第14話 南方の男。

《宜しくお願い致します、ウムトと申します》

「あの、ハンドキスは実際には口付けをしないのですが」


《すみません、つい美しい肌だったもので》


 コレが罰。


 だとしても、堪える。

 僕は前世の僕を一生恨むだろう。


 本当にもう、殺したい。


「あの」

《侍従にね、アシャの弟なの、なら安心でしょう?殿下》


 正妃の侍従なら、確かにそうだ。

 けれど今回の正妃となる者は、女色家だ。


 しかも2人共に、ヴィクトリアに好意を持っている。


 正直、全く安心出来無い。

 何を安心しろと。


『ほらほら、あまり虐めてやるな、どうした俺の妻よ』

《だって、彼はヴィクトリアの悪夢に出る死神なんですもの、とっても憎たらしいのよ?》

「あ、その、それと殿下は別で」

『いや、うん、僕が不甲斐無いばかりに不安を与えてしまった結果なんだ。すまないヴィクトリア、もし君が気に入らないと言わなければ、彼と彼女を受け入れるつもりだ』

《お任せを、俺はどちらの相手も出来る様に仕込まれていますから》


 なん、だと。

 確かに遠方では男を使い子を仕込ませる、とは聞いていたけれど、まさか本当に存在しているとは。


《もう、冗談が強過ぎよウムト、どっちでも良いって仰い》

《それは違いますよ正妃様、どちらにも良さが有る、選べない程にと言う意味で》

《すみませんヴィクトリア様、コレでもウチのは清い身ですのでご安心を、それに仕込んでませんので。この子が勝手に勉強した結果なだけです》


《だってそれは姉上の役に立てるかと》

《はいはい、私を言い訳にしているだけでしょう》

「あの、こう、基本的には同郷の方を好むかと思うのですが」


《俺としては、その髪が糖蜜の様に美味しそうですし、ミルクの様に柔らかな味がしそうな肌が》

《私達は寧ろ外部の者を好むのです、キャラバンで働く父の影響も有りますし、それこそ異国の高級品にとても惹かれる。私達にも少し異国の血が流れているのです、祖父が西洋の出ですから》

「あぁ、でしたらコチラにいらっしゃっても負担は、本当に大丈夫でらっしゃいますか?滅多に帰郷は叶いませんよ?」


《帰郷しない事こそ親孝行なのです、それこそ家族を招けば良いだけですので、そこをご了承頂ければ》

「それは勿論、願ったり叶っ、すみません殿下、出しゃばった真似を」

『いや、すまないヴィクトリア、つい君に任せてしまって。頻繁には難しいですが、招く事に問題は有りません、ただ万が一にも疫病が流行る事が有れば、最低でも5年は会えなくなりますが、構いませんか』


《俺は良いですよ》

《はい、家族だからこそ、離れて暮らせる喜びと言うものが有ります。今はどの様に幸せに過ごしているのだろうか、どんな幸せを味わっているのだろうか、そう思いをはせる幸せです》


 そして親とは、安心して任せられる相手を選び、離れていても心配せずに済む程の教育を子に施すべき。

 子の幸せを思う親は喜んで子を手放すべきだ、そして非常時に備える為にも、健やかに蓄えを続ける。


 それこそが親の義務であり、務めだ、と。


《そうね、そして頻繁に帰る等、そもそも嫁ぎ先が不安だ頼り無いのかと思わせるだけ、どちらの家と親にも不敬だわ》

《はい、有り得ません。夫に自分が居なくても良いだろう、なら実家に帰れと思われるなど、本末転倒ですから》

《あ、ウチは、ですからね。キャラバンともなると長い歳月会えなくて当然で、そうやってキャラバン同士で結婚する事が多いので、そうなったらしいです》


「だとしても、素晴らしいです。私も聞いた事が有るんです、自分を心配して頻繁に顔を出してくれるのは良いのだけれど、老い先短いと周りに思われたり、家に問題が有るんじゃないかと思われてしまう。なのでどう断るか、頻度を減らせないかと、貴族もキャラバンも似ている部分が有るのですね」


