びにしなくても」
《それは多分、姉さんが本当に寂しがり屋なので、すみません》
《昔、一遍に騒動が起きた事が有りまして、その時に私は一晩独りぼっちだったんです》
それはウムトの出産の日、思いのほか難産で、しかも近隣では火事が。
アシャは母親が避難した先の家とは別の親戚の家へ避難となり、その家の者は誰かが傍に居るだろう、と全員が出払ってしまっていた。
外では真夜中だと言うのに騒ぎが続き、初めて独りで過ごす事になってしまったアシャは、不安のあまり眠る事も出来ず。
とうとう朝を迎えた。
しかも飲まず食わずで過ごしていたため、衰弱しきっている中、その家の者では無い従姉妹が来てくれた。
彼女はアシャを抱えながら水を飲ませ、食べさせ、トイレにも同行しお風呂にも入れた。
そしてやっと落ち着いたアシャは眠りに付いた。
けれど当然不安と恐怖は続いたまま、そして悪夢と共に飛び起きると、従姉妹は変わらず自分を抱きしてめてくれていた。
女神様なのだ、と。
今思えば自分が服を掴み続けていたのだから、当然と言えば当然だとも。
「ですけど、服を脱いで出る事も出来ましたよね?それを敢えてしなかったんですから、自分も離れたく無いと思っての事かと」
《盲点でした、確かに》
「優しい方なんですね」
《はい、なので好きになりました》
けれども同性、しかも従姉妹には婚約者も居る、更には年の差が。
諦めるしか無かった、思い続ける理由さえ無いのに、どうしても好きで堪らなかったと。
「あの、そのお気持ちは」
《性的な事も含めてです、ですが、従姉妹だからこそなのだと》
ウズラや小動物による近親交配の研究では、従姉妹関係に最も惹かれるのだ、と。
けれども同時に妊娠率は低下する、そうした連鎖が続けば、果ては子孫に負担を掛けてしまう。
そう諭してくれた方を、次にお好きになったのですが。
「その方も、女性」
《はい》
そして自分は男性を愛せない、子孫を持つ事は不可能だ、と。
その独りぼっちの原因を作った親戚も男、産まれたのも男、火事の原因も男。
男性を嫌う理由は有れど、好む理由も利も全く無い、と。
出産は最悪は命を落とす、そう命を削るのも男だから、と。
「あの、ではウムトは?」
《コレは身内です、男の、ですが身内ですから》
《俺としては、男の悪い見本の収集家だと思っ、痛い》
《もう少し良く仰い》
《見識溢るるお姉様》
《結構》
「私、年の近い兄弟姉妹が居ないので、とても羨ましいです」
《居れば居たでウザいです》
《俺はウザいと思って無いんだけどなぁ》
《私の庇護に利が有りますからね》
《本気で冷たいのに一緒に居るじゃんか》
「ふふふ、最初にお会いした時とは違いますね、使い分けが上手でらっしゃる」
あ、赤く。
あぁ、陛下は私にこうなって欲しかったんですね。
可愛らしいと思いたかった、自分に気が有るのだと確認したかった、不安で堪らなかった。
なのに私は、本当に可愛げが無かった。
《ヴィクトリア様は綺麗です、可愛いですよ》
《うんうん》
他罰的、他責的だと言うのは承知していますが。
私は、こんな風に陛下に仰って頂けていたら。
私はちゃんと恥じらえていたと思います、陛下。
《陛下、お疲れでしたら私と一緒に寝台で》
『ユノ、僕はどの位寝ていた』
《それは、数分でしたが》
『そうか、ではもう下がる、また』
《どうして私と寝台を》
『お前が正妃でも側妃でも無いからだ、良く休め』
《はい》
最初は、途中までは良かったけれど、失敗して死刑にされてしまった。
2回目は私じゃなかったんだけれど、似た様な事をして失敗して、それに巻き込まれて転生した私も死んでしまった。
そしてコレは3回目。
だから今は順調だけれど、順調じゃない事も有る。
本命のパトリックに全然、振り向いて貰えないまま。
一目惚れだったけれど、試しに皇妃になってみたかったから、出来る限りの事をしてヴィクトリア様に皇妃の座を。
ただ譲って貰おうと思っただけなのに。
私は止めたのに皇帝が狂って処刑してしまって、そのせいで私は死刑にされた。
だからこそ、今回はちゃんとパトリックに振り向いて貰える様に頑張ってるのに。
『おい、また陛下を引き留めたのか』
《そんな、違います、どうしてもココに居たいと。パトリックからも言って貰えませんか?》
『既に言っている、そちらももう少し上手くやれ、来訪者なら特にな』
《ごめんなさい、でも、怖くて》
『なら侍従か侍女を伴え』
《でも異世界には侍従や侍女は》
『ココはココだ、それに情報はどうなってる』
私、そんなに学が無くて。