 彼女は、子の事を考えている。

 いや、ずっと、だからこそ僕は。


《ふふふ、ヴィクトリアは良いみたいよ、殿下》


『宜しくお願い致します、アシャ、ウムト』




 アレクサンドリア殿下に、正妃、将来の皇妃が決まりました。


 全く殿下には気が無く、寧ろ私やクララを好いて下さる方を選んだので、心配は。

 いえ、私は側室になると決めたワケでも無いですし、それこそ側室選びが逆に難しく。


 いえ、寧ろ逆に安心では有りますね。

 教育に関してもアシャはしっかりしていますし、ウムトは選別や露払いもして下さる、と。


「もう、嫌!」

《お嬢様?!》


「もう私は皇妃でも何でも無いのに、どうしても考えてしまうの、出しゃばり過ぎだわ、烏滸がましいって分かってるのに」

《お嬢様は国の事を考えてらっしゃる、それこそが民のすべき事、貴族がすべき事です。しかもお嬢様は内情を知ってらっしゃる、コレで良いんです、素晴らしい貴族の見本なのです》


「でも、政務は本来、男の」

《今回の遊学でお分かりになられたかと、結局は妻も関わるのですよ。それは庶民でも貴族でも同じです、家に招く準備は妻の仕事、そして抜け漏れを補うのも妻なのですから》


「でも、だからこそよ、私はもう殿下とは」

《もしお嬢様が幸せになれるかも知れない、そう思われたのなら私は反対は致しません、少なくとも今の殿下は間違い無く愛してらっしゃる。そう私達も、分かってはおりますから》


「それが、とても憎いの。もし私が何も思い出さなければ、きっと喜んで愛されたわ、それこそ思い出していても素っ気無かったら、私は苦しまなかったのに」

《苦しんでらっしゃるのですね、受け入れたい、と》


「それも、凄く、悔しいの。私は、絶対に許せないと思っていたわ、なのに、知ってしまうと」

《理解してしまうと、とても苦しい》


「それに、民の事も」

《知ってらっしゃるのに、それでも愛してしまったご自分を、許せないのですね》


 そうなの、だから逃げたのに。


「認めたく無いの、好いてしまった事も、嬉しいと思ってしまう事も。全て、許せないの」




 お嬢様、やっと言って下さいましたね。


《それは前世であれ何であれ、元は殿下が悪いのです、ですからもっと苦しめましょう。もう決して以前の様にはならない様に、あんな事を選べない様になって貰う為にも、分かって頂きましょう》


「でも、今の殿下は」

《私は、偶々、神の恩恵と幸運にも恵まれたからこそ、殿下は良い方向へ変わられたに過ぎないのだと思っております。パトリック様がいらっしゃったのにも関わらず、あの様な事になってしまった、そう簡単に良い方向へは向かない方。だからこそ、もし万が一にも次が有っても理解出来る様に、苦しみを魂に刻まれるべきなのです》


「殿下も、その仕打ちを、望んで下さるかしら」

《勿論、その前提で同行して頂いている筈です、ですが無理なら諦めて頂く他に無い。お嬢様はただ、思うままに行動するだけ、何もせずとも民の仇討ちとなる。何も無理をなさらなくても良いんです、ありのままに、もう皇妃だった頃の事を気にせずお考えになり、振る舞って頂いても、もう構わないのですよ》


「けれど、それでは、もし私が側室を辞退し、次の」

《それは殿下が悪いのだと、レウス様も分かって下さる方なんです、誰もお嬢様を責めません。そんなものが居たら私が受け止めます、お嬢様はただ八つ当たりなさるだけでも、十分に民に償えるのですよ》


「でも、私、意地悪だと思われるのは嫌だわ」

《そう思う者は何も知らない愚か者です、パトリック様が勝手に殺処分して下さいます》


「八つ当たりは、良くない事よ」

《私は八つ当たりだと思いませんが、仮にです、八つ当たりだと言う立場の者が居ると思いますか?》


「それこそ、殿下の」

《教育を間違った親が対価を支払っているだけです、それはお2人の領分、お嬢様はお嬢様の領分だけで構いません》


「クララ、いつ結婚するの?」


《お嬢様の子が生まれると分かりましたら、私も、直ぐに結婚させて頂こうかと》


「クララまで狡いわ」

《殿下で無くても構わないのです、お嬢様が幸せになれると思える方と一緒になって頂けれ、私はそれだけで幸せなのですから》


「怖いの、もし受け入れてしまったら、前世の私がどう思うか」

《前世のアナタ様はお喜びになる方です、祝福して下さいます、絶対に》


 夫に愛されると言う事を知らなかったからこそ、お嬢様は苦も無くお過ごしになっていた。


 ですが、もし今ならお許しにはならないかも知れません。

 それでも、もし更に先のお嬢様なら、やはり祝福して下さる筈です。


 お嬢様は賢くてお優しい、その点は全く変わらないのですから。

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