家にお金があまり無かったから、仕方無く色んな仕事はしてたけど、他の来訪者のせいで私の知識って殆ど役に立たなくて。
《精査してるんですけど、膨大なので、もしパトリックが手伝ってくれたら》
『俺の忙しさが、ワケを言わなければ分からないか』
《いえ、ごめんなさい》
「ユノ様、何か問題でも」
ちょっと優しくしただけの大臣、困った時には役に立てくれるけど、今は邪魔なのよね。
《大丈夫、ありがとうございます》
「パトリック様、少し宜しいですか」
『はぁ、良いか、情報を今月中に出せ、良いな』
《はぃ》
「では、コチラへ」
今回は婚約者は居ないし、いけると思ったのに。
もしかして、男色家なのかな。
でも清いって聞いてるし。
ヤレば落ちてくれる筈なのに、全然そこまでいけなくて。
だから燃えるってワケじゃないんだけど、私の良さを分かって貰えたら、絶対に好きになってくれる筈。
だって、ナンバーワンだったし。
最悪は次かな。
痛い事はあんまり好きじゃないけど、何度でもやり直せる天国なんだし、やっぱり本命とはしてみたいし。
『陛下、来訪者と距離をお取り下さい』
『パトリック、話はそれだけか』
『分かっているんですか、このままでは』
『僕が分からないとでも、本気で思っているのか』
『いえ、ですが策が有るなら』
『他に話が無いなら下がれ』
『分かりました、では失礼致します』
僕は、皇帝としての資質が足りないと言う事は、良く分かっている。
そして男としての魅力も。
ヴィクトリアは僕に赤くなる事も、声を荒げる事も、嫉妬すらもしてくれない。
確かに幼い頃は酷い言い回しをした事も有る、彼女がしたい事も取り上げてしまった。
けれど、彼女は許してくれた、しかも僕に言われれ制限している事すらも言い訳に使わない。
だからこそ、僕の為にしてくれているのだ、と。
僕は勘違いをしていた。
ただ彼女は皇帝の為に努力していたに過ぎない。
僕の為では無い。
もし、僕の為だと言うのなら、言い訳を用意してでも刺繍がたっぷり施されたハンカチを渡して欲しかった。
仕方無く作ったと菓子を渡して欲しかった、小さな料理でも良いから振る舞って欲しかった。
分かっている、矛盾を孕んでいる事を。
けれど、幼さから強がりで言った部分も有った、後から惜しく感じた事は何度も有った。
あの時、あんな言い回しをしなければ、偶になら何かを貰えていたかも知れない。
そう、今でも味わえていたかも知れない、と。
確かに彼女には皇妃としての立場を求めた。
けれど恋人として、妻としても情愛を示して欲しかった。
他の者が謙遜しながらも自慢する事を、自嘲しながらも見せびらかす品を、僕も何か欲しかった。
なのにヴィクトリアは、本当に僕が言った通りにするだけ。
それは僕が皇帝だから、皇帝の指示に従っているだけ。
皇妃として、だけ。
僕は、こんなにも恋焦がれ、好きで愛していて堪らないのに。
夜伽が無い事にも文句を言わない、ただ僕の体を心配するだけ、そう母親や姉の様に接するだけ。
本来なら彼女の方が年が下なのだから、僕が心配すべきだ。
けれど彼女は良く気が付き、僕を様々な面で補佐してくれている。
いや、皇帝としての僕に対し、対応しているに過ぎない。
欲張りなのは理解している。
アレとは違い皇妃としては完璧にこなし、身も清く保ち、家族や家臣との和合も取り持ってくれている。
けれど、僕を求めてはくれない。
僕に愛されたいと、そう求めて欲しい、たったそれだけなのに。
ヴィクトリアは僕を分かってくれていない、僕を理解してくれていない。
僕はヴィクトリアを理解し、分かっているからこそ、こうして悩んでいるのに。
だから、だからアレを使って、来訪者を使い嫉妬して貰おうとしているのに。
皇帝の子を1人でも多く、と嫉妬すらしてくれない。
皇妃としては確かに正解だ、けれど僕にしてみたら。
いや、分かっている。
我儘で欲張りで、あまりに幼い事を思っているのだと、分かっている。
自分の立場も何もかも。
けれど、だからこそ、苦しくて堪らない。
この苦痛を、辛さを少しでも分かって欲しい、理解して欲しい。
なのに彼女は。
「あ、陛下もお休みになられるのですね」
『あぁ、ご苦労だった』
「いえ、では、おやすみなさい」
『あぁ』
彼女が僕を誘わないのは、優しさだと理解している。
健康を気遣い、僕に睡眠をと。
けれど、でも、僕を男として求めて欲しい。
ずっと僕が求め続けている様に、ヴィクトリアにも女として僕を求めて欲しい。
愛して欲しい、好いて欲しい。
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